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里見八犬伝聖地巡礼【下総四】行徳

2025年11月29日

里見八犬伝前半の見せ場「芳流閣の戦い」。
何度も映像化されて、めっちゃ映えるシーンなのですが、その後舞台は、行徳の地に変わります。

「芳流閣」で死闘を繰り広げた犬塚信乃(しの)と犬飼現八(げんぱち)。意識を失った二人が流れ着いたのは、遥か下流の下総國 行徳の入江でした。熱い戦いの後に彼らを待ち受けていたのは、八犬士の「悌」の珠を持つ犬田小文吾。今回は、運命の三人組が揃った小文吾の故郷・行徳の地を歩き、「古那屋」での義兄弟の契りや、「八幡の社頭」での力強い相撲を妄想全開で巡礼します!


行徳塩浜のみち

地下鉄東西線行徳駅を出た駅前広場に「行徳塩浜のみち」の案内図が。
現在の地図、江戸時代の地図も重ねてあって、現在、行徳駅の東側を流れている広い川は「江戸川放水路(新しい川)」は昔はなく、塩田がたくさんあったことが記されている。そして昔からある旧江戸川は現在は護岸されているとはいえ、川筋は残されているみたい。

信乃と現八が流されて辿り着いた「行徳の入江」は、どのあたりになるのかな? 

「行徳塩浜のみち」の案内図

銀杏が美しい行徳の神社

早速行徳の町を歩いてみる。昔ながらの街並みや神社仏閣が多く、季節がら銀杏が色付いていて、とても綺麗✨

押切稲荷神社

押切稲荷神社では、黄金色に輝いた銀杏をバックにした狐さまがとても凛々しく、その奥の千壽銀杏にはイチョウの帽子をかぶった「せんじゅほほえみ面」。

黄金のイチョウの絨毯の上にぽっかり浮かび上がる顔が、木の神様?妖怪?っぽくて、「人知を超えた何かがいそうな気配」。

なんだか怪しくて、八犬伝聖地巡礼としては、いい雰囲気😆
でも…夜にいきなり、初めて遭遇したら怖いかもぉぉ😅

関ケ島胡籙神社

またもや銀杏が見事な関ケ島胡籙神社には、なんと相撲の土俵がありました。里見八犬伝では「八幡の社頭」で大きな相撲の行事が行われ、見物客がいっぱいいたみたいだし、ここは八幡さまではないので聖地とは違うかもだけど、八犬伝では行徳出身の小文吾は相撲が得意。

ここでシコを踏んでる小文吾を妄想して、気分はすでに「八犬伝 行徳の場」。😆
若き日の小文吾が、ここで近所の子供たちと一緒に稽古していたりして😄

常夜灯(行徳船場跡)

江戸川沿いにある常夜灯は、かつての行徳船着場。
現在では護岸整備されてるけど、川の広さと流れは、当時の面影を残しています。

常夜灯と現地案内図

現地の案内図には『江戸名所図絵』に描かれた常夜灯が、江戸川のすぐそばを照らしている。やっぱりこのあたりが行徳の入江かな?

この風景を頭に入れて川上を眺めると…

信乃と現八が乗った船が流れてきてるのが見えるような気がして、なんかドキドキしてきたぁ〜〜〜😆

笹野うどん店跡

そんな常夜灯から続く「行徳街道」沿いにある「笹野うどん店跡」。
源頼朝がここのうどんを食べて、家名も頂いたとか。すごく歴史のある建物で、先ほどの『江戸名所図絵』にも、常夜灯のそばに描かれている。

笹野うどん店跡

小文吾の旅籠屋「古那屋」も行徳の入江の近くなので、こんな雰囲気だったのかな?
こんな建物の中で、信乃・現八・小文吾が義兄弟の契りを交わすのかな?なんて、妄想はどんどん膨らみます😄

本行徳八幡神社

行徳街道から、東に行くと、銀杏が見事な本行徳神明社。

そのまま行徳街道とほぼ平行に伸びる権現道を行くと、本行徳八幡神社。
小文吾が相撲をとった「八幡の社頭」は、ここなのかな?

本行徳八幡神社

細長い境内には見頃な銀杏、そして富士塚。
でも土俵を作るような土地もなく、見物客が集まるような場所もない。

ちょっとここで相撲大会をやるには狭いかな?という印象。
もしかして現代では宅地化で、神社の境内が削られて小さくなってしまったのかな?

「古那屋」の候補地

手持ちの資料によると、「古那屋」の場所に関する記述がある。

市川新聞社の『行徳物語』という本を見つけた。その中に、「成田街道と行徳街道が交わる角、薬局のとなりの高石パン店は、『南総里見八犬伝』で名高い古那屋(粉屋)の後である」という記述があった。

謎解き散歩『南総里見八犬伝』を歩く 安田多苗 著 P225

現在の行徳街道と成田道でもあった寺町通りが交差するあたりは住宅地が立ち並び、パン屋さんも薬屋さんもない。

近くの神明社豊受大神宮 には『行徳町道路元標』があり「成田街道と行徳街道が交差する場所」とあった。

神明社豊受大神宮  行徳町道路元標

行徳町道路元標がある、銀杏の絨毯が綺麗なこの場所に「古那屋」があったのかな?
行徳街道沿いにあるし、ここも「古那屋」の候補地としてはありかも😄

ここには赤子の新兵衛もいたので、四犬士が出会い、別れ、そして再会を誓った運命の交差点か……。なんちて😆

旧江戸川の辺り

行徳の入江に比定される行徳船着場(常夜灯公園)はコンクリートで護岸されていたので、もっと葦が生い茂っているような、芳流閣から流れてきた舟が打ち上げられるような岸辺はないかと、行徳橋の近くの旧江戸川の辺りを歩いてみることにした。

この辺り、旧江戸川と江戸川放水路が分岐する三角州、江戸川水閘門周辺は、なんと東京都江戸川区と千葉県市川市の区市境界未定区域で「河原番外地」と称す。

そんな番外地のやぶやぶなところにニャンコ八犬伝…じゃなくて発見❣️
なんだか、ジリジリとこちらに近づいてくるぅぅ〜〜😆

じり、じり、じり

そして一定の距離をとって、ずっとこっちをみている😄
なんだか表情も任侠ぽくて、カッコいい😻

八猫士だったら(忠)の玉とか持っていそうだにゃ😹

河原番外地の任侠親分なのかピラ⁉️
親分❣️お邪魔させていただきますっ

行徳村の親分にゃんこ

江戸川水閘門を渡り、東京都江戸川区から行徳の対岸を見てみる。
なんか葦叢が残っていて、信乃・現八が漂着した川辺っぽいかも。

江戸川区から見た、行徳の川辺

早速千葉県市川市行徳に戻り、江戸川の河川敷を歩いてみる。
ケモノ道はあるけど、草が茂っていて、なんだかいい雰囲気。
草むらを抜けたら、旧江戸川の辺りに出たぁ〜〜❣️

旧江戸川河川敷

背丈ほどある草むら(葦叢)。
川のせせらぎと、草が風に擦れる音。

今にも上流から、信乃と現八が流れてきそう〜。
こうして川の水に触れることができるくらいの距離で、旧江戸川を眺められるのも感慨深いなぁ。

芳流閣(茨城県古河市)から利根川〜江戸川を経て、どんぶらこと流れてきた水。
その水に直接手を浸した瞬間、数百年の時を超えて、物語の世界と現実がリンクする…。

ここも「行徳の入江」の妄想がはかどるので、勝手に聖地認定😆

八幡の藪知らず

小文吾が相撲をとった「八幡の社頭」を探して、行徳から歩いて小一時間で行ける「本八幡駅」周辺まで来てみました。

本八幡駅の向こうには、古くからの禁足地。「八幡の藪知らず」。
「足を踏み入れると二度と出てこられなくなる」という神隠しの伝承が有名で、ちょっとおどろおどろしくて、玉梓の怨念とかこもってそう😱

八幡の藪知らず

近くの「葛飾八幡宮」に行けば御朱印がいただけるというので、行ってみることに…、って八幡さま⁉️
行徳の地から歩いて行ける八幡さまって、小文吾が相撲をとった「八幡の社頭」って可能性もあり⁉️

葛飾八幡宮

八幡の藪知らずの向かい側に大きな鳥居があって、葛飾八幡宮の境内に入ると、その広大さに圧倒されます。社殿までの参道は銀杏が見事なで、立派な随神門をくぐると本殿の脇に一際目を引くのが樹齢1200年、国の天然記念物の「千本公孫樹」

千本公孫樹

主幹が折れ、その外側を大小の支幹が囲む異様な姿は、一本の木とは思えないほどの太さで、幹の周りは10m以上も。

なんかもう、言葉でうまく説明できないくらいこんなすごいイチョウの木は人生で初めて見ましたぁ。真っ黄色に輝くその姿に、語彙力を失うほどの感動に打ち震えました……😭。

広い境内と御朱印

そして見回すと、境内はものすごく広い!
ここなら、たくさんの人に囲まれて、相撲を取ることができそう。

キラキラ輝く神々しい大銀杏の下で、大勝利を収めて、みんなに祝福される小文吾の姿が想像できるよう…。

この壮大な葛飾八幡宮こそ、物語のスケールに相応しい「八幡の社頭」の一つではないでしょうか!😆

聖地巡礼まとめ

樹齢1200年の大銀杏ということは、『南総里見八犬伝』の物語の舞台である室町時代(約500年前)には、すでに樹齢700年の大木としてそこに立っていたことになる。

この大銀杏は、小文吾が相撲をとっている光景を見ていたのかな?

そんなキラキラの黄金の土俵入りを連想させる光輝く✨表の聖地「葛飾八幡宮」と、決して足を踏み入れてはいけない「裏の魔所(藪知らず)」。
この光と闇のコントラストが隣り合わせにある本八幡という土地自体が、伝奇ロマンの塊のよう。

流れ着いた行徳の入江から、光り輝く本八幡の大銀杏へ。
時を超えて八犬士たちの息吹に触れた、黄金色の聖地巡礼でした😆

👆聖地巡礼で移動したルートの、3Dアニメーション動画です。

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