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ようこそ!フォーチュンカフェへ #5 信じるもののために ~タンザニア~

珈琲と古本の香りがまじりあう、不思議なカフェがある。

名前は、フォーチュンカフェ。
扉をくぐると、誰かの素敵な言葉があなたを待っている。

それは、偶然か、運命か。

「本日のおまかせ」を味わいながら、あなたの心にそっと触れる小さな風が、あなたの背中も、そっと押してくれるかもしれない。

本日のひとこと:『痛みを知るからこそ 優しくできる』

駅前の騒がしさから逃れるように入り込んだ路地の先、目に留まったのはカフェの看板。

男は、立ち止まりじっと見ていた。

山内 陽一(やまうち よういち)、32歳。保育士。

そこに書かれた言葉に、なぜか胸がざわついた。

「そうかもな。」

陽一はつぶやき、そっと扉を押した。

カラン。

扉のベルがやわらかく鳴り、香ばしい空気が彼を迎えた。

「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席へ」

カウンターの向こうで微笑んだのは、年の近そうな女性だった。陽一は静かに頭を下げ、窓際の席に腰を下ろす。

「えっと、メニューは……?」

「うち、メニューないんです。わたしが『その日のおまかせ』をお出ししてます。」

「へえ……変わってますね。」

「おまかせで、いいですか?」

陽一は肩の力を抜くようにうなずいた。

豆を挽く音が、心地よく空気を揺らす。
カウンター越しに、こと葉は言った。

「今日の“お顔の味”は、タンザニアの深煎りに、焦がし砂糖をひとつまみ。」

「顔の味?」

「ええ。私は、人の表情から“味”を感じるんです。あなたは、強さと優しさ、そして――何かを抱えている人の味がします」

陽一は、苦笑を浮かべた。
こと葉の薄いターコイズブルーの瞳に、見透かされたような気がした。
出されたカップを一口飲む。
やさしく、けれど芯のある苦味が、胸に染みた。

「ぼく、保育士なんです。男性の」

こと葉は頷き、そっと続きを促す。

「今日、とある保護者に言われたんです。『男の先生に娘は任せられない』って」

陽一の声は、小さく震えていた。

「子どもが好きで、この仕事を選んで・・・でも、そういう目で見られることが、まだあるんです。」

しばらくの沈黙。
こと葉は静かに聞いていた。

「……ぼく、小さい頃、家庭があまりよくなくて。怖い大人しかいませんでした。怒鳴り声の記憶だけが残っています。だからこそ、自分は『安心できる大人』になりたくて、保育士を選んだんです」

その声には、強さと傷がにじんでいた。
こと葉は、新しくカップに珈琲を注ぎながら言った。

「あなたは、誰かを守りたくて、優しくなろうとしたんですね。」

陽一は、ゆっくりうなずいた。

「でも、今日の言葉に心が折れそうになって。もう、向いてないのかもって……。気づけば、このカフェの前に立ってました。」

「あなたが感じたその痛みは、きっと誰かの安心につながります。……だって、痛みを知るからこそ、優しくなれるんですから。」

「よろしければ、こちらを」

こと葉が差し出したのは、小さな「ことばみくじ」。
陽一が開くと、そこにはこう書かれていた。

『この世には命を懸けて戦うに足る、素晴らしいものがある。』

陽一は、その一文を何度も読み返す。
なにかが、胸の奥で、静かに輪郭を持ち始めていた。

尋ねてみる。

「これは?」

「これは、『指輪物語』っていうお話の一節なんです。この物語を好きな二人が、いつか誰かの未来をそっと後押しするために書いた言葉です。」

こと葉が、静かに言う。

「未来。……子どもたちの未来のために。ぼくは、この仕事を選んだんだ。」

陽一の目に力が戻ってきた。

珈琲を飲み干すと、陽一はゆっくり立ち上がる。

「ありがとうございます。少し気持ちが楽になりました。ここに来たよかったです。……珈琲代はいくらですか?」

こと葉が、白紙のカードとガラスペンをそっと差し出した。

「うちでは、お代の代わりに『ことば』をいただいてるんです。」

「へぇ・・・。じゃあ次は僕の番ですね。」

陽一は、ふと「杏色」のラベルに目を留めた。
柔らかくて、でも、どこか温かい。
そんな色が、いまの自分にちょうどいい気がした。
ガラスペンにインクを浸してこう書いた。

『迷うことがあっても、誰かのために選んだ道なら、それでいいと思える。』

カランカラン。

陽一の背中が路地へと消えていく。
こと葉は、小さな箱に新しい『ことばみくじ』をそっと収める。
その言葉が、きっとまた誰かの背中を、やさしく押してくれることを信じて。
風が、カフェの扉をやさしく揺らす。


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一条 詩紋 いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 物語があなたの癒しになれば幸いです。 チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。