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ようこそ!フォーチュンカフェへ #10 磨けば光る ~コスタリカ×エチオピア~

珈琲と古本の香りがまじりあう、路地裏の小さなカフェ。

名前は〈フォーチュンカフェ〉

看板の言葉が、ふと心に触れたとき
──扉を開ければ、そこに待っているのは、たったひとひらの言葉。

偶然か、運命か。

その言葉は、あなたの心を優しく磨いてくれるのかもしれない。

川内ますみ(28)は、重たい足どりで百貨店の裏通りを歩いていた。
その日、催事で磨いた革靴は20足。
普段よりも多く、体力勝負だった。

「疲れた……」

思わず声が漏れる。
座る間もなく磨き続けた身体は重い。
指先にはまだ、革の手触りが残っていた。

夕暮れ。
街の灯がゆっくりと点りはじめた。
ふと、足が止まる。

──路地の入り口の看板。

Fortune Café 
本日のひとこと:『くたびれた靴は、歩いてきた証。』

その言葉に、吸い寄せられる。

靴。
それは、外を歩くときの相棒。
くたびれた靴を磨くということは、
その靴で歩いてきた人を癒すことなのかもしれない。

気づけば、ますみの手は、古びた扉を押していた。

カラン。

小さなベルの音。
珈琲と古本の、静かな香りが迎えてくれる。

「おひとりですか?どうぞ。」

カウンターの奥で、柔らかい眼差しの女性が微笑んだ。
その表情に、疲れがすこしだけほどける。

(えーっと……注文……)

「えっと……メニューは……?」

「うちは、お任せなんです。あなたに合った珈琲を、お出しします。」

こと葉──と名乗ったその女性は、静かに珈琲を淹れはじめた。

「コスタリカとエチオピアのブレンドです。
どちらも浅煎りで、果実のような香りを引き出しました。
少し甘みを残して、疲れた身体に優しくなるように」

運ばれてきたのは、カップのふちに花模様が描かれた白磁の器。
湯気の向こうに、どこか懐かしい香りが漂う。

ひとくち、口に含む。

(……やわらかい。)

酸味がほのかに舌に触れ、その奥に、やさしい苦味が広がった。
強張った肩から少し、力が抜けていく。

「……“気配り”の味がしました」

こと葉が静かに言った。

「え?」

「わたし、人の“顔の味”がわかるんです」

冗談のようなことを、こと葉はさらりと言う。

「あなたの味は……いつも気を張りつめた跡がある。でも、それは自分のためじゃない。誰かの喜ぶ顔を思っての味です。」

ますみは、苦笑した。
うれしかったけど、それだけじゃなかったから。

こと葉の珈琲で心がほぐれたのか、言葉がすっと出てきた。

「……私、靴磨きをしてるんです。もう3年経ちました。
百貨店の催事とか、イベントにも呼ばれるようになって。
今日も、10足磨きました。」

「それは……大変でしたね。」

「はい。特に、最後の一足が……」

そこまで言って、ますみはまたぽつりと話しはじめた。

数か月前から、70代くらいの老紳士が、自分のところに通ってきていた。
口数は少ない。
柔和な目をしたおじいさん、という印象だ。
でも、

「しっかり磨いた……と思っても、はっきりは言わないけど、少し残念そうな顔をするんです。」

今日もそうだった。
疲れがピークのなか、

「簡単でいいよ。」

と言われた。
時間的にも最後だったので、全力で仕上げたつもりだった。
でも、老紳士また少し残念そうな顔をして言った。

「……『ここはもう少し、光りそうだね。』」って。
 確かに、言われてみれば、もう少し磨けばよかった。」

ますみは、ため息をついた。

すると、こと葉は静かに、小さな箱を差し出した。

「なんですか?これ?」

「『ことばみくじ』です。どうぞ運試しに。」

ますみは、箱の中から一枚の紙を引いた。

開くと、銀のインクでこう書かれていた。

『磨いた分だけ、光る。』

その瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。

(……そうだった。)

「『簡単でいい』って言葉に、甘えてた。」


はっ、と気づいた。あの老紳士は、自分がどこまで磨くのか──ずっと見ていたのかもしれない。
いつも、目安の時間が来て

「終わりです。」

って告げると……。

老紳士の少し残念そうな顔が浮かび、胸がキリリと痛んだ。

少し落ち込んだ様子のますみに、こと葉はそっと声を掛けた。

「珈琲のお代は、『ことばみくじ』を書いてもらうことなんですけど……
でも、もし今は思いつかないなら……また、次来ていただいた時で、かまいませんよ。」

「……すみません。今はちょっと、出がらしみたいです」

そう言って立ち上がると、こと葉がターコイズブルーの瞳で静かにうなずいた。

(きっと、また来られますよ)

心の中で、そうつぶやくように。

──翌日。

百貨店の催事場。
ますみは、変わらず靴を磨いていた。

次々とやってくる依頼に、ひとつひとつ向き合う。
そして、夕方。

昨日と同じように、老紳士が現れた。

「……『簡単』でいいですよ。」

その言葉に、ますみは微笑んだ。

「はい!お願いします!」

クロスを取り出し、磨き続けた。
何度も角度を変え、何度も光を確かめた。

──30分。1時間。

やがて老紳士が驚いたように口を開いた。

「……一晩で変わりましたね。」

ますみは手を止めた。

「まったく、スキがなくなりました。ほんとうに曇りなく磨いてくれてありがとう。」

柔和な目が、さらに優しい感じになった老紳士は続けた。

「一つお願いがあってね、孫がね、今度成人式なんです。
この靴を、履かせたい。
でもサイズが少し違うんで、修理して磨いてほしいんです。」

その声は、どこか誇らしげだった。

(すごい!ちゃんと、届いた。)

胸の奥で、音がした。
やっと、自分の仕事が、誰かの未来につながったと、実感できた。

その夜。
ますみは、再び〈フォーチュンカフェ〉の前に立っていた。

中へ入ると、こと葉が穏やかに迎えてくれる。

「今度は、書けそうです」

ことばみくじの白紙に、「不言いわぬ色」と書かれたガラスペンを走らせる。

『とことん磨いたら、新しい道が開く。』

こと葉に渡すと、紙をそっと折りたたんで、小さな箱に入れた。

「ありがとう。明日からもまた頑張れそうです。」

「……どんどん磨いちゃってください。」

温かいこと葉の声に背を押されながら、ますみは扉を出た。

カラン。

夜の街の光が見える。

「……明日も、磨こう。」

ゆっくりとますみの足音は町の喧騒に溶けていった。

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一条 詩紋 いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 物語があなたの癒しになれば幸いです。 チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。