ようこそ!フォーチュンカフェへ #11 技を継ぎ、己を磨く ~ブラジル×モカマタリ~
珈琲と古本の香りがまじりあう、路地裏の小さなカフェ。
名前は〈フォーチュンカフェ〉。
看板の言葉が、ふと心に触れたとき──
扉を開ければ、そこに待っているのは、たったひとひらの言葉。
偶然か、運命か。
その言葉は、あなたの歩みを、そっと後押ししてくれるのかもしれない。
*
その朝、〈フォーチュンカフェ〉の前に、ひとりの青年が立っていた。
手には工具の入った木箱。
腰には革のポーチ。
名は、木内修一(21)。
クロさん──こと、橋内玄能(くろしげ)の弟子だ。
ふと、入口に目をやると、手描きの黒板が目に入った。
《本日のひとこと》:
『一歩一歩を踏みしめなければ、高みにはたどり着かない。』
(……そうだよな。)
看板の文字に一人納得して、修一はそっと扉を押した。
カラン。
ベルの音が、少しだけ高く響いた。
*
「いらっしゃいませ……」
「橋内工務店の者ですー。親方に言いつかって来ました。」
カウンターの中から出てきたのは、白いエプロンをつけた女性だった。
こと葉と名乗ったその人は、青年の工具箱を見て微笑んだ。
「クロさんのお弟子さんだ!聞いていますよ。扉、お願いしますね。」
「……あ、はい」
(明るい人だなあ。)
と思いながら、こと葉に会釈を返した修一は、
さっそく扉の蝶番と枠の隙間を確かめはじめた。
蝶番の金属疲労か、扉が少し傾いている。
(こんなの親方なら、ちゃちゃっと直すんだろうな……)
木槌を手に取りながら、修一は小さく息を吐いた。
(なんでこんな仕事、俺に任せたんだろう)
見られる仕事。
触れられる仕事。
その“最前面”を任されるには、まだ力不足じゃないか──そんな迷いがよぎる。
*
昼前になり、仕事が終わったところで、こと葉が声をかけた。
「ちょっと休憩してください。お好きな味でお淹れしますね。」
カップに注がれたのは、ブラジルとモカマタリのブレンド。
柔らかく、丸い苦味。ほんのり甘い香り。
「これ……飲みやすいですね。クセがなくて」
「“地道な味”って、呼んでます」
こと葉はにこりと笑う。
「地道な仕事を、ちゃんと見てきた人の味がしました」
「……ああ」
心の奥を見透かされた気がして、修一は少しだけ黙った。
*
「俺……親方みたいになりたいんです。でも……追いかけても追いかけても、全然届かない気がして。」
「届かないから、歩き続けるんです。
……ほら、看板の言葉、見ましたか?」
《本日のひとこと》:
『一歩一歩を踏みしめなければ、高みにはたどり着かない。』
「……そうだよね。」
(それで、あの看板が気になったのか。)
心の中で、納得した修一の前に、こと葉は、カウンターの奥から小さな木箱を差し出した。
*
「『ことばみくじ』です。よかったら、一枚引いてみてください」
修一は一枚の紙を引き、そっと開いた。
『とことん磨いたら、新しい道が開く。』
言葉のひとつひとつが、指先からじんわり沁みてくる。
(……ああ、そっか)
まだ途中でもいい。
届かなくてもいい。
とことんやってみよう。
きっとその後ろには、自分の道ができている。
親方もそうやって、自分の道を作ってきた。
そうか……。
親方も、先代の親方の跡を辿って、「親方自身」の道を切り開いた。
俺も……。
親方の跡を辿りながら、「俺の道」を切り開こう。
「よし……。」
瞳に力が入った修一の前に、こと葉が紙とガラスペンを差し出した。
「今度は、あなたの番です。言葉を残していきませんか?」
修一は、少し考えた。
「ゆずり葉色」と書かれたインク壺にペンを浸す。
*
『あなたを継ぐものは、あなたの背中をじっと見る。』
「……あれ?」
こと葉がつぶやいた。
「どうかしました?」
「いえ。……前にも、まったく同じ言葉を書いた方がいたような。」
修一は、不思議そうな顔で笑った。
その時、修一は気付いてはいなかった。
飾られた「運命の輪」のプレートが、やわらかく光っているのを。
*
カランカラン
扉の向こうから懐かしい声がした。
「おーい、修一。終わったか?」
「はい。親方。」
扉の建付けを手で押して確認したクロさんは、うなずいた。
「いいな。そろそろ、“おまえらしさ”が出てきたんじゃねぇか」
その言葉に、修一は少しだけ目を見開いた。
「こと葉ちゃん、前に言ってた『若いやつ』ってこいつだよ。こいつもまだ未熟だけどな。……まぁ、いい職人にはなるぜ。」
「ええ、わかります。味で伝わりました」
「味……?」
こと葉は笑った。
クロさんも笑った。
「修一。珈琲飲んだか。じゃ、休憩はおしめぇだ。次の現場いくぞ。」
「じゃあな、こと葉ちゃん。また困ったことがあったら呼んでくれ。すぐ直しに来させるから。」
扉の音が、軋みもなくやわらかく鳴り響いた。
工具箱を肩に、二人は路地を歩いていった。
*
夕方。
誰もいなくなった路地。
ふいに、ひとりの女性がカフェの前に立ち止まる。
ふと、彼女の目線が黒板の言葉に止まり──ほんの少し、唇の端が動いた。
次の扉が、静かに開こうとしていた。
「いらっしゃいませ。ようこそ、フォーチュンカフェへ。」
──扉の向こうで、珈琲の香りがゆらりと漂っていた。
第1部 完
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いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
物語があなたの癒しになれば幸いです。
チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。