ようこそ!フォーチュンカフェへ #5 信じるもののために ~タンザニア~
珈琲と古本の香りがまじりあう、不思議なカフェがある。
名前は、フォーチュンカフェ。
扉をくぐると、誰かの素敵な言葉があなたを待っている。
それは、偶然か、運命か。
「本日のおまかせ」を味わいながら、あなたの心にそっと触れる小さな風が、あなたの背中も、そっと押してくれるかもしれない。
*
本日のひとこと:『痛みを知るからこそ 優しくできる』
駅前の騒がしさから逃れるように入り込んだ路地の先、目に留まったのはカフェの看板。
男は、立ち止まりじっと見ていた。
山内 陽一(やまうち よういち)、32歳。保育士。
そこに書かれた言葉に、なぜか胸がざわついた。
「そうかもな。」
陽一はつぶやき、そっと扉を押した。
カラン。
扉のベルがやわらかく鳴り、香ばしい空気が彼を迎えた。
「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席へ」
カウンターの向こうで微笑んだのは、年の近そうな女性だった。陽一は静かに頭を下げ、窓際の席に腰を下ろす。
「えっと、メニューは……?」
「うち、メニューないんです。わたしが『その日のおまかせ』をお出ししてます。」
「へえ……変わってますね。」
「おまかせで、いいですか?」
陽一は肩の力を抜くようにうなずいた。
*
豆を挽く音が、心地よく空気を揺らす。
カウンター越しに、こと葉は言った。
「今日の“お顔の味”は、タンザニアの深煎りに、焦がし砂糖をひとつまみ。」
「顔の味?」
「ええ。私は、人の表情から“味”を感じるんです。あなたは、強さと優しさ、そして――何かを抱えている人の味がします」
陽一は、苦笑を浮かべた。
こと葉の薄いターコイズブルーの瞳に、見透かされたような気がした。
出されたカップを一口飲む。
やさしく、けれど芯のある苦味が、胸に染みた。
*
「ぼく、保育士なんです。男性の」
こと葉は頷き、そっと続きを促す。
「今日、とある保護者に言われたんです。『男の先生に娘は任せられない』って」
陽一の声は、小さく震えていた。
「子どもが好きで、この仕事を選んで・・・でも、そういう目で見られることが、まだあるんです。」
しばらくの沈黙。
こと葉は静かに聞いていた。
「……ぼく、小さい頃、家庭があまりよくなくて。怖い大人しかいませんでした。怒鳴り声の記憶だけが残っています。だからこそ、自分は『安心できる大人』になりたくて、保育士を選んだんです」
その声には、強さと傷がにじんでいた。
こと葉は、新しくカップに珈琲を注ぎながら言った。
「あなたは、誰かを守りたくて、優しくなろうとしたんですね。」
陽一は、ゆっくりうなずいた。
「でも、今日の言葉に心が折れそうになって。もう、向いてないのかもって……。気づけば、このカフェの前に立ってました。」
「あなたが感じたその痛みは、きっと誰かの安心につながります。……だって、痛みを知るからこそ、優しくなれるんですから。」
*
「よろしければ、こちらを」
こと葉が差し出したのは、小さな「ことばみくじ」。
陽一が開くと、そこにはこう書かれていた。
『この世には命を懸けて戦うに足る、素晴らしいものがある。』
陽一は、その一文を何度も読み返す。
なにかが、胸の奥で、静かに輪郭を持ち始めていた。
尋ねてみる。
「これは?」
「これは、『指輪物語』っていうお話の一節なんです。この物語を好きな二人が、いつか誰かの未来をそっと後押しするために書いた言葉です。」
こと葉が、静かに言う。
「未来。……子どもたちの未来のために。ぼくは、この仕事を選んだんだ。」
陽一の目に力が戻ってきた。
*
珈琲を飲み干すと、陽一はゆっくり立ち上がる。
「ありがとうございます。少し気持ちが楽になりました。ここに来たよかったです。……珈琲代はいくらですか?」
こと葉が、白紙のカードとガラスペンをそっと差し出した。
「うちでは、お代の代わりに『ことば』をいただいてるんです。」
「へぇ・・・。じゃあ次は僕の番ですね。」
陽一は、ふと「杏色」のラベルに目を留めた。
柔らかくて、でも、どこか温かい。
そんな色が、いまの自分にちょうどいい気がした。
ガラスペンにインクを浸してこう書いた。
『迷うことがあっても、誰かのために選んだ道なら、それでいいと思える。』
*
カランカラン。
陽一の背中が路地へと消えていく。
こと葉は、小さな箱に新しい『ことばみくじ』をそっと収める。
その言葉が、きっとまた誰かの背中を、やさしく押してくれることを信じて。
風が、カフェの扉をやさしく揺らす。
了
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いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
物語があなたの癒しになれば幸いです。
チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。