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ようこそ!フォーチュンカフェへ #9 僕のした単純作業が~キリマンジャロ×ニカラグア~

珈琲と古本の香りがまじりあう、路地裏の小さなカフェ。
名前は〈フォーチュンカフェ〉。
看板の言葉が、心惹かれたとき──扉を開ければ、そこに待っているのは、たったひとひらの言葉。

偶然か、運命か。
その言葉は、そっとあなたの日常を彩るのかもしれない。

Fortune Café 
本日のひとこと:『見えないところだからこそ丁寧に』

内海智也は、仕事帰りにふらりとその路地へ入りこんでいた。

(なんだろう、この感じ……)

黒板に書かれた言葉に、なぜか足が止まる。
「見えないところだからこそ」。
──それは、自分への言葉か。

気づけば、扉を押していた。

カラン。

小さなベルが鳴る。
古本と珈琲の香りが、力んだ肩をそっとほどいていく。

「おひとりですか?こちらへどうぞ」

カウンターの向こうで声をかけてきたのは、穏やかな感じの女性。
落ち着いた笑みを浮かべている。

席に腰を下ろし、メニューを探す。

「えっと……メニューは……?」

「うちは、わたしの“お任せ”なんですよ」

そう言って、彼女はターコイズブルーの瞳でにこりと笑った。

「こと葉っていいます。よろしくどうぞ」

「あ、はい……。」

しばらくして、白地に濃紺の蔦模様のカップとソーサーが置かれた。

「キリマンジャロとニカラグアのブレンドです。どちらも中煎り。香りが立つよう、少し高めの温度で淹れました。浅すぎず、重すぎずのバランスです」

湯気の向こうに、甘さのある香りが立ち上る。

ひとくち含んだ瞬間、こと葉がふとつぶやく。

「……“まなざし”の味がしました」

「……え?」

「わたし、人の”顔の味”がわかるんです。」

(顔の味?)

不思議なことを言う、こと葉に面食らう。

「細かいところまで、丁寧に見ようとする、まっすぐな味。
でもその視線が、誰かに届いてるのか──少し気にしているような……」

言葉の余韻に、胸の奥がざわめいた。

ふと、目に入ったスプーン。
カップの隣に添えられていたそれを、じっと見つめた。

スプーンを手に取った瞬間、親指の腹が止まった。

──この柄。

柄の中央に刻まれた、波打つような繊細な模様。
持ち手のカーブの角度。
重さと、指に返ってくる微かなバランス。

(……見覚えがある。いや、それどころじゃない。)

毎日、工場の白い蛍光灯の下で見てきたスプーン。

(まさか、ここにあるなんて。)

裏返して、柄の裏を見た。
かすかに「Y13」のコードが打たれている。
製造年と検査担当者を示す、ごく小さな刻印。

確信に変わった。

──このスプーン、自分が見たやつだ。

緊張していた心が、ゆっくりとほどけてくる。

そっと語りだす。

「僕、カトラリー工場で外観検査員として働いているんです。
 傷とか、歪みとか。目で見て判断して、OKかどうか決めるんです。」

「すごい。まさに、職人の目ですね」

「いや……単純作業ですよ、ずっとスプーンばかり見てる。」

ぽつりと、胸の奥から言葉がこぼれる。

「何百本、何千本も見続けて……。ふと、わからなくなるんです。
 何のためにやってるのか。誰が、どう使ってくれるのか。」

こと葉は、黙ってうなずいた。

「……でも、ここにあった。
自分が見たスプーンが、ちゃんと誰かの時間に溶けこんでた。
それを、こうして確かめられるなんて……ちょっと、不思議です。」

こと葉は、黙って頷いた。

内海の言葉を聞き終えたこと葉が、小さな木箱をそっと差し出す。

「おひとつ、どうぞ」

内海が手に取った紙には、優しいピンクのインクでこう書かれていた。

『どんな服も、一針ずつ縫えば、きっと形になる。』

彼の口元が、わずかにほころぶ。

「……いい言葉ですね」

「前にここに来た人が、書いてくださったんですよ。」

「……うん。僕のやってることも、似てるね。」

こと葉は、何も言わずに微笑んだ。
その微笑みが、言葉よりもずっと強く、内海の胸に沁みた。

「ありがとう、気持ちが晴れました。珈琲代は?」

差し出されたのは、白紙の“ことばみくじ”と、インク瓶。

「珈琲のお代は、こちらでいただいています」

「あ、なるほど。次の人の為にね。」

内海は納得した表情で、「ムーンライトシルバー」と書かれた瓶を手に取った。
ガラスペンにインクを含ませる。
そして、ゆっくりとガラスペンを走らせた。

『磨いた分だけ、光る。』

こと葉は、その一言をそっと見つめていた。

カラン。

小さなベルの音とともに、扉が開く。

冷たい夜気が頬をなでる。
けれど内海は、さっきより少しだけ、胸を張っていた。

ビルの谷間に伸びる影が、街灯に反射して光って見えた。

彼の足取りは変わらず静かだったが、
その背中には「誇り」が、磨いたスプーンのように光っていた。

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一条 詩紋 いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 物語があなたの癒しになれば幸いです。 チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。