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【美術展2025#18】MOTアニュアル2024 こうふくのしま@東京都現代美術館

会期:2024年12月14日(土)〜2025年3月30日(日)

現代美術から新たな側面を引き出すグループ展「MOTアニュアル」の第20回を数える本展では、清水裕貴、川田知志、臼井良平、庄司朝美の作家4名を、その最新作とともに紹介します。
近年、「今ここに立っている」という身体感覚を持つことがますます困難になりつつあります。通信技術や交通手段の発達により、日々膨大な情報に否応なくさらされ、どこへでも移動しやすくなったことで、その傾向はさらに顕著になっています。こうしたなかで、自分自身の足元が何によって形をなし、どこにつながっているのかをあらためて問う行為は、私たちの身体が置かれる場への気づきを引き出し、進むべき方向を探るひとつの手だてとなるでしょう。
副題にある「しま」は、4名の作家が拠点を置く「日本」の地理的条件に対する再定義を含んでいます。この太平洋北西部の島々を、他の陸地から切り離されて海に浮かぶ「閉じられた地形」ではなく、地殻変動を経て海上に現れた地表の起伏であり、海底では他の大陸や島と地続きに連なる「開かれた地形」として捉え直すことは、水面下での見えざるつながりを確かめるための別の視座を提示します。それは、従来の枠組みや境界を超え、あらゆるものが複雑に相作用する世界を見つめ、深く思いをめぐらせることでもあるのです。
本展の作家の仕事もまた、自身の足元を起点にしながら、より大きな文脈や関係へと開かれています。彼ら/彼女らは多様なアプローチを通じて、現実の世界を視覚的に置き換え、描き出すことにより、身のまわりや自己の多義性や重層性と対峙します。これらの作品は、作者の解釈や意図を超え、見る者がそれぞれの視点や感覚、経験を通して主体的に意味を見出すための装置として働き、それぞれに異なる見かたや感じかたを促します。
日本の社会は、戦後その大半を失ったところから再建を始め、経済発展を根拠とする幸福と繁栄への道を歩み、1990年代以降は低迷と停滞が続いていると言われます。しかしながら、こうしたリニアな語りにおいて、複数の要因が絡み合う対立や葛藤は、しばしば解消されないまま見落されてきました。そこで本展では、身辺の汲みつくせない出来事や状況を個々の視点から見直し、形を与えようとする作家たちとともに、もつれ合う世界の複雑さをいかに引き受けるのかという問いに向き合います。

東京都現代美術館


激混みの坂本龍一展からハシゴする。
みなさん坂本龍一で力尽きてしまったのか(私もへろへろだが…)、こちらの展示は運営が心配になるくらいのガラガラっぷりだった。

毎年恒例のMOTアニュアル。
今年は四人の若手作家を取り上げている。


・清水裕貴

水にまつわる土地の歴史や伝承のリサーチをもとに、中国大連と東京湾沿岸を舞台にした架空の物語で構成された、写真とテキストを織り合わせたインスタレーション、とのこと。

物語性が強すぎて作家インタビュー映像を踏まえても私にはいまいち響かなかった。
直前まで見ていた坂本龍一の世界観との差が大きすぎて、気持ちの切り替えが追いつかない。


・川田知志

部屋一面に巨大な壁画が描かれる。

この作家は昨年村上隆を見に京都市京セラ美術館に行った際、館内のザ・トライアングルにて展示されていたのを覚えている。
その時よりも数倍広い面積の壁面。
特に好みというわけでもないのだが、このくらいやり切ってくれると心地よい。
私は作品にを求める傾向がある。
(※「圧=勢い・手数」に限らず。そしてあくまで私の基準)

ザ・トライアングル
川田知志:築土構木

隣の部屋には制作過程のアーカイブが並ぶ。


・臼井良平

現代の身近な風景を切り取る。
だが、そこには違和感が。

ビニールやプラをガラスで作っている。
三島喜美代的アプローチか


・庄司朝美

描かれる世界は私的なストーリー。
遠目や印刷物で見ると一見ただの落書きのようにも見えるのだが、実物は何層もの薄いレイヤーが複雑に重なり、その中で色々やっていてとても繊細だった。

ベンチには不自然に双眼鏡が置かれている。

カラスが付いている

各所でネタバレしているので写真を載せてしまうが、誰もいない室内だったのですぐに気づいた。

混雑していたら見逃してしまったかもしれない。
しかしこんな仕込みができるのもコロナ禍が過去のものとなった新たな時代だからこそ。
時は流れている、確実に。


出品作家インタビュー ↓


坂本龍一展が、時空を越えて過去と未来を自由自在に行き来する「火の鳥」の世界観のような、スケールの大きい時間軸のストーリーに思えたのに対し、こちらはそれぞれが手の届く範囲で見えるもの(もしくは見えないもの)をそれぞれのフィルターを通した私的で現実的なストーリーとしてひそやかに表出していた。
そこには特に何かを主張したり言及したり解決したりという意思は感じなかったが、坂本龍一展と併せて見たことで、改めてミクロ的視点もマクロ的視点もどちらも大切にしなければという気持ちになった。
こちらのみを見ただけだったら特に何も思わなかったかもしれない。


今回の展覧会タイトルの元ネタになったという作品が最後に展示されていた。

・国吉康雄 《幸福の島》


展示室外のこんなところにもしれっとなんか置かれている。
覗くと…。


すでにラーメン二郎マシマシ状態でお腹いっぱいだがここまできたらコレクション展も行かざるをえまい。

こちらもやはりガラガラ。

イケムラレイコ


まだまだガラガラ。

マーク・マンダース

贅沢すぎる空間の使い方。

《椅子の上の乾いた像》   《椅子の上の像》

些細な違和感に気付くこと。
先入観にとらわれずに目の前の事象を疑うこと。

それらは日常生活の中でも大切なこと。


ここ最近、暗幕が外されて外からの光が取り入れられている宮島達男ルーム。

《それは変化し続ける それはあらゆるものと関係を結ぶ それは永遠に続く》 1998

ああそうだ。
ここにも昔から「火の鳥」がいたんだ。



【美術館の名作椅子】↓


【美術展2025】まとめマガジン ↓


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