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自分らしさってなんだろう|自分には色んな面がある

自分らしさってなんだろうか。
(これまた、大きなテーマですが……笑)


等身大の自分。
嘘偽りのない自分。


色んな言い方はできるけれど、
正直、どれもしっくり来ない。


そもそも、
何が「自分らしい」のかが、
まだよく分からない。


家族といるときの自分。
仕事をしているときの自分。
友人と話しているときの自分。
ひとりでいるときの自分。


どれも少しずつ違う。
だから「これが自分らしさです」と、
ひとつの正解みたいにまとめることに、
少し違和感があります。


今回は、
自分らしさを探すというより、
色んな自分がいることを、
改めて観察してみました。



人には、色んな面がある

自分には、まず内側と外側がある。


内側には、
思考があって、心があって、体感がある。


頭では分かっていること。
心や体が反応していること。
そういうものが、自分の中にあります。


一方で、外側には、
周りの人に見せている自分がいる。


家族といるときの自分。
仕事をしているときの自分。
友人と話しているときの自分。


相手によって、
自分の役割が少しずつ変わるし、
場所や状況によっても、変わる。


これを「わきまえる」と言うのか…?
ただ自然に【モード】みたいなものを切り替えているだけなのかもしれません。


家族モード
仕事モード
友人モード
ひとりモード


思いのほか、色んな自分がいる。
でもそれは、偽物ということではなく、
どれも自分で、どれも正解だと思っています。



「あなたらしくない」と言われたとき

「あなたらしくないよ」
と言われたとき、かなりモヤっとしていました。


相手が見ている私は、
私の全部ではないと、思っているので、


「私らしさって何よ」
「あなたには私がどう見えているのよ」
と、なっていました。


例えば、
仕事の仲間が見ているのは、仕事モードの私だし、
家族が見ているのは、家族の中にいる私。
友人が見ているのは、友人として話している私。


その人が知っている私は、私の一面でしかない。


だから、
仕事の仲間から
「あなたらしくないよ」
と言われたとしても、


それは私が自分らしくなかったというより、
仕事モードではない一面を、その人に見せただけ。


人は、目の前にいる姿を見て、
「その人らしさ」を考える。
それは自然なことだと思います。


でも、
その人が見ている私だけが、
私の全てではない。


相手が知っている私も、私の一面。
相手が知らない私も、私の一面。


そう考えると、
「あなたらしくない」という言葉を、
真に受ける必要はないな、と今は思えるようになりました。



本質は恥ずかしいくらい素朴なのやも

自分らしさを考えていて、
他の言い方をするなら「本質」なのかなと。


ただ、
本質と言っても、
立派な自己分析の答えみたいなものではなくて。
もっと恥ずかしいくらい、
素朴な願いが自身の根っこにあるのかな…と。


例えば、
世界平和とか…笑


大きすぎるし、
口にすると少し照れくさいけれど、
「自分らしさとは」を深堀していて、
そういう素朴な願いに行き着きました。



自分らしさを、ひとつに決めない

人には色んな面があるし、
その面は、
触れる情報や、
経験や、
環境や、
ライフステージによって、
増えたり、減ったり、変わったりしていく。


でも、
変わっていく自分の中にも、
変わらず残っているものがきっとある。


焦って、
「これが私らしさです」
と結論づけず、


これからも、
変わりゆく自分と、
変わらない自分を観察していきます。


もし共感していただけるところがあったら
スキで教えていただけると嬉しいです✨


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