卒業の日 #15 me too
3/31 夜のフライト。
蒼井はるかは、ワゴンを押して進んでいた。
「お飲み物はいかがですか?」
外国のお客様も多い。
次の席の前で、足を止めた。
端末を見た。
(この方は……)
“Would you like something to drink?”
「……オネガイシマす」
手が、わずかに止まった。
日本語だ。
少したどたどしい、その響き。
乗客は窓の外を見ていた。
遠ざかる光を見ながら、微笑んでいる。
はるかはグラスを取り、氷を入れる。
カラン、と音が鳴る。
——「……オネガイシマす」
言い方が、同じだった。
あの人も、そうだった。
覚えたばかりの不器用な日本語で、
何度も言い直していた。
別れたのは、空港だった。
そのあとも連絡は、ときどき来る。
はるかはグラスを差し出した。
「アリガトウ」
短い、日本語だった。
*
サービスを終え、自席へ戻る。
機内の照明は落とされ、暗くなっていた。
さっきの声が、頭の中をめぐる。
「オネガイシマす」
「アリガトウ」
短い、日本語。
あの人の声と、重なる。
はるかは、目を閉じた。
*
やがて、窓の外が白みはじめた。
着陸。
すべての業務を終え、飛行機を降りた。
イギリスの風が、頬を撫でる。
ヒースロー空港は明るかった。
旅行帰り。
家族連れ。
握手をするビジネスマン。
そして、恋人たち。
出会う人。
別れる人。
いくつもの言葉が、行き交っている。
はるかは出口へ向かった。
自動ドアの向こうに出たとき、足が止まった。
彼がいた。
少し背が高くて、肩をすくめるように立つ癖。
こちらを見つけた瞬間、目がやわらぐ。
はるかは駆け出す。
彼の前まで行き、そのまま抱きついた。
彼の身体が揺れ、
次の瞬間、しっかりと抱き返される。
彼は少し緊張したように笑った。
「キョウは、はるかに……ダイジな話、アリマス」
はるかは笑う。
「Me too」
*
その横を、派手な服の若い女性が、
大きなキャリーケースを引いて通り過ぎていく。
Right, I'm off. See you!
(じゃあ、行くね。またね!)
Yeah, see you later, cheers!
(うん、またね。バイバイ!)
彼女は一度だけ振り返り、大きく手を振り返す。
それから前を向き、そのまま歩いていった。
はるかは彼の肩に顔を寄せた。
(第15話 了)
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いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
物語があなたの癒しになれば幸いです。
チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。