ようこそ!フォーチュンカフェへ #8 ほつれた心に言葉を一針 ~グアテマラ×モカ~
珈琲と古本の香りがまじりあう、路地裏の小さなカフェがある。
名前は〈フォーチュンカフェ〉。
看板の言葉が、ふと心に引っかかったとき──
扉を開ければ、そこに待っているのは、たったひとひらの言葉。
偶然か、運命か。
その言葉は、そっとあなたの背中を押してくれるかもしれない。
*
折田 美優は、背中を丸め冷えた胸を抱え、冷たい風が吹き抜けるビル街を歩いていた。
ふと目に留まった黒板。
Fortune Café
本日のひとこと:立ち止まるのは、心の方位磁針を確かめるため
その言葉に、足が止まった。
気づけば、扉を押していた。
店主らしき女性が、柔らかな声で迎える。
「おひとりですか?こちらへどうぞ。」
言われるままカウンター席に腰を下ろす。
店主らしき女性はにこりと微笑んだ。
自分よりも少し年上だろうか。
美優がそう思いながら尋ねる。
「えーっと、マスターさん……?メニューは?」
「メニューはないんです。……それから、私は『マスターさん』じゃなくて、こと葉って言います。」
あっけらかんとした声。
美優は不思議になって、あたりを見回す。
他に客はいない。
カウンター奥の壁に額が飾られていた。
中には、一枚のカード。
「それは、タロットカードの『運命の輪』。
好転、変化、始まり──そんな意味があるんです。」
こと葉は美優の視線を読み取った。
(人生の好転……か。)
「今日は、どうしてここに?」
「あ、表の看板の言葉が気になって……」
「あ!そうなんですね。じゃあ、さっそく珈琲を淹れますね。」
「え?注文は……?」
「ここは店主の『お任せ』なんです。」
そう言うと、こと葉は珈琲を淹れはじめた。
その勢いに押されて、美優は黙って待つしかなかった。
*
しばらくして、白地に濃紺の蔦模様のマグとソーサーが置かれた。
「本日は、グアテマラとモカ。グアテマラはしっかりしたコクとやさしい甘み、モカはふわっと花のような香りが広がる豆です。どちらもフレンチローストにして、ミルクを少し。カフェオレにしてみました。」
湯気を立てるマグが目の前に置かれる。
ひとくち、口に含む。
苦みの奥に、ほんのわずかな渋み。
迷いを抱いた心が、行き場を探しているような、そんな味だった。
けれど後味には、微かな甘さが残った。
「お味はいかがですか?」
「……やさしいです。」
マグを両手で包んだまま、美優はぽつりと呟く。
その声に、こと葉は何も聞かず、ただ一言そっと返した。
*
「足踏みの味がしました。」
「……え?」
「前に進みたいのに、どこへ行けばいいのか分からない。……そんなときの味です。」
「……。」
「私、人のお顔を見ると、味がするんです。」
(足踏みの味――まさに、その通りだった)
「足踏みの味か……。」
美優は苦笑する。
「実は、実家に、帰ろうかなって…。」
こと葉はやさしくうなずいた。
「私、洋裁がしたくて。」
美優は話し出す。
大学を卒業して三年。
田舎の小学校で子どもに向かう日々だった。
でも、心はいつもミシンの前にあった。
思い切って、都会で洋裁を学びはじめた。
けれど──
「まわりは服をどんどん作っていくのに、私は思うように作れなくて。何をどう作ればいいのか、まったくわからなくなって・・・。」
美優のデニムに涙が一粒落ちた。
こと葉は小さくうなずく。
何も言わず、ただ、耳を澄ますように聞いていた。
*
しばらくすると、こと葉はそっと小さな箱を取り出した。
「『ことばみくじ』です。おひとつどうぞ。」
美優は、不思議そうに箱の中から小さく折られた紙を取り出した。
開いてみる。
優しい空色のインクで一行。
『進む道はなくなっていない。いつも自分の目の前にある。』
その言葉を目で追った瞬間、胸の奥でかすかに音がした。
今までピンと張りつめて言うことを聞かなかった心の糸が、静かに緩む。
そんな感覚だった。
(目の前にある……。)
美優はマグを見つめた。
少し冷めかけたカフェオレの表面に、揺れる自分の影が映っている。
迷っていた。
自信もなかった。
けれど、心のどこかでは――まだ、縫いたいと思っていた。
だからこそ、ここフォーチュンカフェに入ったのかもしれない。
「がんばりたいです、もう一度。」
こと葉は、何も言わず、やわらかく微笑んだ。
ふと視線を上げると、カウンターの背後にあった『運命の輪』が、ほんのり金色に揺れて見えた。
「好転……。変化……。始まり。」
こと葉は頷いた。
美優のデニムに、涙の滲みがもう一つ増えた。
しかし、諦めの涙ではない。
*
美優が立ち上がり、カウンターに珈琲代を置こうとする。
こと葉はそっと首を振った。
「うちは、珈琲のお代のかわりにこちらを。」
差し出されたのは、一枚の白紙の「ことばみくじ」とガラスペン。
美優は一瞬ためらったが、はっと気付き笑った。
「そうか。次に迷ってる誰かの、後押しになるのか。」
「萩色」と書かれた優しいピンクで、ペンを走らせる。
『どんな服も、一針ずつ縫えば、きっと形になる。』
書き終えたその言葉を、こと葉に託した。
*
カランカラン。
カフェを出ると、あたりはすっかり夜に包まれていた。
ビルの間を吹きぬける風は冷たい。
けれど、背筋は伸びていた。
美優はカフェの看板にもう一度目を向け、ゆっくりと頭を下げる。
小さく息を吐き、スマホを取り出した。
「…夜行バス、キャンセルしなきゃ。」
進む道はまだ暗い。
けれど、美優の心のミシンは、もう一度静かに動き出した。
了
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いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
物語があなたの癒しになれば幸いです。
チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。