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ようこそ!フォーチュンカフェへ #7 ひとひらの言葉が道しるべになる ~キリマンジャロ×コロンビア~

珈琲と古本の香りがまじりあう、不思議なカフェがある。
名前は〈フォーチュンカフェ〉。
扉をくぐると、誰かの言葉があなたを待っている。

それは、偶然か、運命か。

「本日のおまかせ」を味わいながら、 あなたの心にそっと触れる〈ひとひらの言葉〉が、悲しみを癒すのかもしれない。


本日の言葉:ひとひらの言葉が道しるべになる。

宮内優介は、その前にふと足を止めた。
看板に書かれた文字が、胸の奥を小さくノックした。
ただ、「道しるべ」という言葉に惹かれたのだ。

カラン。

小さなドアベルの音とともに、大きな木の扉がきしみながら開く。
珈琲の香りとともに、落ち着いた明るさと静けさが迎えた。
カウンターの向こうに座る女性が、何かを綴っている。

(なんだ?あのペンは?)

普通の万年筆とは違う。
透明なペン先が輝いている。
光を受けて、インクの粒がきらめく。
ペン先をじっと見つめていると、店主らしき女性が話しかけてきた。

「これ、ガラスペンって言うんです。」

「はぁ。」

「とてもきれいでしょ。」

「まあ。」

確かに、普通のペンとは違ってペンの軸もカラフルだ。
アイボリーの軸に琥珀色と薄い青墨で描かれた花模様がかわいらしい。
しかし、生返事しかできない。

「ここは・・・?」

「フォーチュン・カフェです。」

「フォーチュン・・・?」

「巡り合わせ、運命、縁──そんな感じの言葉ですね。」

女性は、壁の方に1枚だけ飾られているカードをを見る。
不思議なやりとりに、男は困惑する。
カウンターに座りながらメニューを探してみる。

「お姉さん、メニューは?」

「店主の『お任せ』なんですよ。それに、わたし『お姉さん』じゃなくって、”こと葉”っていいます。」

「あ、そ、そうですか。」

特に怒っているわけでもなさそうだが、やはり普通のカフェでのやりとりとは違う。

(なんなんだ?ここは?)

男は不思議になり、あたりを見回す。 他にお客はいない。
カウンターの奥には、本棚がある。
古い本がならんでいる。

(そうか、本の匂いか。)

入ってきたときに、珈琲とは違う匂いを感じていた。
注文を待つ間に読む本だろうか。
それにしては、古びた本が多い。
ゆっくりと、男があたりを確認し終わるころに、こと葉が声をかけてきた。

「今日は、どうしてここに?」

「あ、いや・・・。看板に書かれた『ひとひらの言葉が道しるべになる』って言葉が気になって、ふらっと・・・」

「まあ!あの言葉を見て入ってきてくださったんですね。」

こと葉の顔がパッと明るくなった。 

「じゃあ、さっそくコーヒー淹れますね。」

「え・・・?注文・・・?」

「だから、ここは店主の『お任せ』なんですってば。」

「は、はぁ・・・。」

こと葉の勢いに押されて、男は待つ。

男がテーブルの木目をぼんやりと眺めていると、陶器のソーサーと珈琲カップが静かに置かれた。

白地に濃紺の蔦模様が、午後の光を反射して浮かび上がる。

「キリマンジャロとコロンビアのブレンドです。どちらも、ミディアムローストです。苦味は控えめ、香りはフルーティさを強めに出してあります。」

男は驚いたように顔を上げた。

(いつものだ。)

だが、何かを問い返すこともなく、ただカップに手を伸ばした。

両手で包み込むように持つと、ふっと小さく息を吐いた。

「何も言ってないのに。」

「ええ。でも、お顔に少し『悲しみ味』が出ていらしたから」

「・・・『悲しみの味』と言われればそうかもしれない。」

「でも、いつも飲む味のコーヒーは、心を穏やかに緩めてくれませんか?」

男は黙って頷いた。
コーヒーをひと口含む。
優しい苦味がのど元を降りていく。
確かに、いつもの味。 いや・・・。
いつもよりも何倍も美味しい。

「美味い。」

「でしょ!『悲しみ味』の方向けに、フルーティさも強めましたから!」

また、『悲しみ味』。

怪訝な顔をする男に、こと葉が笑いながら、手を軽く振った。

「わたし、人のお顔や表情を見ると味を感じるんです。」

(表情で、味?何を言ってるんだ?)

しかし、たしかにこと葉は自分の顔を見ただけで、自分が飲む珈琲を当てた。
しかも、一番美味しく感じるように調整した。

「なんだろうな。気分も味も当てられた。不思議だ。」

こと葉は、にこりと微笑んだ。
その微笑みにつられるように、心を緩めた男はゆっくりと話し出した。

「私の友が、もう戻らない遠い旅にでます。」

不意にこぼれた言葉に、こと葉は静かに頷いた。

「とても明るくて率直なひとです。いつもお互いを気にかけた戦友のような関係です。私がつらい時には、あの人の言葉に勇気づけられ、あの人がつらい時にはわたしがそばで励ました。結ばれることはなかったが、近くにいても、遠くにいてもいつもお互いのことを思いやれる関係だと思います。」

ほんの少し、男の言葉が止まる。

「もう、あと10年も頑張れば定年というところだった。でも、ある日、あの人から連絡があって。」

また、男の言葉が止まる。 頭の中で反芻されるあの人の声。

『一緒に、病院の先生の話を聞いてほしい。』

今度は、しばらく言葉が止まった後、絞り出すように声がでた。

「余命1年だそうです。」

それきり、言葉が途切れた。
カップの中の珈琲が、さっきより少しだけ冷めていた。

その言葉に、こと葉はゆっくりと顔を向ける。
こと葉は、そっと男の前に小さな箱を差し出した。
箱の上には、金の文字。

『一片の言葉が、人生を支える』

「これは、『ことばみくじ』です。中を開いてみてください。」

男は戸惑いながらも、そっとことばみくじを開く。
あのガラスペンで書いたものだろうか。
緑がかった青のインクで書かれた一文。

『叶わなかった夢のそばに、新しい夢が咲く。』

その言葉に、胸の奥で熱さを感じた。
涙にはならない、けれど確かに沁みていく言葉だった。

「これは?」

「ある高校生の子が書いた言葉です。その言葉が、今日のあなたの『道しるべ』になれば、うれしいです。」

こと葉の声に、男は静かに頷いた。
胸の奥で、何かがゆっくりとほどけていく。
男は、珈琲をもう一口だけ飲んだ。
今度は、ほんの少し、甘みすら感じる気がした。

「新しい夢か・・・。」

男は、入店したときの硬い表情とちがい、柔らかい表情になる。

「あと1年もある。あの人が笑顔で旅立てるように支える。」

吹っ切れたように話す。

「ありがとう。」

男は、残りのコーヒーを一息で飲むと、静かに席を立った。

「いい言葉が聞けてよかった。珈琲代は?」

「お代はこちらで。」

「え?」

男は驚く。
ことはが差し出したのは、さっきの「ことばみくじ」の白紙。

「ここに、今日のあなたの言葉を。それがお代です。」

男は、こと葉の差し出した付箋とガラスペンをそっと受け取った。

「つまり・・・。私の言葉が次のお客さんの心をそっと支えることになる?」

静かにほほ笑む、こと葉。
男はしばらく考え込むように目を伏せ、静かにペンを取る。
そして、空色のインクで迷わずたったひと言。

『進む道はなくなっていない。いつも自分の目の前にある。』

こと葉はその言葉を薄いターコイズブルーの目で見つめていた。
そして何も言わず、そっとその付箋を小箱にしまった。

カランカラン。

再び、あの小さなベルが鳴った。
男の姿は、午後の光の中へと消えていった。
夕方の影がのびて、看板の白文字に長い影を落とす。

しばらくして、通りすがりの一人の女性が、足を止めた。
黒いジャケットにキャリーケースを引き、どこか疲れたような表情だ。
看板を見つめながら、ゆっくりと首をかしげる。
そして、まるで吸い寄せられるように、扉に手をかけた。

カラン。

小さなベルが、また一つ、巡り合わせを告げる。


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一条 詩紋 いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 物語があなたの癒しになれば幸いです。 チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。