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里見八犬伝聖地巡礼【相模一】矢取の入江・谷津

2025年11月22日

里見八犬伝の物語の始まり、里見義実が安房に向かう決意をした「矢取の入江」は諸説あり、現在の三浦半島の各所に比定されています。

今回はまず「①谷津説」を元に、周辺をハイキングしてみたいと思います。

①谷津説とは

「矢取り」という音から想定できそうなところで、横浜市金沢区谷津町。
江戸時代の地誌『江戸名所図会』の「金沢能見堂」の項に載せられた「金沢勝概一覧之図」の図を見ると、この金沢辺りの沖合いには鋸山がはっきりと描かれている

謎解き散歩『南総里見八犬伝』を歩く 安田多苗 著 抜粋

奥に見える山(房総半島)の一番右に書いてあるのが「鋸山」かな?

金沢勝概一覧之図 わたし彩の『江戸名所図会』所蔵 金沢文庫

かつて「保土ヶ谷道(金沢道)」と呼ばれていた「六国峠ハイキングコース」。能見堂跡と「谷津」を象徴する「谷津関ヶ谷不動尊」を調査。

その跡、海方面に向かって伸びる森や山に登り、最後は海辺を歩くルートを設定して、ハイキングしてみました。

果たして谷津の地から、鋸山から見えるのか⁉️

谷津関ヶ谷不動尊

氷取沢バス停から歩き出し、まずは氷取澤神社で安全祈願。
境内が真っ黄色のイチョウの絨毯で、キラキラ輝いている✨

氷取沢神社は真っ黄色なイチョウのじゅうたん

氷取沢からの「六国峠ハイキングコース」入り口は木の伐採中で、今は入れなくて時間がかかるとのこと。整備してくださってありがた山なんだけど、どうしよお〜〜😅 他の登山口に行くには、ものすご〜く遠回りしなくちゃ行けないち😓

仕方ないから、バリルートでなんとか尾根に乗るきゃ〜〜😹

薮や滑りやすい急騰、でもロープがあってなんとかハイキングコースに乗ったぁ❣️ やったぁ〜〜🎊

さっそく能見堂緑地で、ひとやすみ。
森の中で食べる、山ごぱん🥐うめ〜〜〜〜😋

能見堂緑地

六国峠ハイキングコースはとても整備が行き届いた歩きやすいハイキングコース。途中見晴らしのいいところから、房総方面が見渡せた😳

鋸山は…惜しいっ🥺 ここでは木に隠れて見えないけど、谷津の地で鋸山が見える可能性が大というか、場所によっては確実に見えるんじゃね⁉️😃

山座同定するアプリで、右端に「鋸山」の文字が

階段を上がると、一段と高いところに「谷津関ヶ谷不動尊」。
境内裏の谷間より湧き水が湧き出し、谷津川の水源地だったけど、京浜急行の宅地造成により、この地に遷座したんだって。

谷津関ヶ谷不動尊

高台だから景色はどうかな?
木々が周りに生い茂っていて、一部だけ開けていて三浦の山々が見えるけど、鋸山方面は見えなさそう。

谷津関ヶ谷不動尊からの展望

階段を降りると不動池。静かな池に鮮やかな青い鳥が獲物めがけてダイブ❣️
え? 今のって「空とぶ宝石」カワセミ⁉️ いろんな池で探したりじっと待っても見つからなかったので、うれしいっ😻 ラッキー❣️

能見堂跡

江戸時代には金沢道へ入り、山道を辿って能見堂に出た旅人が、突然眼下に開けた東京湾から房総の山々まで一望できるこの景色に息をのんだとか。

江戸名所図会「擲筆松」にも、絶壁に切れ落ちて海に面している、能見堂を見ることができる。

能見堂 新編武蔵風土記稿 巻七十六 久良岐郡乃四 金澤領 かねさはの民話と伝説HPより

「金沢勝概一覧之図」には、能見堂からの鋸山が描かれているけど、現在の能見堂跡は、木々に囲まれて周りの展望はあまりない。
言い換えれば周囲は住宅地なので、木々がなければハイキングコースらしい雰囲気は失われてしまいそう。

能見堂跡には「筆立松跡」をはじめ、いくつかの史跡や伝説も。
その中で気になったのは「藤原道長伝説」。

能見堂跡の現地案内板

“能見堂 除地 村北を通ずる街道の傍なる山上にあり、禅宗曹洞派、
江戸千駄ヶ谷端園寺の末、擲筆山地蔵院と號す、本堂二間半四方
南向 本尊地蔵、此地は往昔関白道長卿開基せられ由し之傳ふ”

新編武蔵風土記稿(巻七十六 久良岐郡之四 金澤領)

道長さまといえば、大河ドラマ「光る君へ」がとても印象的だったけど、
平安時代に都から坂東地方への移動は大変だったと思うし、そんな長い時間都を離れる描写もなかったので、半信半疑なのですが😅

なんかロマンがあって、いいですよね〜☺️

能見堂跡の紅葉

真っ赤に色づいた紅葉も雅で、ちょりっと平安ぽい⁉️🍁

人馬が通りやすいように切り通しが残っている

この辺りは江戸時代には浦賀道や鎌倉・江の島へ通じる観光ルートの一部で、残された切り通しが古道の雰囲気を感じさせてくれます。

谷津浅間神社

聳え立つ崖を右手に見ながら急な階段を登っていくと、谷津浅間神社。
ここも「藤原道長」伝説があるみたいだから実際に道長さまは来ていなくても、何かしらの関係があるのかも。

谷津浅間神社

ここは昔の地形では入江に突き出した「白井岬」というところらしい。
入江キターーーーーーーー😆

谷津浅間神社からの眺望

今は木々に囲まれて見通しが効かないけど、山座同定アプリで見たところ、ここからも鋸山は見えたと思われます。

八犬伝の時代では、このあたりが谷津の入江だった可能性も⁉️

称名寺市民の森

六国峠ハイキングコースを抜けて、京急金沢文庫駅北側の踏切を越えると、色づいたこんもりとした山が見えてくる。ここは称名寺市民の森。金沢三山のひとつ金沢山。眺望を期待して登ってみます。

称名寺市民の森への階段。色づいた木々がキレイ🍁

整備された市民の森を登っていくと、突然視界がひらけた。
金沢山山頂(標高76m)にある八角堂広場からは、野島、横須賀、観音崎の後ろに房総半島がはっきりと見える。そして正面には…鋸山⁉️

あの見たことのある山容は⁉️ もしや😳

山座同定アプリで調べてみても間違いないみたい〜〜😆

金沢山山頂からの風景

わぁ〜なんか感激ぃぃぃ😭
谷津の地でも標高を上げれば、鋸山が見えるんだぁ〜❣️

鋸山をしみじみ眺めながら食べるおやつは格別ぅ😻

称名寺

金沢山を観音通りで下っていくと、観音広場。
たくさんの石仏が、厳かな雰囲気をかもし出しています。
そして山道からぱ〜っと視界が開けると、朱色の橋が映える浄土式庭園が美しい、北条実時が建立した称名寺。

真っ黄色に色づいたイチョウと紅葉の朱が、キラキラ輝いて美しい✨

称名寺のイチョウも見頃

称名寺は、八犬伝の元ネタになる、永享の乱の舞台になっています。

永享の乱で敗北を認めた足利持氏は相模國六浦荘金沢郷称名寺で剃髪し、京の将軍・足利義教に対し恭順の意を示しました。でも義教はこれを許さず、持氏は幕府に恭順の意を表しでここ称名寺で出家することに。

出家した足利持氏は、この地でこの風景を見て穏やかな時間を過ごせたのかな?

その後、持氏の身柄は鎌倉の永安寺に移され、自刃することに。

ちなみに里見八犬伝の物語では、プロローグ的に
「持氏親子は報国寺に追いこまれて切腹された」となっています。
ここから結城氏や里見義実の父との話から、物語が始まっていくんですよね。

直接物語には出てこないけど、称名寺も八犬伝の聖地と言えますよね。

ゆっくりお詣りして手を合わせ、素敵な御朱印もいただきました。

称名寺の御朱印

海の公園〜八景島

昔は海の底だった現在では埋立地の「海の公園」。
わ〜い海〜〜😆 静かな砂浜の入江、波打ち際を歩くと気持ちいい〜〜❣️
砂浜にはアサリの貝殻や、わんこの足跡もあって、なんか楽しい😆

八犬伝の時代にはこの砂浜は海の底だけど、矢取の入江に砂浜があったら、こんな空と海が広がっていたのかも。

ここで船を探す義実を想像しながら海を見ていると、夕暮れに広がる白い雲が「吉祥の白龍」に見えてくる。これぞ聖地巡礼の醍醐味❣️

海の公園からの鋸山

そうそう…、今目の前にある鋸山は…、前衛の横須賀かな?建物に隠れて、海からは見えないな〜😅 建物がなければ見えるのかな?

もし見えても、やっぱり距離があるから「聳え立つ」感はないかも〜😅

そのまま八景島もお散歩してたら、天使の梯子な夕陽がいい感じ。

八景島からの夕陽

海に突き出た八景島からも、海沿いを歩いて鋸山を探してみたけど、前衛の建物に隠れて鋸山は見えない。
そんなことしてたら、すっかり真っ暗になってしまいました。

八景島はシーパラダイスがあって、おいちい食べ物もいっぱい🎵
一休みして、音楽と光の織りなすイリュージョン的なイルミネーションも満喫✨

キラキラと、光り輝くイルミネーション

里見八犬伝聖地巡礼なテーマながらも、歴史ある古道や森や海、最後はキラキラなテーマパークと、盛りだくさんな楽しいハイキングでしたぁ〜😆

今回歩いたルートを、昔の海岸線の地図に赤線で書いてみました。
やっぱり谷津浅間神社あたりが、谷津の入江っぽいかも。

昔の海岸線 神奈川県立金沢文庫所蔵

今回歩いたルートを、動画にしてみました。俯瞰から見ても面白いな〜😆

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