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里見八犬伝聖地巡礼【相模四】矢取の入江・走水・矢ノ津

2026年5月30日

5月末というのに、どぴ〜かんの真夏日☀️
こんな日は、やっぱり海に行きたくなっちゃう🌊

海…といえば、今のマイブームは「矢取の入江」を探せシリーズ!

「矢取の入江」は『南総里見八犬伝』冒頭、里見義実が房総へ脱出する超重要シーン。
でもその場所は諸説あり…

今回は数ある比定地の中から「走水・矢ノ津説」を、
聖地巡礼してみたいと思います。

それでは一足早い夏気分で、いざ出陣〜!


パリピの楽園、観音崎

横須賀駅からバスを乗り継いで、まずは観音崎へ。
ここは海もあり山もあり歴史の遺構もあり…
横須賀でも随一の観光スポット。

海岸に着くと、朝だというのにジリジリと刺すような強烈な日差し!
この日はマラソン大会(?)が開催されるらしく、参加者の方々が楽しそうに歓談中。

近くには、海を見ながら手ぶらでバーベキューができるオシャレな施設。
グループで笑い合う人たちがめちゃくちゃ眩しい✨

観音崎……ここはもしや、
パリピの楽園なのか……!

一方、海沿いにそびえ立つ山(観音崎公園)は、豊かな自然の地形を生かしたハイキングコース。
森の散策路や山の尾根道、海を見下ろす絶景スポットが満載。

山を登って森に入ると、急に人の気配がすうっと薄くなり、
聞こえるのは木々のざわめきと鳥さんたちのさえずり声だけ。

ふう……拙者は陰の者なので、こちらの方が断然落ち着くでござる。

地層がすごい切り通しを歩いたり
灯台からは絶景。対岸の鋸山もバッチリ見える。

観音崎、楽しすぎるぅ。

灯台を下って海岸沿いを歩けば、聳え立つ鋸山がゴジラさんの背びれのよう
たたら浜には、ゴジラの足跡。横須賀はゴジラさん遭遇率高いな!
山の中には太平洋戦争の遺構。戦時中は一般人は入れなかったんだって
頂上「花の園地」では、紫陽花が見頃。きれいすぎるぅ

灯台にゴジラ、戦争遺構に紫陽花まであって、
気がつけば本来の目的を忘れそうになるほど。

だが今日は観光ではない。
矢取の入江を探す旅なのだ。

この観音崎の地形はどこからどう見ても「岬」であって「入江」ではないため、残念ながら今回の「矢取の入江探し」の条件には当てはまらない。

本命はここから!

神話が息づく走水湾

観音崎を下ると、そこはもう「走水湾」。

南谷戸みなみやと」というバス停を発見。(右上は古地図から)

「谷戸」という地名があるということは、昔はここが入江っぽくなっていたのかな?と期待が高まる。
フェンス越しに海をのぞいてみたけれど、鋸山は見えない。

しばらく歩き、お目当ての神社の手前にある路地を入っていくと、「走水地蔵」があるとの情報が。

崖の斜面をくり抜いて造られた中に、とても時代を感じるお地蔵さまが静かに佇んでいた。

ふと見ると、お地蔵さまの先にもまだ道(?)が続いている……!
ということで、ちょっとした冒険心で進んでみることに。
どんどん道幅が狭くなり、人ひとりがやっと通れるレベルのケモノ道を、草をかき分けながら登っていく。
この季節に草が完全に埋まってないってことは、地域の方の生活路なのかな?

ゼェゼェ言いながら登りきると……
なんと、目的の「走水神社」の裏山(境内の一番高いところ)にひょっこり飛び出した!

神社の境内に入り、奥宮を参拝。そこから参拝路をとことこ下っていくと、眼下には走水湾の素晴らしい絶景が。

目をこらして、対岸を見てみると…。

肝心の安房の「鋸山」が、さっき立ち寄った観音崎の影に隠れて、ここからじゃ全く見えない。
上から見下ろして見えないということは、走水の海辺に降りても、やっぱり鋸山は見えないのでは……!?

本殿で参拝し(画像 左)、階段を下ると弟橘媛の碑が(画像 右)

ひとまず、神社の対岸にある「御所ヶ崎ごしょがさき」へ移動して、さらに検証を続けることに。

悲劇のヒロインの地、御所ヶ崎

走水漁港から海にちょこんと突き出している小さな岬、それが「御所ヶ崎」。

ここは大昔…神話の時代、
日本武尊(ヤマトタケルノミコト)がここから上総(千葉)に渡ろうとした際、仮の御所を設けて軍旗を立てたことからその名がついたのだそう。

かつては、彼の妃である弟橘媛(オトタチバナヒメ)を祀る橘神社があった場所。

『古事記』や『日本書紀』に伝わる、有名なあの悲劇の伝説の舞台。

日本武尊が相模から上総へ渡ろうとした際、海の神が大暴風雨を起こして阻んだ。
妃・弟橘媛が自ら海に入り身を捧げると、波はたちまち穏やかになり、無事渡ることができた——。

そんな彼女を祀っているのが、さっき裏山から侵入しちゃった走水神社。

太平洋戦争の遺構。週末には見学することができるみたい

「相模(三浦)から上総(安房)に船で渡ろうとする」というシチュエーション。
八犬伝の冒頭で里見義実公が三浦から安房へ渡ろうとするシーンと重なって胸アツ。

しかも元ネタの『日本書紀』。
八犬伝作中でも八犬士を導くゝ大法師(ちゅだいほうし)が、
『日本書紀』由来の神聖な玉を使って神風を起こすシーンなど、
馬琴先生がゴリゴリにオマージュしている超重要文献。

馬琴先生、この走水の伝説を意識していたのでは!?
…なんて妄想したくなっちゃう。

そんな大興奮の妄想を胸に、岬の砲台跡をどんどん登っていくと…

視界が開けてドーンと海が広がったぁ!

やっぱり鋸山は観音崎の大きな背中に阻まれて、ここからも見ることができなかったぁ。
がっくし

憩いの場 走水海岸

御所ヶ崎から北へ向かうと、今度は「走水海岸」に到着。

海岸線が緩やかにカーブしていて、地形としてはまさに「入江」と呼ぶにふさわしい美しいロケーション。

せっかくなので、海岸をのんびりお散歩。
こちらの海は、さっきの観音崎のパリピ空間とは違って、地元のファミリーやマリンスポーツを楽しむ方々がそれぞれの時間を過ごしている、のどかで素敵な憩いの場という雰囲気。

やっぱり海に来ると気分が上がるぅ ひゃっほ〜

ここなら、里見義実が安房に向かって、静かに船を漕ぎ出せそう…。

ロケーションとしては100点満点の走水の入江。
……だけど、波打ち際から目を凝らしてみても、やっぱり鋸山は観音崎の向こう側。
その姿を拝むことはできなかった。

ズバリ「矢」の地、矢ノ津坂

走水海岸を後にして内陸へと入り、古の「浦賀道」を歩いていくと、
ついにズバリな名前の「矢ノ津坂やのつざか」の案内板が現れました!

江戸時代、江戸と浦賀を結ぶ浦賀道の要所で難所の一つだったそう

かつてこの坂の麓にあった「庚申塔群」が集められているという、
近くの「馬堀三丁目公園」へ足を運んでみると……。

夕陽に照らされ、神々しい 庚申さま

よく見ると、庚申塔のひとつの側面に「矢ノ津」という文字がはっきりと刻まれているのを発見!
古くから、この地が確実に「矢」のつく地名だったことが確認できる。

しかも、現在は宅地造成で綺麗に埋め立てられているこの周辺、
昔はすぐ間近まで海岸線が迫っていたのだとか。
おまけに「津」という漢字は、古くは「港」や「入江」を表す言葉。

今昔マップon the web より 1900年くらいの地図。海岸沿いに「矢津(ヤンツ)坂」が

坂の上から街を見下ろしながら、そっと目を瞑ってみる。
(脳内補正発動……!)
今ではすっかり住宅街で…見えない海が、
当時のきらめく入江の姿となって、脳裏に見えてきたぁぁ〜〜!!

……でも、冷静になって脳内古地図を開いてみる。
観音崎のあの出っ張った地形は、江戸時代の古地図にもバッチリ載っているわけで。

ということは、当時海がここまで迫っていたとしても、
やっぱりここから鋸山は見えなかったような気がするぅぅ〜〜!!(泣)

入江はあれど鋸山は見えず

歴史的なエピソードのリンクっぷりや、ズバリ「矢ノ津」という地名のシンクロ率は、今までの候補地の中でもトップクラスに面白かった走水・矢ノ津エリア。

しかし、八犬伝の「入江から対岸の鋸山が見える」という絶対条件をクリアするには、観音崎という巨大な壁が厚すぎた…!
うーん、聖地巡礼の道は奥が深い。

朝から始まったこの探索、気がつけば周囲はすっかり綺麗な夕暮れ時。
観音崎の山を登ったり降りたり、さらにケモノ道を冒険したりと、
気がつけば本日の総歩行距離は15km以上! 足がもうパンパン。

横須賀の源泉掛け流しの温泉で、極楽の一休みタイム♨️

あ〜、温泉が筋肉に染み渡る……最高……。

なんて思いながら、ふと自分の足を凝視してフリーズ。
なんと、足が50ヶ所以上も虫に刺されて、見事な水玉模様になっているぅぅ〜〜❣️(白目)

しまった、初夏?(5月なのに?)の山を舐めてた。
防虫スプレーを完全に忘れてたぁぁぁ😱

これも聖地巡礼の供物ということで…南無🙏

教訓:次回の「矢取の入江」探しには、防虫スプレーが必須!!!

(次回の探索へつづく! 装備:防虫スプレーLv.99 カシャッ)

👇 聖地巡礼で移動したルートの、3Dアニメーション動画です。

南総里見八犬伝のあらすじと、聖地巡礼の時系列まとめはこちらです⬇️

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