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藤井風のHachikōを聞いて感じたのは、「切なさ」と「安心感」だった。


こんにちは。考える犬です。


藤井風が好きです。



さて、とうとうリリースされましたね、新曲!

その名も「Hachikō」


凄いな、もう。

もはや怖いもの無しである。

この曲、現在準備中の3rd アルバムに先立ちリリースされたものだという。世界中の待望を受け、全曲英語というとてつもないチャレンジングなニューアルバムに収められた一曲。それがお披露目されたというわけだ。


というわけで、さっそく聞いてみました。


視聴後の、率直な感想がこちら。


そう。

自分でも意外だったのだが、この曲を聞いて感じたのは「驚き」とか「わくわく」ではなく、「切なさ」だったのである。こんなにユーモアに溢れた、楽しげなMVなのに。

今回は、自分がどうしてそう感じたのか。

少し掘り下げてみたい。


1.「藤井風が遠くに行ってしまう!」


まず率直に、「完全にワールドクラスだ」と感じた。

音像も。世界観も。


「あぁ藤井風チームは、本気で世界を狙っているんだ」と一発で理解した。いや、理解らせられた。

ズンズン響く骨太なビートに、延々ループするコード進行。果てしない循環の中で徐々にメロディや音色を追加し、楽曲を展開させてゆく構成は、やはり昨今の邦楽とは完全に別ラインであるように感じる。


率直に言うと、もう日本の売れ線に乗せるつもりでは作ってない気がする。そもそも藤井風が一人二役で犬&神様っぽい人物を演じるというアートワークも、言ってみればかなりアヴァンギャルドな表現だ。


ワンコ風


ゴッド風


これって大衆に迎合するのではなく、ありのままの表現を叩きつけて、大衆の先に立つことのできる次元のアーティストでしか成し得ない表現である。

そう、まるでアイドルから脱皮して、アーティストとしての自己表現を追求しはじめた頃のビートルズのように。

藤井風は、完全にアーティストとして次の次元へ突入したのだ。


それに気づいた時、
「あぁ我々の風くんが、さらに遠くに行ってしまう」
と、図らずも思ってしまった。


特に、この↓のカットとかね。

去る風

なんでだろう。

凄く切なくなっちゃった。


2.「それでもきっと彼は変わらない」


ただ一方で、「それでもやっぱり彼は彼だな」とも思ったのも事実。


たとえば、楽曲のテーマ。


こんな洗練されたサウンドのテーマに「忠犬ハチ公」を選ぶなんて、誰が予想できますか??  

あまりに唯一無二。
もう笑ってしまうほどに藤井風である。

アンニュイな表情

このユーモアのセンス。

そもそもまず、ハチ公をテーマに添えたら普通はこのビジュアルにはならないもんな。かなりぶっ飛んでいる。



…しかし考えるほど、このテーマは秀逸である。


だって日本人にはストーリーとしては親しみがありながらも、それをビートを効かせた英詞で歌うというわけのわからなさが意外性を生むし、海外勢からすると、そもそも「ハチ公?何それ?」という疑問によって、どちらにしてもフックとなる。


と同時に、「ハチ公:わんこ」というキャッチーで親しみやすいマスコット性も獲得している。

また、この曲は「3rdアルバムを心待ちにしてくれているファン」を意識しているような内容でもある。これについては、藤井風自身がコメントしている。詳細は以下の記事参照。


忠犬ハチ公は、亡くなった飼い主を10年間待ち続け、ようやく天国で会うことができた。

この曲は忠誠心に対する尊敬の念が込められているし、それは僕の3rdアルバムを辛抱強く待ってくれているファンのことのようでもある!笑

藤井風のコメント(記事より抜粋)


本当に、何もかもが
上手くて、面白くて、オシャレである。


3rdアルバムリリース前のとっかかりとなる先行シングルとして、これ以上ない最高の選曲であることは間違いない。


3.「藤井風は『優しさ』の人だ」


藤井風は、「優しさ」の人だ。

それを改めて実感したMVでもあった。

…というのは、そもそも「ハチ公」とはこんな話である。

忠犬ハチ公(ちゅうけんハチこう)は、日本忠犬大正末期から昭和初期にかけて、東京市渋谷駅まで飼い主の帰りを出迎えに行き、飼い主の死去後も約10年にわたって通い続け、飼い主の帰りを待ったという逸話で知られる。

wikipedia「忠犬ハチ公」より


普通「ハチ公」をテーマとするなら、「飼い主への忠心」とか「健気さ」といった部分にフォーカスするだろう。

しかし「Hachikō」の歌い出しは、こんな一節でスタートする。

「Take you anywhere I'm ready」

直訳すると、
「どこへでも連れてってあげるよ。準備はできてる。」

愛犬に優しく声をかけるような目線である。


ハチ公の物語を知っている人ならここで気づくだろう。「彼は死ぬまで主人と再会することはなかった」ことに。


つまり、この楽曲は、ハチ公が天国で主人と念願の再会を果たしたところから開始する。藤井風は、10年以上も大好きな主人と再会ができなかったワンコに、音楽の世界で救済を与えたのである。


そう考えると、楽曲で繰り返される
「どこに行こう ハチ公」というフレーズは、

「主人の死に縛られてどこへも行けなかったハチ公は、死後の世界で主人に会えたから、もうどこへでも自由に行けるね」

という意味にも思える。

もちろん、どこへ行くにも大好きな主人と一緒である。

待たせてごめんよ
ご主人〜!!


ここに、藤井風の底なしの「優しさ」を感じる。

別の言い方をすると「愛」


そう考えると、この曲は一貫して天国の主人が愛犬に語りかけるような目線で描かれていることに気づく。


You've been patiently waiting for me
(とても辛抱強く 待っていてくれたんだね)

Dokoni iko Hachiko
(どこに行こう ハチ公)

This time I'll never let you go
(今度は絶対に一人にさせないよ)

Hachikō / 藤井風


Our holiday's just getting started
(私たちの休日は始まったばかり)

Just be kind and open hearted
(ただ優しく  そして心を開いていよう)

Hachikō / 藤井風


こんな歌詞、優しい人にしか書けないよ。



…例えば、あるアーティストにまつわるプロジェクトが巨大化したとして、そうなると映像とか音像といった部分については、ある程度のクオリティは保証される。正直そこの部分で大きな差がつくことはない。

…となると最後に問われるのは、そのアーティストの「本質」の部分。

「哲学」とか「美学」とも言える。

ようはその人が一番価値に重きを置く「絶対に譲れないもの」。派手な演出や装飾を一つずつ削ぎ落としていくと、最後に残る「何か」だ。


それが藤井風の場合は、「優しさ」なのだと、改めて実感した。


思えばシングル「優しさ」のリリース時に、彼は「優しさって最強」というコメントをしていた。

一貫している。
ブレない。彼は彼だ。

そんなことを思って、嬉しくなってしまう。


4.総括


ということで、まとめ。


今回の楽曲、路線変更とか否定的な意見もあるようだけど、僕としては「『Hachikō』はクスッと笑えてほろりと泣ける、良い楽曲じゃないか」と思った。


しかも音像は最高にクールときている。


仮に英語が伝わらないとしても、彼の優しさと音楽の素晴らしさは言葉以外の部分で万人に伝わるはずである。

そこは確信を持って感じている。


あとはもう一つ、
「彼が遠くに行ってしまう気がして切ないけど、けっきょく藤井風は藤井風で、何も変わらない」ということも。


というか、そもそも彼はすでに世界の藤井風だった。


彼が我々の予想の範疇で大人しくしていたことなんて、今までにただの一度も無かったのだ。

どこに???


満を持して世界に羽ばたいた藤井風。

これからも今まで以上に自由に、楽しく音で遊んで欲しい。そして我々はそのおこぼれをちょっともらって、明日を生きる糧にしよう。


…といったところで、今日はこの辺で。

それでは!


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