作家として生きたい
コミュニティアトリエ開催から1週間。
日常に戻っていく中で、少しずつ、いまの自分がやっていきたいことが見えてきました。
ひとことでまとめると、【作家として作品をつくって見てもらうこと】です。
作家
わたしは昔から、作家として生きることにあこがれていました。
漫画家さんや小説家さん、絵本作家さんなど、物語をつくる人。
まねごとをして同人誌をつくったり、webサイトで作品を展示したりしていました。とても楽しかったし、あこがれが現実になったようで、嬉しかったです。
大人になり、紙バンド製ドールハウスや短歌をつくるようになったことで、ときどき「作家さん」と呼んでいただけることがあります。
恐れ多いと思う反面、趣味とはいえ、作家として活動できているんだと感じられて、誇らしいです。
作品
ここでいう作品とは、単品のドールハウスや短歌のことだけを指しているわけではありません。
単品の作品がうみだされる背景、いわゆる世界観も、作品として表現したいのです。
たとえばドールハウスであれば、展示会。レイアウトや什器のデザインにこだわった会場全体の様子。
短歌であれば、作品の順番やフォント、装丁にこだわった歌集。それを頒布する際のディスプレイ。
世界観を凝縮してつくられた単品の作品を、そのまま味わってもいただけるし、それらの背景にある世界観を想像していただくこともできる。
全体の物語を感じてもらえるようにすることが、わたしが目指す作品づくりです。
見てもらう
コミュニティアトリエふりかえりnoteでも少し触れましたが、コミュニティアトリエも作品の一形態だと捉えています。
「なにもないところからみんなで一緒に場を盛り上げていく」ではなく、「わたしがつくりたい場をつくっておく」。
コミュニティアトリエという場=作品をベースに、参加者さんが思い思いに過ごすことは、二次創作みたいなものかもしれません。
コミュニティアトリエの目指すところである、【静かでゆるくて、ちょっとさみしい】。
この言葉は、そのままわたしの作品群、つまりドールハウスや短歌などにもあてはめられます。
わたしのつくったものを見ることで、日常から離れて、静かでさみしい世界に一時的に接続してもらう。
それが形のある作品であることもあれば、空間であることもある。
万人に必要とされるものではないでしょうが、わたしに似た人(=ウィッチフッド的な人)には、何らかの心の動きをもたらせられるのではないでしょうか。
わたしもあなたもうれしい
コミュニティアトリエについて、はじめは「自分に似た人の助けになりたい」という気持ちがありました。
もちろんそれも嘘ではないのですが、厳密にはそうではなかったのだと、いまは気が付いています。
第一に、作家としてつくったものを味わってほしい。
その結果、それらを必要とする人にとっての救いになったら嬉しい。
わたしは作品をつくるのが楽しい。見てもらえたら嬉しい。
必要とする人は、作品を見つけられて嬉しい。
ただそれだけの、静かで単純な話だったのです。
これから
そうとわかれば、これからやることも見えてきます。
①作品の質を高める(技術面、精神面)
②届いてほしい人に届ける
非常にシンプルです。でもきっと、とても難しいことだと思います。
届いてほしい人に届けることに関しては、以前のnoteでこんなことを書きました。
まるで、森に住む魔女のうわさが、静かに広がっていくように。この活動を必要とする人はきっと、静けさを愛しているでしょうから。
過激な投稿やあざやかな広告によってものごとが伝わっていくこのご時世に、静かな伝え方ができるような仕組みをつくれないかなぁと考えています。
そんな仕組みはまだ見つかっていませんが、あきらめずに模索し続けます。
ほかにやりたいこととして、
コミュニティアトリエを続けていくこと
資金や時間の面で実現できていない表現を妥協なくやってみること
わたしの本当のアトリエを持つこと
などがあります。

後悔のない作家人生を送ることができますように。
…いや、送ります。送ることができるように行動します。送ってみせます。応援してください!
