見出し画像

ようこそ!フォーチュンカフェへ #2 汝の欲することをなせ(Tu, was du willst!)~エチオピア×コナ~

珈琲と古本の香りがまじりあう、不思議なカフェがある。

名前は〈フォーチュンカフェ〉
扉をくぐると、誰かの素敵な言葉があなたを待っている。

それは、偶然か、運命か。

「本日のおまかせ」を味わいながら、あなたの心にそっと触れる〈ひとひらの言葉〉が、小さな風を起こすかもしれない。

入口の看板には、

本日のことば:『沈黙の底で、光を目指す意志が、そっと目を覚ます。』

と書かれている。

午後1時。
看板をじっと見つめる、三十半ばの女性がいた。
しばらく、じっと見つめる。
時計をチラッと見て、意を決したかのように店に入る。

カラン。

入口の鈴の音が響く。

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

彼女——文子はぺこりと頭を下げて入って来た。
カウンター席の隅に座る。
しばらくの空白の時間。

(え?注文取りに来ないの?)

文子は、カウンターにいる女性を見る。
年のころは、少し下だろうか。
こちらをじっと見ている。
文子もじっと見る。
すると、女性はにっこりと笑い返す。

「え?注文は?」

「あ、うちは店主のおまかせなんです。」

「あ、はぁ。」

よくわからない。
しかし、メニューがないところを見ると、確かにそう言うことなのだろう。

「じゃあ、おまかせで。」

とだけ答える。
女店主は、しばらく文子の顔を眺め、そっとうなずいた。
湯を沸かしはじめる。
豆を計量し、ミルで挽く。

カリカリカリカリ。

店の中に、軽やかなリズムが広がる。
しばらくすると、珈琲の香りが広がってくる。

そんな様子を見ながら、文子はあたりを見回す。
店の奥には、古い本が入った棚。
壁の奥には、何かのカードが入った額が飾られている。
文子は、古い本の中に懐かしい本を見つけた。

(あ、『果てしない物語』!)

ミヒャエル・エンデの物語。
小学校6年生の時に読んだ。
あんなお話が書けたらいいなあ・・・なんて子ども心に思った。

『汝の欲することをなせ』

物語の一節が、ふっと浮かび上がる。

(わたしの欲すること・・・。)

その思いは、すっと心の暗闇に沈んでいく。

コトン。

目の前に、真っ白なソーサーとカップが置かれる。
汚れもなく、抜けるような白。

「今日のおまかせは、エチオピアとコナのブレンドです。エチオピアの華やかさと、コナのまろやかさ。『隠し味』の方の心の奥をそっと緩めて楽にします。」

「隠し味?」

なんのことだか意味が分からない。
驚いた顔をする文子に、こと葉は柔らかく笑いかけた。

「わたし、人のお顔や表情を見るとその人の『味』がわかるんです。」

「表情に『味』?」

ますます意味が分からない。

「まあ、まずは一口どうぞ。」

カップからは、柑橘にも似た甘い香りが立ちのぼる。そっと口をつけると、ふわりと心がほどけるような気がした。

「おいしいです。」

「でしょ!でしょ!」

無邪気に喜ぶこと葉を見ていると、文子は思わず微笑んだ。
その時に、再び浮きあがる思い。

(これか・・・。私が『隠していた味』って)

「お話してもいいですか?えっと・・・。」

「こと葉です。」

あっけらかんと答える女性。

「こと葉さん。わたし、思い出したの。ずっと心の奥に『隠して』いたこと。」

こと葉は、静かな笑顔で聞いている。

「あそこに、『はてしない物語』がありますよね。」

文子が本棚を指さす。
こと葉が、うれしそうに答えた。

「あ!気づかれました!わたしあの本が大好きでなんです!えっと・・・。」

「文子です。堀内 文子といいます。」

「文子さんも、好きなんですね!」

その笑顔で、文子の心の枷がさらに緩む。

「6年生の時に、あの本に出合って夢中で読みました。」

「そして、あんな物語が書いてみたいと思って・・・。」

──物語を書くのが好きになった。
書くことは、胸の奥の「ほんとう」を楽しく紙の上に表すことだった。

でもある日、友だちにノートを読まれて、笑われた。

「なにこれ、変な作り話。」

「きもーい。」

「ネクラだよねえ。」

「こんなお話書いても、何の役にも立たないじゃん。」

──それ以来、物語を書くのが怖くなった。
嘲笑されることが、何より怖かった。
でも、書きたい気持ちは、ずっと胸の奥にあった。
大人になり、結婚して、子どもができて、日々の家事や育児に追われて——

「時間がない。」

「今は無理。」

「また、今度。」

そんなふうに言い訳して、物語を書いていない。
それでも、最近ふと思ようになった。
恋をして、結婚して、子どもができて・・・。
あの頃より、もっと誰かの気持ちに寄り添える話が書けるんじゃないか、と。
でも、またあのときの痛みが頭をもたげる。
誰かに笑われるくらいなら、何も書かないほうがいい。
書きたい思いが浮かび上がるたび、——そんな風に、ずっと自分の奥に隠してきた。
ふだんは、夫にもあまり自分の気持ちを話せないのに、初対面のこと葉にこんなにも滔々と話し続けている自分に気づく。
こと葉はずっと静かに話を聞いくれた。

文子が話し終わると、こと葉が優しい笑顔で言った。

「Tu, was du willst——汝の欲することをなせ、ですね。」

その言葉が、文子の五体に染みていく。
温かい気持ちが噴き出してきた。
涙がこぼれた。

「あ、え?泣いてる。ご、ごめんなさい。」

謝る文子に、こと葉はそっとペーパーナプキンを渡す。
涙を拭いていると、こと葉がそっと小さな紙を渡した。

「なんですか?これ?」

「『ことばみくじ』です。」

「あなたの未来を拓く言葉だといいですね。」

『迷ってるなら、まずは手を動かせ。』

文子の心が強く動いた。
いままでの、言い訳がガラクタのように吹き飛んでいく。

「また書いてみる。」

独り言のように呟く。
こと葉は、しばらく文子の顔を眺め、そっと頷いた。
——長い睫毛の奥の眼差しが、何かを見通しているようだった。

カップの中のコーヒーは、少し冷めていた。
文子は最後の一口を飲み干し、席を立つ。

「ごちそうさまでした。おいくらですか?」

「うちは、珈琲のお代の代わりにこれを書いてもらっています。」

「え?」

「次に来る方のために、文子さんの言葉を。」

「じゃあ、さっきの『ことばみくじ』も?」

「そうなんです。あれは、クロさんっていう大工さんに書いてもらいました。」

「大工さんが?確かに、書きそう!」

文子はなんだかうれしくなった。
こと葉から、『ことばみくじ』の白紙とガラスペンを渡される。
少し考えてから、カーマインのインクでこう書いた。

『心の引き出し、開けてみませんか。好きだった気持ちがあなたを待っている。』

「じゃあ、ありがとうございました。また来ます。」

こと葉は、ほんの少しだけ、意味ありげに微笑んで見送った。

その晩。
文子の家。
子どもが眠ったあとの静かなリビング。
文子は引き出しの奥から、古いノートを取り出した。
表紙には、子どもの字で自分の名前が書かれていた。
ページの途中、ビリリと破かれた跡。
震える指で、セロハンテープを取り出す。
そっと、破れた部分を貼り合わせる。
何年も触れなかった傷跡が、少しずつ閉じていくような気がした。

「ママ、なにしてるの?」

声に振り返ると、子どもが眠そうな目で立っていた。

「ママね、お話づくりをするの。」

子どもはしばらく考えて、にこっと笑った。

「ママのおはなし、ききたい!」

文子は子どもと一緒に、ノートのページをめくり始めた。


次話


前話


全話ガイド


#創作大賞2025 #ファンタジー小説部門
#フォーチュンカフェ #ようこそフォーチュンカフェへ
#短編小説 #言葉の力 #癒し #心にしみる #ことばみくじ




いいなと思ったら応援しよう!

一条 詩紋 いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 物語があなたの癒しになれば幸いです。 チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。