里見八犬伝聖地巡礼【武蔵五】鳥越 / べらぼうの舞台・江戸城と日本橋通油町へ
2025年12月13日
大河ドラマ『べらぼう』最終回の前日。終わってしまう寂しさとクライマックスへの期待を胸に、ゆかりの地を巡るお散歩に出かけました。
今回の裏テーマは、作中でも印象的だった滝沢馬琴。彼が登場するということは、この散歩は「里見八犬伝」の聖地巡礼も兼ねていると言っていいはず!
まずは九段下にある「滝沢馬琴ゆかりの地」へ。そこから政治の中心・江戸城や、敵の大ボス⁉️一橋徳川家邸跡を巡り、気分はすっかり江戸時代へタイムトリップ。
そのまま蔦重(つたじゅう)が勝負をかけた「日本橋通油町」を経由し、最後は浅草まで。自分の足で江戸の街を歩きながら、『べらぼう』の世界観にどっぷりと浸ってきます。
滝沢馬琴硯の井戸跡
九段下の駅から、少し歩くとマンションの一角に「滝沢馬琴の井戸跡」が。
案内板を見ると、1783年から1824年の間ここで暮らし、ここの井戸から硯に水を注いで、筆を洗っていたということ。
『南総里見八犬伝』肇輯(じょうしゅう)が刊行されたのが1814年ということは…。
まさにこの地で里見八犬伝の構想が練られ、そして最初の10年間はここで書かれていたっていうことですよね⁉️
ある意味、聖地オブ聖地ではないですきゃ〜〜〜(はぁはぁ)

住人の方々にご迷惑がかからない範囲で見学できないかと、少し中に進んでみたら、エントランスの外に見事な紅葉と滝沢馬琴の井戸が。
史跡として大切にされていることが嬉しくて、そして脳内では津田健次郎さんが演じる馬琴先生がガハハって笑いながら硯を洗ってる姿が…。

なんか、すごい幸せ空間に一気に「聖地巡礼」感マシマシ❣️
のんびりと馬琴先生の息遣いを噛み締めたいところだけど、長居は遠慮して、江戸城に足を運びます。
皇居外苑(北の丸公園)
馬琴先生の井戸跡で「物語が生まれる静けさ」を感じたあと、ほんの数分歩くだけで空気は一変。目の前に現れるのは、圧倒的な威圧感を放つ巨大な石垣と、重要文化財の「田安門(たやすもん)」。
ここ北の丸公園は、かつて徳川御三卿の一つ、田安徳川家の屋敷があった場所。
この門をくぐるということは……そう、『べらぼう』の世界における「政治の中枢」、そしてある意味での「宿敵ゾーン」に足を踏み入れるということ。
そして興味深いのは、馬琴先生のお家から、めっちゃ近いではないですか⁉️
津田健次郎さんが田安門を見上げながら「ふん、相変わらず威張っておるな」と低く呟く姿が脳内再生されて、もうたまらないですぅぅ……(きゃー!!)
田安門
気を取り直して、ついに田安門をくぐりますっ。

この北の丸は、田安徳川家の屋敷跡。つまり、『べらぼう』後半のキーマンであり、蔦重や田沼意次の前に立ちはだかった松平定信(田安賢丸)の生まれ育った場所。
蔦重や田沼意次が必死に花開かせようとした江戸の華やかな文化に対し、「質素倹約」「風紀粛正」そして「厳しい出版統制」までも。
まさにここが、「寛政の改革」という名のエンタメ氷河期を生み出した震源地…!
そんな田安家屋敷跡は、現在では日本武道館に。
しかもお散歩当日はYAZAWAのライブで、ロックの聖地で大爆発🎵
まさにエンタメの中心地になっているのが、ちょっと面白い😆
清水門
北の丸公園の清水家屋敷跡あたり、御三卿・清水家の門として残る清水門は重要文化財。

静かな濠と石垣に囲まれてて、あの飄々とした清水重好(家治の実弟)が毒入りお茶を立てるシーンの闇が、ぴったり重なる……一橋治済の冷徹さとはまた違う、将軍家内の複雑な闇が感じられて、鳥肌立ちましたぁ😅
徳川家の内側から見た権力闘争の怖さ、べらぼうを見て感じることができました。
皇居東御苑(旧江戸城)
北桔橋門を潜ればついに江戸城・本丸です。
現在の本丸跡は、天守台の巨大な石垣が残る広大な芝生広場。そして本丸休憩所には、江戸城天守復元模型が。
最も大きかった寛永期の天守を復元したもので、五重6階の建物と石垣の天守台を合わせた高さは約60m。この天守は日本にあったお城の中でも最も高いものだったそう。

かつてこの場所にあった絢爛豪華な御殿や、厳格な政治の中枢を想像してみる。
本丸は、物理的な城郭の最深部であり、将軍のいる場所は、庶民である蔦重から最も遠い、「見えざる壁」の向こう側。
第10代将軍・家治の時期は、田沼意次(老中)が主導する商業・経済重視の時代。本丸でこの政策が決定されたことで、江戸の経済と文化は活気づき、蔦重の「面白いもの」を追求する精神が花開きました。
その後、第11代将軍家斉が就任し、松平定信が老中首座になると、本丸から発せられる政策は一変。
そして、その政治の波に翻弄されたのが、下界(下町)にいる蔦重や馬琴たち。
そんな「庶民では立ち入りができなかった」この場所が現在では市民の憩いの場になっていて、巨大な石垣や門だけが残されているだけなのが、なんだか不思議な感覚。
ここ、本丸跡はまさに「権力の栄枯盛衰」の象徴。
かつての「見えざる壁」は崩れ、江戸の夢と闇は静かに歴史の彼方へ。
平川門から皇居東御苑を一度でて、ラスボスゾーンに突入❣️
一橋徳川家邸跡
一橋徳川家は御三卿の一つで、田安・清水と並ぶ将軍候補の家系。そして『べらぼう』ラスボス直撃ゾーン。
冷徹な権謀術数で将軍家を操り、田沼意次を失脚させた「黒幕中の黒幕」。
しかも『べらぼう』では、治済が実質的な権力者として君臨し、傀儡のようにすべてを操っていた——まさに蔦重や馬琴たち下町の民にとっての「最大の敵の大ボス」。

現在の一橋邸跡標は、ビル群の中にひっそり佇んでいますが、江戸時代では、とても広大な敷地だったそうです。
ここがラスボスの巣窟だったなんて…!
おいも🍠を焼いて食べてるだけで、不気味だったぁぁぁ~~😱
二の丸庭園
平川門に戻り、せっかくなので二の丸庭園を歩いてみました。
色とりどりの紅葉がとっても綺麗〜🍁 映え〜〜

すごい枝ぶりの梅の木もたくさんあるんだけど、日当たりのいいところがちょっとだけ咲いていました。満開の時はすごいだろうなぁ🌸

そして巨大な石垣の前で揺れるススキ…カッケ〜❣️
本当にお城としてのスケールがすごい😆

権力の頂点を見届けた後は、大手門を抜けて、いざ彼らの主戦場・日本橋へ下りていきます!
丸の内駅前広場
大手門から日本橋に向かうと、見えてくるのが東京駅丸の内駅舎。
東京の玄関口を象徴する赤レンガ造りの駅舎です。

駅前は広場になっていて、大きなクリスマスツリーが華やか🌲
ちょっと現代の気分になったけど、駅舎を抜ければいざ、日本橋へ!
日本橋
江戸時代に整備された五街道(東海道・中山道・甲州街道・日光街道・奥州街道)の起点、日本橋。「日本国道路元標」が橋の中央に埋め込まれていて、複製は橋の北西詰に設置されています。
「すべての道は日本橋に通ず」
里見八犬伝の聖地巡礼では、旧日光街道をたくさん歩いたので、なんだか感慨深い。

そしてここからは、べらぼうのイベント
「日本橋 デジタルスタンプラリー 蔦重と歩く日本橋」そして「日本橋 浮世絵スタンプラリー」に参加しながらの聖地巡礼。
べらぼう感、増してきたーーーっ‼️
熈代勝覧(きだいしょうらん)
200年前の日本橋が克明に描かれた貴重な絵巻物『熈代勝覧』の複製絵巻が
「三越前」駅地下コンコース壁面に。
左端には木造の太鼓橋な日本橋が。

これってまるで、べらぼうのオープニングに出てくる太鼓橋‼️
脳内オープニングテーマなBGMが流れてまいりましたっ🎵
日本橋から東海道(中央通り)を辿ってみてみると、べらぼうでは里見浩太朗さんが演じた、須原屋市兵衛さんのお店が。
べらぼうに出てくる本屋さんの中では、日本橋に一番近いところにあったなんて、さっすが格がちがう‼️(格さんなだけにってか?)
旧伝馬町牢屋敷
十思公園は、江戸時代に「伝馬町牢屋敷」があった場所。
現在では案内板と、発掘された座敷牢の石垣を展示しています。

『べらぼう』では鱗形屋や鳥山検校も入牢していた伝馬町牢屋敷。
一番印象的なシーンは、やっぱり平賀源内の獄死でしょうか⁉️😭
田沼意次とのシーンは、涙でぐちょぐちょになりました😭
『べらぼう』では、この悪事を企てたのが一橋治済。
そして死してもなお、悪事を成敗する象徴になる源内。
『べらぼう』の平賀源内は、里見八犬伝では死んでから神になって大活躍する伏姫的な、すごい存在感がありました。
十思スクエア蔦重ギャラリー
そんな平賀源内の聖地にある十思スクエアの2階が、十思スクエア蔦重ギャラリー。
べらぼうに出てきた吉原細見、黄表紙、狂歌絵本などの複製が並べられ手にとってみれる。
曲亭馬琴作 葛飾北斎画の読本「椿説弓張月」も読むことができました。

そして圧巻だったのが、壁に展示してある写楽や歌麿などの浮世絵。
ドラマでも浮世絵の制作に協力したアダチ版画研究所制作が、江戸時代の木版技術を継承する職人により、刷られた復刻版なんだって。
ガラス越しではなく、復刻版を間近に眺めてみると
髪の生え際や眉毛まで繊細に表現されている線。
そしてキラキラと輝く、背景の雲母摺 (きらずり)。
擦られたばかりの浮世絵は、こんなに鮮やかだったのかな〜、
なんてとても感慨深く、さらに浮世絵が大好きになってしまいました。
日本橋通油町
旧日光街道沿いを浅草方面に歩けば、ここはかつての日本橋通油町。
今はオフィス街の片隅にひっそりと『耕書堂跡』の案内板。
そしてスタンプラリーでいただいた「日本橋細見」によると、近所には「鱗型屋孫兵衛・林鶴堂跡」「鶴屋吉右衛門・仙鶴堂跡」「西村屋与八・永寿堂」が記されていて、『べらぼう』に出てきた地本問屋が実際にこの辺りにあったのも確認できて、なんだか目を閉じれば江戸の賑わいが。

日本橋界隈は、紙問屋や版木師、そして多くの書店や貸本屋が集まる、当時の日本の出版産業の心臓部。この地で店を構えること自体が、出版業界の「メインストリーム」で勝負をかけるという、蔦重の強い意思の表れ。
そして今では表通り感のないこの道は、江戸時代には江戸城の東にあった常盤橋(ときわばし)門と、外濠(そとぼり)の最北東の門である浅草橋門を東西に結ぶ道で、江戸の中心地である本町を走るまさに「目抜き通り」。
この土地で蔦重が歌麿が、たくさんの絵師や戯作者たちと切磋琢磨して、機知に富んだ洒落本や、華やかな錦絵を企画・制作したと思うと、熱い気持ちが込み上げてきます。
そして何より!!
我らが滝沢馬琴先生も、かつてはここで蔦重の手代(店員)として働いていましたもんね❣️
津田さん演じる20代の若き馬琴先生は、空気読めない感がとても可愛らしくて、くっきーさん演じる北斎とのコンビもとても面白かったぁ😆
耕書堂再現
イチマス田源呉服間屋ミュージアム2F、まちかど展示館スペースにて蔦屋重三郎が江戸に開いた伝説の書店「耕書堂」を再現・無料公開しています。

まるで耕書堂に錦絵を買いにきた気分に🎵
べらぼうで蔦屋重三郎を演じてる横浜流星くんが、「何にしやすか?」って粋に出てきそう😻
なんか買ったら「ありがた山でごぜえます」って言ってもらえるかな⁉️😻
なんだか妄想でいっぱいになってしまったけど、6箇所で重ね刷りした浮世絵スタンプラリーもここで最後。

最初は薄い色で、何になるのかわからなかったスタンプが、色が重なって絵になっていく工程がとても楽しかったです。まるで浮世絵のよう。
今回のルートは江戸城が広くて時間をとってしまったので、スタンプラリーもお店の営業時間ギリギリでなんとか間に合い、外に出たらもう真っ暗。
淺草見附〜浅草の間に『南総里見八犬伝』の聖地がひとつあるので、浅草まで歩いてみることにします。
鳥越神社
荒芽山で四犬士と別れ、下総国行徳を目指した八犬士のひとり・犬田小文吾。途中で逸れた仲間たちを探して「鳥越山」の手前にくる。
突然稲叢の陰から手負いの大猪が飛び出してくるが、小文吾は一撃で殴り殺してしまう。しばらく行くと男が倒れており、手当をすると男は息を吹き返す。礼を言う男が勧める宿に向かうと、女房・船虫が出迎える。実はこの男は盗賊で、旅人を我が家に泊めては殺害する、極悪夫婦だったのだ
この小文吾が大猪を殴り殺した鳥越山の中心地が「鳥越神社」あたりではないかと思われる。
真っ暗で誰もいない神社で手を合わせ、境内を見回すと7つプラス一つの玉の模様が。

八つの珠があると、八犬伝の仁義八行の玉が飛ぶイメージと重ねてしまう病なあたしだけど、ここの聖地は浅草につながる、この場所なんです。
今年の3月に浅草〜南千住まで、里見八犬伝聖地巡礼で浅草・対牛楼の戦いと石浜城、そして浅草や吉原界隈の『べらぼう』ゆかりの地を歩いたんだけど、今回の巡礼ルートは、まさにそこにつながるルート。
里見八犬伝における、鳥越山から対牛楼(待乳天)・そして石浜城。
べらぼうにおける江戸城から日本橋通油町、そして吉原を徒歩で歩いた距離感を体感してみたかったんですぅ〜〜。
旧日光街道に戻れば、真っ黄色な銀杏並木が迎えてくれました。

きょうは「馬琴の井戸」という物語の源流から始まり、権力の「江戸城」、文化の爆心地「日本橋」、物語の舞台「鳥越」、そして浅草までの時空を超えた長い長い旅でした。
歩いた距離は15km超えて、足はもうパンパンですが、心は『べらぼう』と『里見八犬伝』の感動で満タン!😆
翌日の大河ドラマべらぼうの最終回への心の準備は、バッチリ整いましたぁぁ❣️
べらぼう最終回と2025年まとめ
そして翌日には大河ドラマべらぼうの最終回。夕方の4K放送みて、なんか放心状態にぃ〜〜😭
歴史が好きなので、大河ドラマは毎回見てるけど、やっぱり「べらぼう」は特に最高だったな〜😹
2025年にべらぼうと一緒に駆け抜けて、浮世絵や江戸文化にも、もっと興味を持つことができて…、
そして今年2月からnoteを始め、ものすごい勢いで『里見八犬伝聖地巡礼』をして、記事を書きまくったすっごい充実した一年でしたぁぁ❣️
これにて令和七年、聖地巡礼の終わぁりぃ〜〜
かかん❣️(拍子木の音)
👆 聖地巡礼で移動したルートの、3Dアニメーション動画です。
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