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8/14 ブハラ→ヌクス→ヒヴァ(前編)

前↓


8時過ぎ、ヌクス到着の10分前に車掌が起こしに来た。多様の目覚ましは15分に渡り鳴り続けたが、耳栓をした多様には効果を発揮せず、代わりにバナナに体感2時間の悪夢を見せたらしい。正直疲れが取れたとは言えないが、今日行動するには十分な体力は確保できたような気もする。
ヌクスに来た目的は「アラル海」の見学だ。アラル海は世界4位の大きさを誇った巨大な湖だったが、灌漑目的での過剰な採水でその大部分が干上がってしまった。湖底であった砂漠に漁船の残骸が放置された「船の墓場」が特に有名で、今日もそこを目指してかつての漁村・ムイナクに向かう予定である。
ムイナクへ向かう最安の手段は9時前のバスのようだが、電車の到着時間からすると間に合いそうになかったので、当初から諦めていた。我々が狙うのはバザール近くからの乗合タクシーである。情報はあまりないが大まかな乗車位置が掴めたので、あとはバスで現地に行って出たとこ勝負という、いつもの作戦で向かうことにした。

これでも路線バスの車内だ

バザールに到着すると、すぐに普通のタクシーのキャッチに囲まれた。今まで何度もキャッチを相手にしてきたが、ここのは人数も勢いも気合いが違い、多様らを巡って運転手同士で小競り合いが起きるほどだった。乗合でも価格交渉は必要になるし、捕まらない場合こいつらを使わざるを得ないので、判断材料にすべく一度捕まって値切れるだけ値切ってみる。結果的に当初の半額近い1人¥1,500近くまで下がったが、乗合の相場は更にその半額くらいなので、一旦無視して先に進むことにした。
なんとなくそんな気はしていたが、やっぱり調べた場所に乗合タクシーはいなかった。だが、代わりに暇そうにしているタクシー運転手が1人おり、なんと1人¥1,000くらいでムイナクまで行ってくれるというのだ。これは乗合の相場と2、300円くらいしか変わらないので、一応値切ったがもうこいつに決めることにする。この時、さっきの1,500円野郎どもが道の反対側から大挙して押し寄せたが、こいつにあしらわれてすごすごと帰っていった。

ムイナクへはガタガタの道を3時間である

ビシュケクから最終目的地のムイナクまで、我々は遂に1700キロを走り切った。後は船の墓場を見るだけだ!食堂で祝杯を上げた我々は、事前の情報で確認した1番バスの乗り場を探し始めた。
しかし、分かってはいたがこのまますんなり辿り着けるわけはなく、バス乗り場なるものはどこにも見当たらない。おまけに、40度の酷暑の中ハイエナのようなタクシー運転手の集団も付き纏ってくるので、まともに探索する余裕は一切なかった。
10分後、結局我々はハイエナのタクシーに揺られていた。最初は往復たった8キロに100ドルとかいうふざけたことをぬかしていたが、いつの間にか1人往復100円というまあまともな値段になっていたので、兜を脱いだのである。道中ではヌクスまでの帰りも1人1000円で乗せていくとしつこく営業を受けたが、15時のバスに乗れば200円で帰れるのでシカトを決め込む。バスに乗ることを考えると使える時間は1時間ほどだが、我々は船の墓場に到着した。

数十年前までは見渡す限り湖だった

灯台の廃墟や資料館を過ぎ、残骸のある湖底に降りると、眼前には小学生の頃にNAVERまとめで見たあの光景が広がっていた。地面はかつてここが水中だった名残である細かな砂で埋めつくされ、明らかに岩肌の広がる他の荒野とは様子が違う。よく見ると、その中には貝殻なども混じっていた。
多様は船によじ登り、機関室などにも入ってみたが、エンジンや計器類のようなものは見当たらなかった。もしかすると、湖の縮小で漁業が立ち行かなくなった段階で高価な機械類を売却し、船体だけを放置した成れの果てなのかもしれない。

ここは漁港だったらしい

さななは、環境破壊の産物を観光名所にしているのがなんだかムカついてきたらしい。多様も少し同意するが、併設の資料館が非常にしっかりとしていたり、船の墓場が無料で公開されていることには少し好感を持った。
上に戻ると、運転手がデブのおばさんと何やら親密になっている。町に戻ると伝えると、なぜかおばさんも乗り込み、我々は全員後ろとなった。なんなんだ?


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