【結果発表】第30回人麿の里全国万葉短歌大会(ジュニア・ユースの部)
ジュニア・ユースの部には全国各地から130首の応募がありました。ジュニア・ユースの部の特選作品と選者の評をご紹介いたします。
(一般の部はこちら↓)
ジュニア・ユースの部 特選
選者:田村穂隆先生
この世界夏が無ければ暑くない秋が無ければキノコがないはず
中村力(山口県)
作者にとっては、夏といえば暑い、秋といえばキノコなのでしょうか。「夏〜暑くない」と「秋〜キノコがない」で対句表現(おなじ形式のフレーズを並べて、ちがいをくらべてたのしむ表現)になっているのですが、夏と秋とで内容にすこしズレ(「暑い」は気候、「キノコ」は菌類)があるのがとても面白いのです。「なつ」「あつ」「ない」、「あき」「きのこ」「ない」と、音のリズムも明るい。字余りで置かれた結句「キノコがないはず」の「はず」のところで、読者のわたしたちも歌といっしょに頭をかしげて秋が無い世界を想像してしまいます。「この世界に○○が無かったらどうなるのだろう」という想像力から、楽しい歌ができました。
雲まみれの空に圧縮され僕は吉野ヶ里に卑弥呼を思う
横道玄(山口県)
空間的、かつ時間的にもおおきく大胆な発想でとてもおどろきました。まず、曇りの日の閉塞感を「空に圧縮され」ると表現したところ。世界を感受する力、そしてそれを他者に伝わるように表現する力、どちらとも相当なものをお持ちです。「雲まみれの空」にも独自の感性がひかっています。そして下の句では「卑弥呼」の名前を出すことで、上の句における空間的圧縮を時間軸に対しても展開しています。卑弥呼が生きた時代と「僕」が生きている今、この時代とが急速に近づくようです。「僕」という私的な一人称によって、広大な空間、膨大な時間とひとりの人間のちいささとの対比もうまれました。
万年筆インクに浸す 体重が減ったわたしが濃くなってきた
森田歩(東京都)
体重が減ると「わたし」が濃くなる、この把握がとてもおもしろいです。まるで自分自身が万年筆用のインクになったような不思議さがあります。あるいは、自分自身の身体が万年筆になって、そこに心がインクとして満ちてくる感覚でしょうか。身体も心も刻々と変化してゆく自分、自分が変化していった先でどんな言葉を紡げるのか、そんなことも考えました。「万年筆」は六音で字余りなのですが、「ん」がふたつ入っており、また「筆」の「つ」もほとんど息だけで発音する音なので、字余り感はほとんどありません。
秋風が赤い落葉を運ぶたび過ぎゆく日々の音が聞こえる
谷村侑哉(鹿児島)
落ち葉が風に吹かれると、地面とこすれあって「カサッカサッ」と音が鳴ります。また、吹いている風そのものが鳴らす「ひゅうひゅう」といった音もあるでしょう。作者の耳は、それら落ち葉の音や風の音のなかにまぎれこんでいる「過ぎゆく日々の音」を聞き取りました。この一首のなかに作者の気持ちは書かれていません。しかし、「過ぎゆく日々」を止められないことの切なさ、だからこそ日々を大切に、丁寧に生きようとする作者の姿がたしかに伝わってきます。目には見えない「秋風」、その風に運ばれてゆく「落葉」の姿に、同じく目に見えない「日々」=時間のなかを運ばれてゆくわたしたち人間の姿も重なります。
冬の朝霜が降りてる寒そうだ体の中も氷みたいだ
小田陽菜(鹿児島県)
この歌のポイントは三句目「寒そうだ」だと思います。「寒い」から「体の中も氷みたい」なのではなく、「寒そう」だから「体の中も氷みたい」なのです。つまり実際には、自身はいくらか温かな屋内の場所から、霜が降りた朝の「寒そう」な屋外を見ているのだと思われます。実際にはそこまで寒くないのに、寒そうな光景を見て「体の中も氷みたい」とまで感じることができる。この共感力、景色へ没入する力におどろきます。これらの力が、下の句のフレーズの大胆さにつながっているのでしょう。体の外の「霜」と体の中の「氷」とが響き合い、呼び合っているようにも思われます。
総評
今年は昨年よりも応募数が増え、一三〇首でした。たくさんのおもしろい短歌を読ませていただき、充実した時間でした。
特選とした五首については、どの作品にも独自の発想、表現がありました。独自の発想や表現はどこから生まれるのでしょうか。たとえば、卑弥呼の歌、秋風の歌、冬の朝の歌では自身の五感をフルにつかって、日常に潜む詩的な瞬間をキャッチしています。「夏が無ければ」の歌や万年筆の歌は、世界を構成する事物を記号化し、言葉によって操作してみせることで、新しい世界を立ち上げています。
このようにまとめてみると、どこかで聞いた標語のような言葉をそのまま使うのではなく、「自分の体、そして自分の頭を使い、自分自身の言葉を見つけること」がいい歌をつくる秘訣と言えるでしょう。たとえば「楽しい」とき、何故、どのように楽しいのか。楽しいときは胸や頬にどのような感覚がやってくるのか。「楽しい」だけでなく、実は「名残惜しい」とか「すこしさみしい」みたいな感情も混ざっていないか。ただ「楽しい」と書くのではなく、自分とじっくり向き合って、その「楽しさ」を表現する自分だけの言葉を探してみましょう。
特選五首のほかにも、良い歌がたくさんありました。学校の課題、宿題として「つくらされた」という人もいるかもしれません。ですが、今回の大会を通じてすこしでも「短歌を作るの、楽しいかも」と思った人は、ぜひいろんな人の作品を読んで、自分でもたくさん作ってみてください。短歌を読む、作ることで身につく「自分自身の言葉を見つける力」は、短歌に限らず人生のさまざまな面で必ずみなさんを助けてくれます。この大会を通じて、短歌に親しむ人が一人でも増えたなら、こんなに嬉しいことはありません。
