里見八犬伝聖地巡礼【あらすじ】時系列まとめ
2026年7月22日更新
膨大な物語の「今、どのあたり?」がひと目でわかる巡礼マップです。
注目の舞台や新しい旅路は写真付き(カード)で、
これまでの歩みはテキストリンク(🔗🐕)でコンパクトにまとめています。
妄想と脱線をスパイスに、伝説の地をのんびり攻略中。更新をお楽しみに!
物語の発端 伏姫物語
【上野】里見城
史実では、里見城は新田義重の三男、里見義俊の居館にはじまり、房総の戦国大名・里見氏の発祥の地とされている。
【相模】永享の乱
室町後期、鎌倉公方・足利持氏は将軍・足利義教と対立し「永享の乱」を起こすが、京都の将軍家に滅ぼされる。
史実では、持氏は幕府に恭順し称名寺で出家した。
その後、執権・上杉憲実により、持氏親子は鎌倉・報国寺で自害に追い込まれた。
【下総】結城合戦
持氏の遺児・春王と安王を保護した結城氏朝は、下総国結城で京都に背き籠城するが落城。里見義実は父・季基(史実では家基)とともに結城方に味方したが、父の命で落ちのび、里見家再興を託される。
【相模】三浦の浜
結城から逃れる途中、義実は三浦の矢取の浜で白龍を目撃し、その姿を追って安房国へ渡る。
【安房】野島崎・白浜城跡
義実は安房・野島崎に上陸。
史実では、里見氏が最初に築いた城は白浜城で、現在も遺構が残る。
【安房】小湊で旗揚げ
鯉釣り中の義実は金碗八郎孝吉と出会い、旗揚げを決意。誕生寺裏山に火を放ち、集まった一同とともに新領主・山下定包討伐を企てる。
義実主従と孝吉は土地の若者百五十人を率い、東条城を智略で奪取。
続いて滝田城へ進軍するが、そのルートは源頼朝が安房で再起した道と重なる。
【安房】滝田城跡
玉梓に溺れていた山下定包を討ち、義実は滝田城主となる。処刑される玉梓は「児孫まで畜生道に導き、この世の煩悩を犬とならしめん」と怨念を残す。
【安房】洲崎・役行者の洞窟
義実の娘・伏姫は三歳まで言葉を発しなかったが、洲崎の役行者の洞窟に参拝した帰り、不思議な老人から「仁義礼智忠信孝悌」の八珠を授かり、病が癒える。
伏姫12歳のとき、狸に育てられた犬・八房が城に現れる。16歳の飢饉の折、義実が戯れに「敵将の首を取れば伏姫を嫁にやる」と言うと、八房は本当に首を持ち帰る。八房には玉梓の怨念が宿っていた。
【安房】伏姫籠穴
義実は八房を婿に迎えることを拒むが、伏姫は「君主の言葉は取り消せない」として八房と富山の山奥へ籠る。
伏姫籠穴で暮らすうち、伏姫の腹は大きくなる。義実の奥方は心労で病に伏し、義実は“大山寺参詣”を口実に伏姫の様子を見に行く。
伏姫を救おうとした金碗大輔が八房を撃つと、弾は伏姫にも当たる。伏姫の傷口から白気が立ちのぼり、「仁義礼智忠信孝悌」の八珠が八方へ飛び散る。八房は伏姫の功徳で神犬となり、義実の命で大輔は出家して丶大法師となり、八珠を探す旅へ出る。
犬士列伝1 犬塚信乃物語
【武蔵】大塚・滝野川弁財天
大塚番作は結城合戦で名刀・村雨を持ったまま戦場を離脱し、大塚へ戻る。妻が滝野川弁財天に子を願い、信乃を授かった。
信乃が10歳のとき、両親を亡くして大塚家に引き取られ、下男の額蔵(犬川荘助)と出会う。「孝」の珠を持つ信乃と、「義」の珠を持つ荘助は義兄弟となる。
その後、信乃は父の遺命により、村雨を滸我城へ返す旅に出た。
【武蔵】本郷円塚山の場
寂寞道人肩柳(犬山道節)は本郷円塚山で信心深い村人を集め、火中に入って成仏してみせた。日暮れ後、信乃の許婚・浜路をさらった左母次郎が現れ、村雨すり替えの話を聞かされた浜路は刀を取り戻そうとして殺される。その場を目撃した浜路の腹違いの兄が仇を討つが、それは入定したはずの寂寞道人=犬山道節だった。
村雨を手にした道節の前に荘助が通りかかり、刀を取り戻そうと戦う。
道節は火遁の術で姿を消し、「忠」の珠が荘助の「信」の珠と入れ替わる。荘助は道節もまた犬士であることを知る。
【下総】芳流閣の決闘
滸我城を訪れた信乃は、すり替えられた村雨のせいで間者と疑われ、芳流閣の屋上へ追い詰められる。捕物の名人・犬飼現八は、役職辞退の罪で牢にいたが、信乃捕縛のため召し出される。
信乃と現八は互角の戦いを繰り広げ、信乃の刀が折れたところで組み合い、利根川へ落下した。
【下総】行徳・古那屋の惨劇
旅籠・古那屋の主人・文吾兵衛は、川に流れ着いた舟から信乃と現八を救う。信乃・現八・文吾兵衛の息子・小文吾は、互いに牡丹の痣と珠を持つ因縁を知る。
成氏の家臣が探索に来るが、小文吾の妹婿・房八の機転で難を逃れる。房八の子・真平は、生まれてから開かなかった手を開くと「仁」の珠を持っていた。
ちょうど宿泊していた丶大法師は、里見家と伏姫の因縁を明かし、真平に「犬江親兵衛」と名付ける。信乃は大塚に犬川荘助という犬士がいることを語り、現八・小文吾とともに大塚へ向かう。
その後、親兵衛は神隠しに遭い行方不明となる。
【武蔵】巣鴨・庚申塚刑場
村長殺しと陣代殺しの罪で捕らえられた荘助は、処刑を待つ身となっていた。信乃・現八・小文吾は滝野川弁天の岩屋堂に潜み、刑場へ斬り込み荘助を救出する。
追手から逃げる四犬士の前に川が立ちはだかるが、矠平が現れ、対岸まで渡してくれる。矠平は信乃に「上野国荒芽山の麓にいる音音という媼へ渡してほしい」と手紙を託した。
【武蔵】桶川・雷電神社
四犬士は戸田河を渡り荒芽山へ向かう途中、桶川で追手を振り切った安堵から雷電神社で休息する。ここで互いの経緯を語り合い、不思議な縁で結ばれた義兄弟の契りを固めた。
【上野】妙義山・妙義神社
急ぐ旅ではない四犬士は名所を巡り、妙義神社に参拝し妙義山を登る。中嶽近くの茶店で遠眼鏡を覗いた荘助は、道節の姿を発見。四犬士はその場所へ向かった。
【上野】白井城
道節は仇・扇谷定正が白井城にいると聞き、偽名で近づき村雨で首をはねるが影武者だった。定正在城の噂は、忠臣・巨田助友が仕掛けた罠だった。
道節は血路を開いて逃げるが、そこへ来た四犬士は道節の仲間と疑われ戦い、散り散りになる。
【上野】荒芽山
荘助は仲間を逃がすため殿を務め、月夜の田文の茂林で迷い、地蔵堂で空腹をしのぐ。そこで道節と遭遇するが、道節は火遁の術で姿を消す。
信乃・現八・小文吾・荘助は荒芽山麓の音音のもとに集まり、道節も珠と痣の因縁を知って犬士に加わる。道節は村雨を信乃に返し、邪法を恥じて火遁の術を捨てる決意をする。しかし巨田助友の追手が迫り、五犬士は戦いながら逃げるも、また散り散りになった。
【武蔵】対牛楼の仇討ち
犬田小文吾は親兵衛のいる行徳へ戻ろうとするが、悪女・舩虫の罠で罪人として訴えられる。舩虫こそ罪人であることが明らかになり難を逃れるが、その縁で石浜城に招かれ、家老・馬加大記に留め置かれる。
幽閉中に大記の秘密を知った小文吾は毒を盛られるが珠に守られ無事。刺客に襲われるも、女田楽の芸人・旦開野(犬坂毛野)に救われる。その夜、隅田川に面した対牛楼で宴が開かれ、旦開野は馬加大記を討つ。
毛野は小文吾を舟で逃がそうとするが、小文吾は飛び移れず、別の舟で追うも見失った。
犬士列伝2 七犬士放浪
【下野】庚申山の化猫
犬飼現八は下野国・網苧の茶屋で「庚申山に化猫が出て人を襲う」という噂を聞く。地元の勇士・赤岩一角が退治に向かったが、戻ってから様子がおかしいという。
現八は弓を買って山へ入り、胎内潜りで化猫と遭遇し、矢で片目を射抜く。山奥では赤岩一角の幽霊に出会い、一角はすでに化猫に殺されていたことを知る。幽霊は「子の角太郎を助けてほしい」と頼んで消えた。
偽の赤岩一角は片目を患い、後妻の舩虫とともに角太郎を訪ね、治療のために妻・雛衣の命を要求する。雛衣が自害すると、腹から誤って飲み込んでいた「礼」の珠が飛び出し、偽一角を打ち倒す。
正体を現した化猫を角太郎が討ち、大角と名を改めて犬士に加わり、現八と旅立った。
【諸国】信乃、他の犬士を探すために諸国を放浪
信乃は信濃→越後→陸奥→出羽へと諸国を巡り、犬士を探す。
甲斐で銃弾が脇腹に当たって倒れる。
【甲斐】石禾(石和)の指月院
信乃は甲斐国猿石村の村長宅で浜路と再会するが、村長殺しの罪を着せられる。道節の機転で指月院へ逃れ、そこには住持を務める旅僧・丶大法師と道節がいた。浜路が里見家の五の姫であることが判明し、家臣とともに安房へ向かう。信乃と道節も同行した。
【伊豆】小文吾、船が難破して伊豆大島に漂着
小文吾は市川で犬江屋にもてなされ、行徳で喪に服したのち鎌倉へ。
毛野を探して伊豆下田へ向かう途中、船が難破し伊豆大島に漂着する。
船を修理して出発するが、再び難破し三宅島に漂着。
【摂津】小文吾、毛野を探し放浪 有馬温泉へ
三宅島から難波行きの船に乗り、有馬温泉で湯治する。
奈良・堺を巡り、北陸道を歩くこと一年。
鎌倉を出て四年目、小文吾は越後・小千谷に身を寄せた。
【越後】小千谷の牛相撲
小文吾は牛相撲を見に行き、山賊の妻となっていた舩虫に見つかる。目を患った小文吾に舩虫は按摩に化けて近づき殺そうとするが、小文吾は逃れ、石亀屋の主人が舩虫を捕らえる。
荘助は舩虫を悪女と知らず助け、山賊の塞へ案内されるが、石亀屋襲撃計画を聞き逃げ出す。山賊は石亀屋を襲うが、荘助が首領を討ち、手下は捕縛。塞に駆けつけたときには舩虫は逃げていた。
二犬士は山賊討伐の功で片貝城に招かれるが、逆に捕らえられる。領主の娘たちは大石家・千葉家に嫁いでおり、荘助と小文吾は罪人として処刑されることに。
二犬士の首は使者に渡され、証拠として荘助の名刀・落葉が添えられたが、片貝の執事の計らいで偽首が使われ、二人は救われた。
【信濃】下諏訪
大石家と千葉家の使者は下諏訪で名刀・落葉の切れ味を試すため、足の不自由な乞食を斬る。その乞食こそ、仇を探すため身をやつしていた犬坂毛野だった。
毛野は使者を討ち、そこへ荘助と小文吾が到着。
毛野の痣と珠を確認し、里見家との因縁を語るが、毛野は「残る仇・籠山逸東太を討つまでは犬士には加われない」と書き残し去った。
【武蔵】穂北の荘
現八と大角は千住河原で賊に荷物を奪われるが、賊は衣箱を捨てて逃げる。そこへ衣箱の持ち主・穂北の郷士・氷垣家の者が現れ、二人は賊と誤解され捕らえられる。
氷垣家の娘の機転と、近くで本物の賊を捕らえた信乃・道節のおかげで冤罪は晴れた。穂北の荘は三郷の自治を行う地で、以後八犬士の強力な後ろ盾となり、四犬士も滞在した。
その後、現八と大角は甲斐・指月院へ向かい、信濃から戻った荘助と小文吾と合流。大角から毛野の件を聞いた丶大法師は、八犬士がすべて揃ったことを知る。
【武蔵】狸穴
丶大法師は指月院を離れ、結城の古戦場で戦死した里見義実の父らの法要へ向かう途中、武蔵国狸穴で民を騙す妖賊を智略で退治した。
【武蔵】谷山
谷山(今は八ツ山とかき北に続く台地 通称御殿山一帯の呼び名)には舩虫が潜んでいた。道節・信乃・小文吾・荘助・現八・大角の六犬士が揃い、司馬浦(芝浦)で舩虫は最期を迎えた。
【武蔵】湯島天神
社参に訪れた関東管領・扇谷定正の正室・蟹目前の飼猿が木から降りられなくなる。犬坂毛野は身軽な技で猿を救い、これを見た家老・河鯉守如は毛野に奸臣・龍山縁連を討つよう依頼する。龍山の正体は毛野の仇・籠山逸東太だった。
この密談を立ち聞きしていた道節は、籠山を毛野が討てば五十子城の扇谷定正も動くと考え、この機会に五十子城も落としてしまおうと計画する。 穂北にいる四犬士も、これに加勢することになった。
【武蔵】鈴ヶ森の仇討ち
犬坂毛野は鈴ヶ森で仇・籠山逸東太を討つ。
扇谷軍との戦いとなり、荘助・小文吾が助太刀した。
五十子城下・鈴ヶ森で縁連が討たれたと知った扇谷定正は、家老の制止を聞かず出陣。品革原で道節に狙われ、命からがら逃げることになる。
残る仇を討った毛野が加わり、親兵衛を除く七犬士が穂北に集結した。
犬士列伝3 犬江新兵衛物語
【安房】稲村城
里見義実は隠居し、息子・里見義成が当主となり、稲村城を居城としていた。
【近江】胆吹山
上総館山城城主 蟇田素藤の父親は近江の胆吹山に山塞を構えた。
【上総】館山城
上総・館山城主 蟇田素藤は、玉梓の怨霊に取りつかれ幻術をつかう妖尼・妙椿と義成の子 義通を誘拐し、里見に叛旗をひるがえした。義成は大軍を送ったが嫡男が人質にとられているために手も足も出せない。
【安房】伏姫籠穴
伏姫の祠を訪れた里見義実は素藤の手下に襲われた。あわやというところで少年に助けられる。伏姫神に育てられた犬江新兵衛だった。新兵衛は館山城で素藤を取り抑え義通を救い出した。
ひとたびは助命され追放された素藤を、妙椿は「人不入の山」で匿い、再乱の機をうかがう。
妙椿は幻術によって、親兵衛が浜路姫と密通しているという疑いを義成に持たせることに成功した。義成は親兵衛を結城に向かわせ、また珠からも引き離してしまう(ただし、親兵衛の珠は自ら親兵衛の許に戻る)。親兵衛がいない里見家の領国では、素藤と妙椿が上総館山城を奪取した。
【武蔵】忍岡城・不忍の池
親兵衛は不忍池のほとりで、扇谷家の奸臣たちに疎んじられた河鯉孝嗣が処刑されそうなところに遭遇する。孝嗣の危難を救ったのは、河鯉家に恩義を持つ政木狐だった。これが1000人目の人助けだった政木狐は、狐龍に変身し、新兵衛に妙椿の秘密と対峙方法を授け、昇天する。孝嗣は名を政木大全と改めて里見家に仕えることとする。義成は幻術により親兵衛を疑ったことを知り、誤解が解かれた親兵衛は上総館山に赴き素藤を討った。退治された妙椿が現した本体は、玉梓の怨念の宿った、かつて八房を育てた狸だった。
【下総】結城の大法要
結城の古戦場に庵を結んだ丶大法師のもとに穂北から七犬士も訪れて法要が盛大に行われた。これに招かれなかった悪僧・徳用は結城家の奸臣らと謀ってこの法要を襲う。七犬士とはぐれた丶大法師を左右川で救ったのは安房からかけつけた犬江親兵衛だった。ここに八人の犬士が全員揃った。
【安房】延命寺
八犬士と丶大を乗せた船が、白浜に。丶大は延命寺住職に任命された。
【三河】苛子崎の海賊退治
将軍家への使者として犬江親兵衛が選ばれ京都に向かうことになった。
一行は海路で西をめざしたが、途中、三河国苛子にて、海賊の罠にはまり危機に陥る。親兵衛自身も賊の頭領と水中で争ったが、水練を苦手とする親兵衛には勝ち目なし。あわやというところで、姥雪代四郎に救われた。この失敗で親兵衛は伏姫に育てられて神童と自認していた自らの慢心に気づき、謙虚の心を学んだ。
【丹後】京都物語
親兵衛一行は、京都での使命を無事に終えた。
管領・細河政元は親兵衛を気に入り、安房に帰さなかった。
結城で八犬士を襲った悪僧徳用はもともと京都の名門の出。武芸大会にかこつけて親兵衛を殺そうとするが失敗。京の五虎と呼ばれる武芸の達人を次々と倒した親兵衛の武名が高まっただけであった。
ある日、管領家に持ち込まれた巨瀬金岡が描いたという「瞳無しの虎」の絵。政元は瞳を描かせる。すると虎は絵から飛び出して白河の山中に走り去って時々人を喰らい、京の人々を恐怖に陥れた。政元は武芸の達人である親兵衛に退治を頼むが、親兵衛は安房帰参を条件に引き受けた。親兵衛は白河の山に入り虎の瞳を射る。虎はたちまち絵に戻った。
かくして親兵衛は関東をめざし中山道を走る。
対関東管領戦
【武蔵】五十子城
八犬士への怨みと、下総まで勢力を広げた里見家への恐れから、関東管領・扇谷定正は里見討伐を決意する。山内顕定、許我公方・足利成氏ら、かつての敵対者までもが同盟に加わり、連合軍は五十子城に集結した。
里見家は犬阪毛野を軍師に迎え、戦の準備を開始。犬村大角は占い師に身をやつして武蔵へ入り、「海路から洲崎を攻めるのが最善」と定正に進言。定正は水軍を率い、顕定は陸軍を率いて進軍することになった。
【下総】行徳口の陸戦
犬川荘助と犬田小文吾は「人魚の膏油」の力を借り、管領方の今井柵・妙見島柵を突破。上杉朝良、千葉自胤の軍を迎え撃つ。小文吾が管領方最強の猛者を討ち取ったことで敵軍は動揺し後退。
その後も伏兵戦術に翻弄され、管領方は敗退した。
【下総】国府台の陸戦
国府台の城に、陸の総大将である里見義道、八犬士の信乃・現八をはじめとする家臣が集まった。
敵軍 山内顕定・足利成氏は新兵器「駢馬三連車」を投入。猛者ぶりを見せる犬飼現八にひるみつつも、里見方の陣を包囲する。
犬塚信乃は松明をつけた猪を敵陣へ放ち、駢馬三連車を焼き尽くして形勢を逆転。国府台城主・里見義通は援軍に向かうが、別動隊に襲われ苦戦。
そこへ京都から戻った犬江親兵衛らが参戦し、義通は救われた。
【安房】洲崎沖の水戦
扇谷定正率いる水軍は三浦沖から洲崎へ向かうが、丶大法師の法力により逆風となり、里見方の火攻めで壊滅。定正は命からがら逃亡し、犬山道節が追うが、巨田助友に阻まれ仇討ちは果たせなかった。
毛野は五十子城を制圧し、道節は武蔵国・忍岡城を押さえた。
【相模】新井城
管領方の使者として新井城に入った犬村大角は、三浦水軍を借りて洲崎沖水戦に参加し里見方へ寝返る予定だった。しかし城内のいざこざで間に合わず、代わりに三浦の城を落とし、さらに鎌倉の山内館も制圧して三浦半島を支配下に置いた。
【武蔵】河鯉城
扇谷定正は武蔵国・河鯉へ逃亡。
【上野】沼田城
山内顕定は上野国・沼田城に逃れ籠城した。
足利成氏ら諸将は里見方の捕虜となる。
将軍家の調査により、戦の原因は管領方にあるとされ、定正らは譴責。
里見家と管領方は和睦し、諸将は各城へ帰された。
信乃は国府台で成氏に名刀・村雨を返した。
【相模・伊豆・駿河・遠江・三河・尾張・伊勢・近江・丹波】東海道
返還された城や領地を整え、丶大法師と八犬士は洲崎を出航して大磯に上陸。
その後、陸路で東海道を西へ進み、京で帝に拝謁。
伏姫は正式に「富山の神」として認められた。
【美濃】中山道・垂井の金蓮寺
帰路は木曽路を通り、美濃・垂井で信乃が金蓮寺を訪れる。ここは結城合戦で春王・安王が処刑され、信乃の父・番作が首を持ち去った場所。
金蓮寺は実在し、本堂には春王・安王の木像が残る。
【信濃】中山道・小篠村の拈華庵
小篠村の拈華庵で八犬士は歌を詠む。
ここは信乃の父母が出会った場所でもある。
【安房】八犬士はそれぞれ城主に
安房へ帰還後、二代・里見義成より八犬士は官位を授かり、それぞれ城主となる。
犬江新兵衛:館山城主
🔗 🐕 里見八犬伝【安房二】館山城を救え! 第二章【孝】 🐕
🔗 🐕 里見八犬伝【安房二】館山城を救え! 第四章【悌】 🐕
犬塚信乃:東条城主
犬阪毛野:犬懸城主
犬村大角:御厨城主
犬山道節:朝夷城主
犬川荘助:長狭城主
犬飼現八:神余城主
犬田小文吾:那古城主
里見義実には八人の娘がいて、八犬士はそれぞれと結婚した。
【上総】大多喜城・金光寺
政木狐に救われた河鯉孝嗣は「政木大全」と名乗り、大多喜の城主となる。安房を巡る途中、政木狐の化石が降ってきたという伝承が残る。
【安房】鋸山
丶大法師は延命寺を離れ、伏姫洞窟で仏像を作る。八犬士の珠と痣は消え、里見十代の繁栄を願って仏像に珠を納め、安房四隅と鋸山に埋めた。
【安房】富山・伏姫観音堂
丶大法師は稲村城で八犬士と義成に別れを告げ、伏姫籠穴の入口を閉じて入定。伏姫は観音菩薩であるため、山頂に観音堂を建てるよう遺言した。
八犬士は多くの子をもうけ、互いの子同士が結婚することもあった。
二代義成が没し、三代義道は短命であった。
【安房】八犬士終焉の地
四代・実尭は乱暴者で、八犬士は引退。後継を長男に任せ、富山観音堂の隣に小屋を建てて暮らした。
子らが訪ねると「殿を諌めようとしたが殺されるから別の場所へ行く」と言い残し、八犬士は姿を消した(仙人になったと伝わる)。
【安房】宮本城跡
直後に実尭と義豊が国主の座を争い内乱となり、両者討死。実尭の子・義尭が五代目となる。
史実では、四代当主・里見義豊は「天文の内訌(稲村の変)」で敗死し、宮本城で育ったとされる。
【安房】鬼本
北条氏との激戦が続き、六代義弘は国府台を北条に奪われる。八代義頼は三浦半島からの攻撃に備え、居城を鬼本(現在の岡本城)へ移した。
しかし十代・忠義の代で里見家は断絶。衰退しつつも、丶大法師が埋めた守護神のおかげで十代まで続いたと伝わる。
【伯耆】倉吉の八賢士(はちけんし)
史実では、十代・里見忠義は老中・大久保忠隣の謀反を助けた罪で安房を没収され、伯耆国・倉吉へ移される。その三ヶ月後、八名の忠臣が殉死し、戒名に「賢」の字が刻まれ「八賢士」と呼ばれた。
滝沢馬琴ゆかりの地
【武蔵】九段下・滝沢馬琴硯の井戸跡
【武蔵】茗荷谷・滝沢馬琴の墓 (深光寺)
【武蔵】深川・滝沢馬琴誕生の地
🐾 【計画中】里見八犬伝聖地巡礼【武蔵?】行徳口の戦い・五本木・深川
里見八犬伝関連の展示
【安房】八犬伝プロジェクト
南総里見八犬伝~宮田雅之と辻村寿三郎 ふたつの八犬伝~
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