調べる力と疑問を育てる力|調べればなんでもわかる時代に考え続けること
分からないことがあったら、
ネットで検索すれば、何かしら出てくる。
AIに聞けば、それっぽい答えはすぐ返ってくる。
昔より、答えにたどり着くまでのスピードが
かなり速くなったと感じています。
でも最近、
引っかかっていることがあります。
調べる力は上がったけれど、
疑問を育てる力は……どうだろうか、と。
はやく答えにたどり着くことを求めている?
今は、いろんな場面で
「はやさ」が求めてしまっている気がします。
はやくビジネスで結果を出す方法
はやく効くサプリや薬
はやく結果が出るダイエット方法
遠回りしない最短ルート
もちろん、はやく済むならそのほうが助かる。
でも、この「はやく」の中には、
ただの「時短」ではなくて、
「遠回りしたくない」
「失敗したくない」
「できるだけ傷つきたくない」
「無駄を踏みたくない」
そういう感覚も、あるんだと思います。
疑問を持ち続ける
何かを自分のものにしていくときって、
少し迷うこと
試してみること
仮説を立てること
失敗すること
遠回りの途中で、やっと分かること
そういう時間も、大事なのでは?
と思うのですが、
今は、そういう過程が
無駄みたいに扱われやすい
空気がある気がしています。
はやく答えにたどり着けるなら、
そのほうがいい。
最短で正解に行けるなら、そのほうが賢い。
そんなふうに考えてしまうと
迷いながら考えることや、
保留しながらも経過を見ていく、
「疑問を持ち続ける機会」
みたいなものを
逃しているような気がするんです。
名前がつくと少し安心する
自分の中にある違和感や不安に
それっぽい答えが見つかったり、
名前がついたりすると、安心しますよね。
分からなかったものが、
少し説明できるものになったり、
ぼんやりしていたものに輪郭が出ると、
それだけで安心する。
その安心が「終点」になりやすい
ただ、今は、
その「安心」を感じて終わってしまう
気がしています。
何が言いたいかというと…
調べた結果、
しっくりくる答え、それっぽい答えなだけなのに
「これが答えだ!!」と思ってしまう
ということです。
近い答えかもしれない。
今の自分にはしっくりくるものかもしれない。
けれど、
調べた結果が必ずしも答えとは限らない。
ただ、「それっぽい」だけ。
名前がつくことによる安心が、
考え続けるための情報ではなく、
そこで思考を止める終点になりやすい。
ここが、今
私の中で引っかかっているところです。
調べる力と、疑問を育てる力
調べる力は、
はやく情報にたどり着く力。
疑問を育てる力は、
すぐ結論づけずに、
少し保留したり、
自分の感覚と照らし合わせたり、
試しながら見ていく力。
ではないかと思います。
たぶん今、私の中でスキルアップしているのは、
調べる力です…。
便利さが悪いわけではない。
AIや検索することが悪いわけでもない。
でも、その便利さの中で
自分で確かめる機会が減っていることは、
やっぱりある気がしています。
そしてそれが続くと、
自分の感覚とか、
自分の言葉とか、
一次言語みたいなものが
分からなくなるような気がしています。
すぐ答えを持つことと、自分で納得すること
それっぽい答えが見つかることと、
自分で納得し、腹落ちするのとでは、
違いますよね。
すぐ言える答えがあること。
ちゃんと自分で確かめた感覚があること。
では、やっぱり差がある。
今は、
前者だけでも何とかなる場面が多い。
でも後者がないと、
あとでフッと
「これ、本当に私の答えだったのかな」
とモヤモヤすることがあります。
答えを急がず「じっくり」と
今は、はやく
それっぽい答えにたどり着ける時代です。
だからこそ
少し迷うこととか、
保留にすることとか、
自分で確かめることとか、
そういう時間を意識して持たないと、
思考が止まりやすくなるのかもしれません。
名前がついたら終わり、ではなくて、
そこから
自分の感覚と照らし合わせたり、
ひとつの仮説として考え続けたりすること。
今は、そっちのほうが
大事になっている気がしています。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
もし
「自分も答えを急いでいたかも」
と感じるところがあったら、
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