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里見八犬伝聖地巡礼【相模五】矢取の入江・通り矢・新井城

2026年7月19日

長い梅雨が、終わりそうな週末。
天気も良さそうだし、海へ行きたい気分。

海…といえば、まだまだ続く「矢取の入江」探し。
今回は三浦半島の南端、通り矢へ。

「矢取の入江」は『南総里見八犬伝』冒頭、初代・里見義実さとみよしざねが安房へ脱出する超重要シーン。
でも、その場所はいまだに諸説あり。

▼これまでの「矢取の入江」まとめはこちら

そして後半は、物語終盤「洲崎沖の海戦」の舞台になった新井城へ。

「物語の始まり」と「クライマックス」。
二つの聖地を一日で巡ってみるよ〜!


矢取の入江を追って

京急「三崎口」駅へ到着。
駅名標を見ると、「三崎マグロ駅」になってたぁ!

……これはマグロを食べるしかない(笑)

海峡を射抜いた地名「通り矢」

途中「三崎港」でみんな降りてしまい、終点「通り矢」まで来たのは、あたちたちだけ。
聖地を独占してる気分、最高。

通り矢バス停。誰もいないけど、あたちには超聖地。

まずは「白秋文学コース⑮ 通り矢」の看板を探す。

以前はGoogleマップに史跡マークが付いていたのに、今は消えてる。
現地でも見つからない。撤去されちゃったのかな…😭

「通り矢」看板 2012年 12月 dawnblue Ⅱから引用

この看板によると、地名「通り矢」は、八犬伝の時代より少し後の出来事。

六代・里見義弘よしひろが安房から攻めてきた時、里見軍の矢が海峡を射通したことから「通り矢」と呼ばれるようになったという。
さらに、里見義実の安房渡海のモデルになったともいわれる「源頼朝伝説」にも触れられていた。

この看板、情報量が多すぎて胸アツなんだけどぉぉぉ!

通り矢堤防をお散歩。まだ鋸山は見えない

そして「通り矢(トオリヤ)」という地名。
漢字をひっくり返して読むと「ヤトオリ」。
「ヤト(オ)リ」
「ヤトリ(矢取)」⁉️

もう由来も読みもドンピシャで、八犬伝すぎる件。

入江発見。富山の猫耳が見えた

八犬伝の重要チェックポイントはひとつ。
「入江から、鋸山が聳え立って見えるか?」

通り矢堤防の北側に、静かな入江を見つけた。

歴史の波音を聞きながら。義実が船を出した景色を全力妄想中。

雰囲気がめちゃくちゃいい。
対岸には伏姫神が宿る「富山」の双耳峰(猫耳)がはっきり見える。

八犬伝の富山エピソードが、頭の中で一気に再生された。
その瞬間だけは、本当に八犬伝の世界へ迷い込んだ気分だった。

そして鋸山はというと…?

山座同定アプリで見たら、左に見切れてる
パノラマ展望図で調べてみたら、三浦半島南端越しに鋸山がある。

現在では、通り矢から鋸山は望めない。

地形の変化と“見えたかもしれない”ロマン

ただ、戦国時代は海面が今より低かったらしい。
そして関東大震災で、この一帯は隆起し、地形も変化している。
八犬伝の時代に、鋸山が見えていた可能性もあるかな?

今は直接見えなくても、この静かな入江に立っていると、義実が海へ漕ぎ出した情景が浮かんでくる……。

「通り矢」。

ここもまた、「矢取の入江」候補にふさわしい、ロマンあふれる場所だった。


三崎を歩く──三浦氏の記憶をたどって

頭上に城ヶ島大橋を見上げながら進むと、船が停泊する入江に出た。

北にこんもり見える城山は、三浦氏の古城跡。
まずはこの山城から攻めてみましょうかぁ〜❣️
ぷろぽ〜🐚(法螺貝の音)

三崎城──搦手を登れ!

崖沿いに曲がりくねった「搦手からめて口」を登る。

折り曲がった道。狭いので先や、上方向の景色は見えない

敵が一気に突破できないように作られた道で、上から狙い撃ちされる構造らしい。
汗だくでヒーヒー登ってるあたちは、瞬殺で狙い撃ちされちゃう気がしゅる…😅

ハァハァ言いながら登りきると、ついに平地へ出たぁ〜!
頂上の広い敷地が「三崎城跡」。

八犬伝にも出てくる、新井城の重要な支城だったとか。

三浦氏が北条早雲に新井城で滅ぼされると、北条氏はここを水軍の拠点として整備。
対岸の安房里見氏に備えたんだとか。
八犬伝の時代より少し後だけど、里見氏との因縁を感じる場所。

三崎城案内図 お城の一部は現在では市役所や学校に

案内図を見ると、本丸は駐車場という名の空き地になっていた。

三崎城本丸跡にて、全力の「本」ポーズ!

本丸付近をうろうろしてみると、堀切や土塁らしき遺構もしっかり残っている。これだけ広ければ、当時はさぞ立派な山城があったはず…!

妄想も捗り、予想以上に楽しめた山城でしたぁ。

大手門から城を下ると、海南神社の裏側に出た。

海南神社と、頼朝の銀杏

三崎港の北側、山手に鎮座する三浦の総鎮守「海南神社」。
源頼朝公が手植えされたと伝わる、樹齢800年の大銀杏が聳えている。

海南神社の涼しげな夏詣御朱印。800年の時を見守る大銀杏とともに。

相模を歩いてると頼朝伝説が本当に多い…。
そのたびに八犬伝と重ねて妄想してしまう。

あたちは重症の「八犬伝病」なんちて。

昨日今日は例大祭で、祭り衣装の皆さんが準備中。
神輿は夕方かららしいけど、夏祭りの雰囲気がとっても楽しい。

マグロ尽くし弁当でエネルギーチャージ!

三崎港に向かうと、ちょうどお昼前。
ドピーカン☀️で気温はぐんぐん上がり、余裕の30度超え!

お腹も空いてきたので、「海の駅 うらり」でひと休みすることに。

1階の「さかな館」で売っているお惣菜を、2階のテラス席で食べられるシステム。
マグロ三昧のお弁当を手に入れ、2階テラスで海を眺めながら、冷房にあたる至福の時間〜。

スペアリブ・照り焼き・焼肉・南蛮・煮付け!マグロのオールスター感謝祭弁当。

マグロのいろんな部位を、5種類の味付けで楽しめる贅沢なお弁当!
さらにサクサクのマグロ唐揚げも追加して、計6種類のマグロ料理を堪能。

八犬伝にちなんであと2種類足して「8種」にしようか迷ったけど、流石にお腹パンパンで断念!

「みうらみるく」とマグロづくしを堪能したあとは、デザートに三浦スイカ。
居心地が良くて、ついつい2時間も休憩してしまった。

白秋文学コース──油壺へ続く静かな道

午後2時を回った。そろそろ出発。

三崎港から油壺へは「関東ふれあいの道(油壺・入江のみち)」というハイキングコースがある。前に歩いたこともあるし、バス通りが多いのでパス。

今回は趣を変えて「白秋文学コース」の案内板をたどりながら歩くことに。

そろそろ祭りが始まるのか、祭囃子が聞こえてきた。バス通りは歩行者天国になるらしい。
でも今回は、バスも通らないような細い道をウォーキング。

白秋文学コースのひとつ「屁っぷり坂」。ユニークな地名の由来を読むのも散歩の醍醐味。

この道は静かで、お散歩が楽しい。

坂を抜け、再び海岸線に近づいたところで……ついに「三浦道寸父子と油壺湾」の案内板を発見。

三浦氏が落城し、油壺湾が血汐に染まり油を流したようになったから「油壺」と名付けられた

この由来、何度読んでも切ない…。
八犬伝推しだけど、三浦半島は子どもの頃から何度も遊びに来た身近な場所。

だからこそ、この由来には余計に胸が痛む。


洲崎沖海戦の舞台・油壺

ここからは、八犬伝のクライマックス「洲崎沖の海戦」の舞台。
この新井城には、史実の人物・三浦道寸義同みうらどうすんよしあつが、ほぼそのままの名前で登場する。

暴二郎のインパクトが強すぎる件

ここで、物語のクライマックス「洲崎沖の海戦」について、ちょっとおさらい。

三浦氏は、関東管領・扇谷定正らの連合軍の一員として、里見軍と敵対する。
八犬士のひとり・犬村大角は、軍師・犬阪毛野の「調略」で占い師に化け、新井城へ潜入。

※「犬坂」か「犬阪」か問題、実は馬琴先生も混同してたらしい(江戸の木版印刷あるある)。なのでこの記事は「犬阪」表記でいかせてもらいます~

新井城主・三浦義同から船を借りる約束を取りつけるも──
当日になって息子の暴二郎義武(あらじろうよしたけ)が邪魔する。

史実の息子は荒次郎義意(あらじろうよしおき)。
読みは同じなのに「暴二郎」って……馬琴先生のネーミングセンス、ウケるぅ😹

その暴れん坊ぶりのおかげで大角は出遅れ、洲崎沖では管領軍が炎上。
結局、大角は正体を現し、三浦親子を確保。新井城も落城。

物語の終盤でポッと出てきた三浦親子。
悪党というよりは完全に巻き込まれ系で、なんだかちょっぴり気の毒になってしまうエピソード。

そんな八犬伝の元ネタを胸に、いざ新井城へ!

海に囲まれた天然の城塞・新井城

油壺湾を抜け、断崖絶壁沿いの道を行くと、そこは油壺。
三浦一族がここから身を投げたと伝わる断崖。見下ろすと足がすくむ。

内陸側に土塁が現れると、新井城跡の案内板が。

三方が海に面した断崖で、自然の地形を生かした要害。御城印もあるよ

本丸に当たる場所は、東京大学の敷地(臨海実験所)になっていて立入禁止。
そこで今回は、新井城の周囲を海側からぐるっと攻略するコースを歩いてみることに!

🔗 三浦半島「きままに散歩」(三崎口駅)Bコース油壺 ~三浦一族終焉の地と磯浜巡り~

このコース、なんと引き潮の時しか通れない上級者向けルート。
今日は水陸両用のアウトドアサンダルを履いてきたので準備万端!
波打ち際をチャプチャプ歩いて進みます。

海から攻める!引き潮限定の磯浜巡り

まずは海水浴場として賑わう荒井浜へ。海の家もあって夏真っ盛り。
波打ち際を海に浸かりながら歩く。気持ちいい。

しばらく行くと砂浜が消え、岩だらけの磯になる。三浦半島独特の地形。楽しい。

つい触れたくなる澄んだ海。キラキラ光る水面。絶景。

目の前に広がる海を見ながら、洲崎沖の海戦を妄想する。
物語の海戦は、『三国志』の赤壁の戦いを彷彿とさせる「風」を操る大バトル。
きょうの風は南風…よし、里見軍にとって絶好の追い風だ!

八犬伝では炎上する管領軍の煙が、新井城沖にいた、大角にも見えたとか。

この静かで美しい海に、何百艘もの軍船が浮かび、炎が海面を赤く染める。
そう想像しただけで鳥肌が立つ。

八犬伝の映像作品は玉梓との戦いで終わるものが多いけど、
この「洲崎沖の海戦」こそ映像で見てみたい名場面なんだけどな〜。

幻のロープ場を探して…まさかの海水浴!?

ハイキングコースでは、胴網海岸から内陸に入り
「三浦道寸の供養塔」を目指す。

実はあたち、2015年にこの道を歩いていて。
その時は胴網海岸の先に、海沿いから「三浦道寸の墓」へ続くロープ場があったんですぅ。

左 2015年にロープ場を登っている画像。右 あれ?行きすぎた?

探してみたけど見つからない。 そのうち道はなくなった。

目の前には横堀海岸。海は穏やかで、水は澄んで底まで見える。

道がないなら……行くしかない!

ザックを頭上に乗せて、海に入ってみた。
水位は腰のあたり。久しぶりの海の中。すっごい気持ちいい。
海水浴したくなっちゃったぁぁ。

ここを、ザックを頭に載せて、突破したよ

結局、海を渡って横堀海岸へ上陸!
油壺の海岸線を丸ごと一周しちゃいました。
海岸から急な堀を登っていくと……ここも新井城の遺構かな?

海と森に抱かれた道寸の墓

内陸部から三浦道寸の供養塔に向かう。
かつて油壺マリンパークや、油壺温泉で賑わったこのエリアも、今は更地が広がる静かな空間。

賑わいの記憶が消えてしまった更地。静けさがやけに沁みる。

遊んだ思い出がたくさんある場所だけに、ぽっかりと空いた風景を見ると胸がキュッとなる。

そして、森の静けさの中にひっそりと佇む道寸の供養塔にお参り。
夕暮れどき、海を背に木漏れ日の中で眠る墓所は、どこかこの世ではないような神聖で神秘的な空気が漂っていた。

夕暮れの森に浮かぶ道寸の墓。静かで、神秘的で、少し切ない。

かつてロープ場へ続く山道も、今は草木が茂り、自然へと還っている状態。
昔撮った画像が残っていなければ、
「あのロープ場はあたしの妄想が作った幻だったのかな…」と思ってしまうほど。

まさに、夢幻(ゆめまぼろし)のような体験でした。

供養塔の近くには、新井城の石碑と、息子・荒次郎義意のお墓。

新井城の石碑と義意の墓。八犬伝の裏側にある史実の重みを感じる場所。

八犬伝では「暴二郎」なんて名前を付けられ、どこかコミカルに描かれた三浦親子。
でも史実では、父・道寸と息子・荒次郎義意は、新井城で約3年もの籠城戦を戦い抜いた武将だった。

物語のちょっと愛すべき三浦親子。
地元・相模の地で散っていった史実の三浦一族。

静かな油壺の海を眺めながら、その二つの姿に思いを巡らせた。

物語の始まりと終わりを巡った、今回の聖地巡礼。

油壺に吹く風は、少しだけ切なかった。

👇 聖地巡礼で移動したルートの、3Dアニメーション動画です。

📖 里見八犬伝聖地巡礼【あらすじ】時系列まとめ👇はこちら

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