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ようこそ!フォーチュンカフェへ #3 君がいてくれてよかった 【前編:彼のことば】~グアテマラ×ミントロースト~

珈琲と古本の香りがまじりあう、不思議なカフェがある。
名前は〈フォーチュンカフェ〉。
扉をくぐると、誰かの言葉があなたを待っている。
それは、偶然か、運命か。
「本日のおまかせ」を味わいながら、ふと胸に引っかかっていた言葉が、思いがけずよみがえるかもしれない。

小さな一言が、忘れかけた気持ちにそっと触れたとき、
未来は、少しだけ違うかたちで動きはじめる。

本日のひとこと:『どんなに小さなものでも、未来を変える力がある』

看板をじっと見つめ、吸い寄せられるように、彼の足は止まっていた。
駅前通りから一本外れた、路地の先。

「小さいってのは、僕のことか?」

昼下がりの空気に溶けるような、かすれた声だった。
自嘲気味に笑い、ドアを開ける。
カラン、と鈴が鳴った。
こと葉が顔を上げる。

「いらっしゃいませ。ようこそ、フォーチュンカフェへ」

「なんか、変わった雰囲気の店ですね。」

知也は店内を見渡した。
古い木の棚、並ぶ本、一枚だけ飾られたタロットカード。

「看板の言葉が気になって?」

こと葉にそう聞かれて、少し頷く。

「あれ、『指輪物語』ですよね。」

こと葉の顔が、明るくなる。

「ご存知なんですね。」

「まあ、そうですね。仕事柄。」

「え?お仕事ですか?」

「僕は、古本屋やってるんで。」

「へぇ。古本屋さん。」

桜堂さくらどう書店って知ってます?」

「あ!ファンタジー系の古本いっぱい置いてありますよね!」

「親父の代からやってるんですけど、『指輪』に囲まれて育ったようなもので。」

「で、看板の言葉が刺さって・・・ってところですね。えーっと・・・。」

「僕は、内村 知也といいます。」

「知也さんですね。わたしは、こと葉といいます。」

「こと葉さん……。」

「じゃあ、さっそく珈琲淹れますね。」

「え?」

「ここは『店主のおまかせ』なんです。」

「は、はあ」

知也は少し面食らいながら、カウンター席に腰を下ろした。

カリカリ。

豆を挽く音がする。

こと葉はちらりと彼の顔を見る。

「焦がしキャラメルと・・・ちょっとだけ、ミント。」

「え?」

「あなたのお顔の味です。」

知也は眉をひそめた。

「僕の顔の味?なにそれ。」

「わたし、人の顔を見ると、その人の『味』がわかるんです」

「え?」

「焦がしキャラメルは、ちょっと苦くて、でも温かい。ミントは、真面目な人が隠してる真っすぐさの味。たぶん、誰かのこと、『悪いことしたな』ってずっと引っかかってません?」

知也の表情が曇る。
図星だった。

「ばれてます?」

「珈琲は、そんな人の気持ちをほぐすんですよ。」

こと葉はミントの葉をすこしだけ指先で潰し、香りを立てた。

「今日のブレンドは、グアテマラに、少しだけミントを加えた特製ロースト。焦がしキャラメルのような深煎りに、ほんの少しだけ新芽の香りをつけてみました。」

カップが目の前に置かれた。
知也はひとくち含む。
やさしくて、苦くて、でも、不思議とすっとする味だった。

「おいしいです。」

「よかったぁ!」

こと葉がにこりと微笑んだ。

珈琲を少しずつ飲む知也。
言葉を交わさぬまま、しばし静かな時間が流れた。
すると、

「・・・・『もう来ない方がいい。』って言っちゃったんです」

と知也が切り出した。
こと葉は何も聞かず、ただ頷いた。

「その人が、僕の好きな本の話をとことんできる、初めての人で。」

「『指輪物語』ですね。」

「うん、その人、たまたま店に来て、指輪物語の棚をじっと見てて。気づいたら、二人で話し込んでた。どんどん、話が合って。すごく楽しかった。でも、途中で驚きました。」

「驚いた?」

「彼女、天垣理佳さんだったんです。」

こと葉は目を見開いた。
有名な女優だ。
何本も映画の主役を張っている引っ張りだこの女優だ。

「そりゃ驚きますね。」

「なんか、自分とは違う世界の人だって思ってしまって。話せば話すほど、僕は場違いな気がしてきたんです。結局、『もう店に来ないでください』って。」

言いながら、知也はカップを見つめていた。

「でも・・・ほんとにそれでよかったんだろうか・・・って。」

こと葉は黙って、棚の小引き出しから一枚の紙片を取り出した。

「よろしければ、これを。」

「・・・?」

「『ことばみくじ』です。珈琲代の代わりに書いてもらっています。次に来る誰かのために、言葉を残していってもらうんですよ。」

「いろいろ変わった店ですね。」

知也は、苦笑しながら受け取り、紙を広げる。

カーマインのインクの色がすっと目に飛び込む。

『心の引き出し、開けてみませんか。好きだった気持ちがあなたを待っている。』

手が止まった。

指先が、かすかに震える。

「あ、ああ。」

知也の脳裏に、あの夕暮れの記憶が蘇る。

桜堂書店に、ふいに差し込んだ夕暮れの光。
その中に、一人の女性がふっと現れた。

「これ、ありますか?」

差し出されたスマホの画面には、『指輪物語』の原書の表紙。
長く店の奥にしまっていた一冊だった。

知也が奥からそっとそれを取り出すと、彼女の目がふわりと輝いた。

「すごい……。ここになければ諦めようと思ってたんです。」

その声に戸惑いながらも、知也は応じる。

「うちはファンタジー系にはちょっと力入れてまして。
『指輪』は……まあ、僕の原点みたいなもので。」

彼女は、嬉しそうに微笑んだ。

「わたしも、小学生のときから大好きで。
世界設定の細かさとか、読むたびに深くなっていく感じがたまらなくて。
何度も泣かされました。」

そう言って、そっと本の背表紙をなぞるように指を滑らせる。

気がつけば、二人は店の隅の椅子に並んで腰掛けていた。
外はとっくに暗くなっていて、照明の下、時間だけが静かに流れていった。

好きなキャラクターの話、旅の描写……。

「ガンダルフの言葉、刺さるんですよね」

「わかります、でも僕はサム推しで」

どちらからともなく、笑いがこぼれる。

ふと、理佳がつぶやいた。

「『君がいてくれてよかった』って、あれ、フロドの台詞でしたっけ。
あれが一番好きなんです。信頼って、言葉で交わすと重たいけど、
あの言い方だと、まるごと伝わる感じがして。」

知也は頷いた。

「僕も、その言葉が一番響きます。」

その瞬間、二人の間に漂っていたものが、静かにひとつに溶けた気がした。
誰かと「同じ物語を語ること」が、これほど心を安らげるなんて。

——あのときの彼女の顔。
ライトの下で、飾らずに笑っていた。
その表情が、いまも鮮明に残っている。

だからこそ、あの一言が、心の奥に今も沈んでいる。

「・・・もう来ないほうがいいです。」

なぜ、あんなことを。

名前を知った瞬間、まるで遠い光になった気がした。
ただ、手を伸ばすのが怖くて、自分から背を向けた。

あの時間が、ずっと続けばいいと思っていた。
けれど、その願いを口にすることさえ、自分には許されていない気がした。

「やっぱり僕、好きだったんだ。彼女のこと。」

小さな声だった。

「あんなに、『指輪物語』の話ができる人ほかになかったから。いなくなったら、ほんとうにさみしくて。」

「いつも、僕『指輪物語』の話をすると熱くなりすぎて、結局まわりは引いちゃうんです。でも、彼女は、一緒になって楽しんでくれて。それが本当にうれしかったんです。」

知也は深く息を吐いた。

「僕はなんてこと言ったんだ。」

たぶん、もう彼女は来ない。
あのとき、彼女の目は、なんて言っていたんだろう。

「まだ、大丈夫ですよ。」

こと葉がそっと声を掛ける。

「お互いのことを本当に大切に思っていれば、必ずまたお店に来られます。」

「・・・うん。店で待ってみる。」

「もう一度、彼女が店に来てくれるなら、その時はちゃんと伝えるよ。珈琲ありがとう。」

こと葉が、そっとガラスペンと白紙のカードを差し出す。

「次に来る誰かのために、ことばを残していってください。」

「そうだったね、珈琲代の代わりだったね。」

知也は、しばらく目を伏せていたが、やがて桜色のインクでゆっくりと書き始めた。

『君がいてくれて、よかった。』

そう書いて、カップの横にそっと置いた。
こと葉はそのカードを手に取り、大切そうに見つめた。

「きっと、届きます。その気持ち。」

店を出る前、知也は一度振り返ってこと葉に聞いた。

「この店って、偶然入るもんなんですかね?」

「偶然か、運命か。それを決めるのは、お客様です。」

こと葉は静かに微笑んで言った。

(了)

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一条 詩紋 いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 物語があなたの癒しになれば幸いです。 チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。