ようこそ!フォーチュンカフェへ #6 この道も、きっと未来につながる ~カカオミルク×シナモン~
珈琲と古本の香りがまじりあう、不思議なカフェがある。
名前は〈フォーチュンカフェ〉。
扉をくぐると、誰かの言葉があなたを待っている。
それは、偶然か、運命か。
「本日のおまかせ」を味わいながら、
あなたの心にそっと触れる〈ことばみくじ〉が、そっと背中を押すのかもしれない。
*
夕暮れ。
駅前通りの喧騒から一本外れた路地に、小柄な女子高生が立っていた。
中内 香(なかうち・かおる)、高校2年。
陸上部のマネージャー。
制服のまま、バッグを右肩に引っ掛けて、カフェの看板を見つめていた。
本日のひとこと:『好きじゃなくても、進めば道になる』
その言葉に、ふと胸の奥がひりつく。
(ほんとに?)
そう思いながら、香はゆっくりと扉を押す。
カラン。
扉の鈴が優しく鳴る。
「いらっしゃいませ。」
店主らしき女性が、微笑みながら声をかけてくる。
年は上だ。やわらかい雰囲気に、どこか安心する。
「カウンター、いいですか?」
「もちろん。」
香はゆっくりと腰を下ろす。
目の前には、温かな木のカウンター。
なんだか、心が落ち着く。
(えっと、メニューは・・・?)
香がメニューを探す様子を見て、女性が声を掛ける。
「あ、ここメニューないんですよ。」
「え?」
「店主の『おまかせ』ってやつです。」
「え?お姉さんが店主なの?」
「そうですよ。『お姉さん』じゃなくって”こと葉”っていいます。」
こと葉と名乗る女性は、薄い青色の瞳で優しく笑う。
「今日は、どうしてここに?」
「え・・・と、表の看板。『好きじゃなくても、進めば道になる。』って言うのが気になって。」
それを聞いたこと葉はますます笑顔になる。
「そうだったんですね!じゃあ、まずは、おすすめの一杯をお淹れしますね。」
こと葉は、静かに後ろの戸棚を開けた。
*
水がコポコポ沸騰する音。
香は、その音に耳を傾けながら、ふと視線を棚の奥に向けた。
古い本。
一枚だけ飾られているトランプみたいなカード。
大工さんが使うような道具の形をした鉛筆削り・・・。
「なんか、いろんなものあるな。」
小さくつぶやいたその時。
「本日のおすすめ。カカオミルクにシナモンを少しいれてみました。」
こと葉が、静かに言った。
「カカオミルクは少しビターな感じ。シナモンは緊張をほどくスパイス。苦みの奥にある独特の味。今日のあなたの『顔の味』にぴったりです。」
「顔の味?」
「ええ。わたし、人の顔や表情を見ると、味を感じるんです。ちょっと変わってますよね。」
香は思わず笑った。
「変わってるけど・・・、おもしろそう。」
そっと差し出されたカップに口をつける。
少しだけ苦くて、でも奥に甘さがある。
どこか、ホッとする味だった。
香は黙ったまま、コーヒーカップを見つめた。
*
「今日、部活を初めてさぼりました。」
カップを見つめながら、香がぽつりと話し出した。
「私、去年まで投擲の選手だったんです。円盤とやり投げ。けっこう自信あったんですよ。インターハイ、狙えるぐらい。でも腰を痛めて。けっこう大きなけがで。それも、インターハイ直前の県予選で。」
こと葉は静かに肯いている。
「それでも、仲間たちが一緒に部活ができるように、先生にマネージャーとして残ってくれないかってお願いしてくれたんです。それで今は、サポート側です。」
香は自嘲気味に笑う。
「・・・・でもね、ほんとはまだ、投げたくてたまらない。競技から離れても、体は動きを思い出す。砲丸の重さも、円盤の回転も、ぜんぶ、ちゃんと体が覚えてる。」
「でも、フィールドではもう投げられない。だから、私はみんなのサポート。そういう道に進んだんだって。そう言い聞かせて、部活には行ってる。ちゃんと仲間のために仕事もこなしてる。」
こと葉は、黙ってうなずいた。
「でもね、どんなに『これでいい』って自分に言い聞かせても、ふと立ち止まる瞬間があるんです。『ほんとはどうしたかったの?』って。」
カップの中を覗き込みながら、香は言葉をつづけた。
「部活に残れるようにしてくれたみんなには感謝してる。けど・・・だからこそ、気持ちが割り切れなくて。」
「今日は、みんなが外で練習しているのを見て、『ああ、いいなあ』って思っちゃったら、もうなんだかいろんなことがどうでもよくなって。学校をそのまま出てきちゃった。」
吐き出すように言うと、息を注ぐ。
「マネージャーを続けていてもいいのかなあ。」
*
そのとき、静かに聞いていたこと葉が、そっと小さな箱を差し出した。
「なに?これ?」
「これ、『ことばみくじ』です。この中の紙を一枚引いてください。」
「ことばみくじ?」
注文と言い、ことばみくじといい、なんだか変なカフェだ。
でも、こと葉はじっとわたしの話を聞いてくれた。
変なカフェだけど、イヤな場所じゃない。
香は箱の中から、一枚の紙を引いて開いた。
「迷うことがあっても、誰かのために選んだ道なら、それでいいと思える。」
薄いピンクと黄色が混ざったような色で書かれた文字に、ガンっと強く心打たれた。
「これ・・・、誰が書いたんですか?」
「このカフェに来たお客さまが残した『ことばみくじ』です。」
香は言葉もなく、もう一度それを見つめる。
(誰かのために。)
部活の仲間の顔が浮かぶ。
最後まで走り切ろうとする意志に満ちた背中。
思い切り投げてしなる槍。
目の奥が、じんわりと熱くなる。
(そうだ。私、ただ部に“残ってる”んじゃない。チームのために、誰かの支えになるために、自分にできることをやってきた。それって・・・)
「ふぅ。」
小さな息をついて、香は微笑んだ。
「マネージャーのインターハイっていうのがあったら、優勝できるぐらい、ちゃんとやってやろうかなって・・・いま、初めて思いました。」
「それ、とっても素敵です。」
こと葉の声が、ふわっと響く。
「ありがとうございます。なんだか、気持ちが晴れた感じ。えっと、おいくらですか?」
「あ、お代はもらってないわ。その代わりに、『ことばみくじ』を一つ書いてくださいね。」
「え?それでいいの?」
こと葉は静かにほほ笑み、ことばみくじの白紙とガラスペンを渡す。
「白群」とかかれたインク壺にペンをつける。
すっとペンを走らせる。
やわらかい緑の色で一言。
『叶わなかった夢のそばに、新しい夢が咲く。』
香は立ち上がり、リュックを背負い直す。
「今日は、部活、休んでよかったです。」
こと葉は、にっこりとうなずく。
カランカラン。
扉の鈴が鳴った。
香の背中を、夕風がそっと押す。
新しい夢の種が、静かに芽吹こうとしていた。
了
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