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ようこそ!フォーチュンカフェへ #4 君がいてくれてよかった【後編:彼女の答え】~ケニア×オールドビーンズ~

珈琲と古本の香りがまじりあう、不思議なカフェ〈フォーチュンカフェ〉。
扉をくぐると、誰かの言葉があなたを待っている。
それは、偶然か、運命か――。
「本日のおまかせ」を味わいながら、心にそっと触れるひとひらの言葉が、新しい道を開くかもしれない。

本日のひとこと:『それより今、自分が何をすべきか考えることだ』

午後7時少し前、店の前で立ち止まる女性がいた。
大きなサングラスに帽子とマスク。
しかし、その佇まいは、隠しようのないオーラを放っている。
しばらく看板を見つめ、静かに扉を開く。

カラン——。

「いらっしゃいませ。」

奥から現れた女性に、彼女はサングラスを外し、マスクをそっとずらした。

「どうぞ、お好きな席へ。」

彼女は、カウンターへと足を向ける。
彼女の名は、天垣 理佳(あまがき・りか)。
数々の映画で主役を張り、誰もがその名を知る女優だ。
けれどいま、彼女はただひとりの男に、「振られた女」としてこの場所に来ていた。

「表の看板、あれ『指輪』の?」

単刀直入だ。

「え!わかりました?すごい!これで二人目です!」

女性は、とてもうれしそうだ。

「え?ほかにもいたの?」

もうひとり、それを言いそうな人間を、彼女は心のどこかで思い出していた。

まさか・・・。
そんなわけない。
すぐに、頭の中で打ち消す。

「で、看板の言葉が刺さって・・・ってところですね。えーっと・・・。」

「理佳です。」

「理佳さん・・・ですか。」

「あなたは?」

「わたし、こと葉っていいます。ここの店主です。」

年は、自分よりも少し上ぐらいだろうか。
『店主』とはいうものの、可愛らしい感じの女性だ。
こと葉は静かに理佳の顔を見つめ、目を細める。
やがて意味ありげにふっと微笑む。

「じゃあ、珈琲を淹れますね。」

「え?」

「うち、メニューないんです。わたしが、その人に合った一杯をお出ししてます。」

「・・・いいわね。お願いします。」

こと葉は、理佳の表情をじっと見つめてから、豆の瓶の前でしばらく佇んだあと、二つの豆を選び出した。
ひとつは、ケニア産の深煎り。
もうひとつは、熟成されたオールドビーンズ。
ミルに豆を入れると、軽やかな音が店に広がった。

「今日のあなたのお顔の味は、たとえるなら“灰に埋もれた火種”。」

「え?顔の味?」

「いろんなものを背負って、周りの期待に応える味をださなきゃなんだけどちょっと疲れちゃって・・・でも、心の奥で本当の自分は穏やかに燃え続けている。そんな味。」

理佳の表情が、わずかに動いた。
湯を注ぎながら、こと葉が続ける。

「ケニアの鋭さで輪郭を出して、熟成豆で深みを出す。」

そして、静かにカップが差し出された。
理佳は少し考えてから、ぽつりと答えた。

「気持ちを、片づけたくて。」

「片づけたくて、ですか。」

「……たった一人、趣味の話で心から語り合えた人に、『もう来ない方がいい。』って言われたんです。」

こと葉は、何も言わず、ただそっと理佳の顔を見つめる。
しばらくして、ふっと微笑む。

「ケニアをベースに、オールドビーンズを少し。熟成の甘みと、穏やかな苦みのブレンド。たぶん、今日のあなたにぴったりです。」

やがて、深みあるコーヒーの香りが漂い、こと葉の手で静かにカップが差し出された。

「まずは一口、どうぞ。」

理佳は黙って口をつける。
確かに、苦みがある。しかし、奥行きのある味だった。
あの日の彼の声が、ふいに胸をよぎった。

(君がいてくれて、よかった。)

あの人が、もし、いまここにいてくれたら・・・。
そう思ったとき——

「よろしければ、こちらもどうぞ」

こと葉が、小引き出しから一枚の紙片を取り出して差し出した。

「これは?」

「『ことばみくじ』です。今のあなたに届くといいな、と思って。」

理佳はそれを受け取り、開く。
そこにあったのは、あの言葉だった。

『君がいてくれて、よかった。』

桜色のインクの一行が、灯りのように胸にともった。
指が止まり、呼吸が浅くなる。

彼が、好きなセリフ。

「これってもしかして・・・。」

理佳の目に、涙がにじんだ。

「その言葉が、今あなたの手に届いたなら――きっと、それが答えなんですよ。」

こと葉はそれ以上何も言わない。ただ、にこりと微笑んだ。

理佳は、涙を拭きながら、静かに笑った。

「ほんとはね、わたし、あれから何度も彼の本屋に行こうと思ってた。だけど、また迷惑に思われたらって、怖くて。でも、やっぱり好きだった。あの人と話す時間が、わたしにとってはすごく大切だった。……彼のことばって、なぜか“まるごと”で伝わるんです。説明じゃなくて、寄り添ってくれるような。」

涙が静かに頬をつたった。

「なんで、今なの・・・。」

こと葉は何も聞かず、そっと紙ナプキンを渡す。

そのとき。

カランカラン——

入口のベルが、もう一度、やさしく鳴った。
理佳は、カップを両手で包んだまま、微かに震える指で顔を上げた。
店の音がふっと遠のく。
世界が一瞬、静寂に包まれた。

そこに、彼がいた。

ふたりの視線が、静かに重なる。
こと葉は声をかけず、そっと奥へと下がった。

知也はゆっくりと理佳の隣に腰を下ろした。
理佳は驚いた表情だが、けれどどこか安心した表情で知也を見つめた。

「……君が、それを引くような気がして。」

言葉を探すように、彼は間をあけた。

「僕、あのとき君に『もう来ない方がいい。』なんて、言うべきじゃなかった。」

理佳の瞳に、静かな涙が浮かぶ。

「わたしね、あんなに『指輪』の話ができて、心が安らいだのは初めてだったのよ。でも、それを、ちゃんと言えなかった。」

「僕も、一緒に『指輪物語』の世界を歩いてくれる人が現れたのが、うれしくてたまらなかった。」

こと葉がカウンターに戻ってきた。
ふたりに、ガラスペンと白紙の「ことばみくじ」のカードを差し出した。

「理佳さん、ここのお代はこの『ことばみくじ』を書くことです。よければお二人で一枚、書いてみませんか?」

知也と理佳は顔を見合わせ、うなずいた。

知也がペンを取り、理佳が萌黄色のインク壺のふたをそっと開ける。
迷いもなく、静かに綴られていく。

『この世には命を懸けて戦うに足る、素晴らしいものがある。』

それは、『指輪物語』でサムがフロドに語った言葉だ。

「おふたりの言葉、きっと誰かの灯りになりますよ。」

外はもう、夜の帳が降りてきた。

「理佳さん。行きましょう。」

「うん。君がいてくれてよかった。」

理佳が知也を見ながら微笑む。
二人は、静かに手を重ねて歩き始める。
その背中を、こと葉が静かに見送った。

(たった一言が、誰かの未来を変えることもあるんです。)

カランカラン。
フォーチュンカフェの扉が開き、二人を新しい道へと送り出した。

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一条 詩紋 いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 物語があなたの癒しになれば幸いです。 チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。