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8/16 ブハラ→サマルカンド

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0時半、車掌に叩き起こされてよろよろと列車を降り、2日ぶりにブハラに立った。眠い。5時間後のサマルカンド行きの発車時刻まで、我々はここで暇を潰さなければならない。腹も減ったし、とりあえず買い食いでもしてみるかとホームの屋台群を見回すが、全て三角形のミートパイ・サムサのものであった。これはもう食べ飽きたのでスルーだ。

サムサ(ウルムチで撮影)

到着した乗客は、安全管理のためか全員が一度駅の外に出る必要がある。ロータリーを見回してみたが、やはりレストランなどはやっていないようだった。予想通り、5時までは夜通し開いている駅舎の椅子以外に居場所はなさそうである。
待つ間にサマルカンドのホテルでも取ったりするか…と考えて歩いていると、またしても奴らがやってきた。Taxi!Taxi!そう、お馴染みのハイエナ運転手軍団である。一体こいつらはいつ寝てるんだ?
当然、5時の列車に乗る我々が耳を傾けるわけがない。ところが…さなな曰く、先ほどの車内では電波が不通で、実はまだサマルカンド行きのチケットを押さえていないらしい。それなら、値段次第では別にタクシーに乗ってもいいのでは?正直、電車も安いので交渉を頑張る意味は全くないのだが、多様は暇つぶしにこいつらの相手をすることにした。付き合うのがめんどくさいさななはダルそうな顔をしている。
相対したのは、比較的英語が堪能な運転手である。彼は3人で100ドルから交渉をスタートさせた。一方、電車の価格は3人で45ドルなので、多様はこの価格以下でなければ乗る気はないと言い張り続ける。暇つぶしなので、別に駆け引きを頑張る必要は全くない。カードは完全にこちらの手にあった。
それから20分ほど…彼は車は広くて快適だと言ったり、電車より早く着くと言ったりと、あの手この手で50ドルの壁を死守しようとする。残念ながら我々は快適性などどうでもいいし、早く着いてもやることはないので、努力は全て水泡に帰した。そして、30分が経とうとする頃、遂に45ドルでokが出たのである。正直、我々は損も得もしないのであまり意味はないのだが、早く着いて早朝のサマルカンドを散歩するのも悪くないし、何より良い暇つぶしであった。
いざ出発。さっそく駐車場に向かうと、待っていたのは変にカスタムされた大宇・マティス。どこがデカくて快適なんだ!

無能そうで愛らしい車だ(ビシュケクで撮影)

発進から15分後、運転手は屈強なスラヴ系ウズベキスタン人にバトンタッチされた。彼はギャングスタラップが好きなようで、スヌープドッグや、スヌープドッグの偽物の曲をYouTubeから爆音で流し続けて睡眠を妨げる。また彼はスピード狂でもあり、150キロほどで車線を無視したすり抜けをし続けるため、乗り心地も大変に悪かった。しかし、おかげさまで我々は5時半にはサマルカンドに着いていたのである。まあ、早く着いたとて別にやることはないのだが。

マサカリは途中で寝落ちして大きく傾いた
しようと思えば、キスもできる距離だ

我々が降ろされたのは、中心部から遠くアクセスに気合いが必要なウルグ・ベク天文台の目と鼻の先であった。せっかくなのでさっそくテクテクと歩いていったが、散歩中みたいなジジイにあえなく追い返されてしまう。ジジイは、入場にはチケットが必要であり、カウンターが開いていない今は自分に現金で払えば通してやると言い張った。正規のスタッフとは全く思えないこの胡散臭いジジイには、1ソムたりとも払いたくない。それ以前に、そもそも我々のキャッシュは底をついていたので、本物だとしても金を払うことはできなかった。

とはいえエントランスを見ることはできた

少し不服な我々は、ATMを探しながら4キロ先のレギスタン広場へ歩いている。ジジイは偽物だったかもしれないが、検索により今後かなりの現金が必要になることはほぼ確定した。従って、ATMを探して歩きつつ、道中で観光も済ませようという一石二鳥作戦が全会一致で可決されたのである。ちなみに、アーリーチェックインの許可が降りたので、広場に着き次第ホテルに移動する予定だ。
ATMを無事発見できた我々は、その後のレギスタン広場への道中で、様々なものを見た。霊廟群シャーヒ・ズィンダ、巨大なビビ・ハニム・モスク…やはり規模感も装飾の美しさも、サマルカンドの遺跡は群を抜いて凄い。だが、ブハラやヒヴァ同様、我々は次第に感動の薄まりを感じ始める。このまま消化試合のように名所を回っても意味がないので、レギスタン広場の観光はやめにしてホテルへ向かうことにした。

シャーヒ・ズィンダ

サマルカンドの宿は、中心部から20分離れたホステルと同価格程度のゲストハウスである。決して広くはないが、3台のシングルベッドに庭と世話焼きなホストまでついており、多様はここが本当に気に入った。マサカリとバナナもこの環境に安心したようで、部屋に入るなり2人とも寝てしまいそうである。
多様もベッドに横たわると、ようやく国土を折り返す過酷な移動にピリオドを打てたという実感が湧いてきた。しかも、ここから先のコーカサスには元々長めに時間を取る計画で、このままスローペースが維持できる見通しである。旅行開始以来続いてきた忙しない大移動もまた、ここで終わりを迎えたのだ。
体は疲れていたが、しばらくすると高揚感でなんだか体を動かしたくなってきた。すっかり睡眠モードに入った2人を尻目に、部屋を抜け出して散歩に向かう。

緑とソ連情緒に溢れるサマルカンドの外れの住宅街は、中世の史跡よりもずっと輝いて見えた。


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