「ペンネームは殺人芸術家」第2章:若き日の甑島旅行②
※第2章:「若き日の甑島旅行①」
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港が近づいて来た。下甑島長浜港。
白い防波堤が見える。
いよいよ甑島への初上陸だ。
その頃の長浜港は、客船が直接横付けできる構造になっていなかった。船は沖合に錨を下ろし、僕らは、揺れる甲板からロープ伝いに小さな艀(はしけ)へと乗り移らなければならなかった。
生まれて初めての艀体験。「艀」という言葉を耳にするのさえ、この時が初めてだった。揺れる船の上でバランスを取りながら、タイミングよく体重を移すのが難しい。
牛若丸が小舟から小舟へと飛び移ったっていう八艘飛びの伝説は、嘘だろうと思った。バランス感覚がいくら良かったとしても、海上に浮かんでいる小舟の上で跳ね上がるなんて、物理的に不可能だ。強く蹴ったりしたら、小舟の方がゆらりと逃げて、バランスが崩れるだけだ。年に何回かは、子どもが落ちるんじゃないかと、口々に言い合った。
このとき、眼下に見えた海の青さに驚いた。丸い石が並ぶ海底の上に見える透明な水の層が、青く輝いている。海の水は無色透明だと思っていたのに、浅瀬でも鮮やかなマリンブルー。見えた瞬間、驚きと感動に胸が高鳴った。
二時間を超える船旅を終え、僕らはようやく陸地に立つことができた。
ほっとした。
ほっとすると同時に、奇妙な感覚に気付いた。動かないはずの地面が、揺れて感じられたのだ。二時間以上も、上下に揺れる船の上にいたせいで、その揺れる感覚が体に染みつき、動かない地面が逆に揺れているかのように感じられたのだ。
僕だけじゃない。中間君も濱村君も、その感覚の面白さを興奮気味に口にした。
さあ、これからどうするか。僕らは地図を開き、計画を立てた。港から山道を越え、南側の手打という部落に出ようと考えた。たぶん、夕方には着くだろう。
しかし、その目算は誤っていた。地図で見た距離感と実際に歩いてみた時の距離感が随分違っていた。
地図は平坦な二次元でしかないが、実際の山道は実に立体的だ。上り坂では、二十キロを超える荷物が重くのしかかり、体力も消耗するし、速度も落ちる。
歩けど歩けど、人里など見えて来ない。
どこまで進んでも山の中。しかも途中で雨が降り出す始末。
やがて日は沈み、辺りは闇に沈んだ。
疲労感だけが募った。
体力も限界に近付いていた。
これだけ歩くなんて、どうも変だ。
道を誤ったんじゃないだろうか?
絶対に間違っていないと言い切れるだけの確証はない。
どこまで歩けば町が見えてくるのか、見当もつかない。
それどころか、ちゃんと町に着くのかさえも怪しい。
考えると恐怖に襲われそうだった。
ボーッとしながら、三人はものも言わずに歩いた。
歩いて歩いて、そしてついに下方に街の灯りがほのかに見えてきた。
嬉しかった。
― 街の灯りちらちら あれは何をささやく ―
堺正章のヒット曲の一節が思い浮かんだ。
しかし、それからがまた長かった。
行けども行けども、街の灯りはなかなか近づいてこない。
部落に着いたときは、夜十時を過ぎていた。
くたくただった。
テントを立てる場所を探すには、明るさも不十分だったうえに、体力も残っておらず、その場にへたり込みたいぐらいだった。
街並みの向こうに見える海は、闇の中で黒光りしながら、重く波打っており、僕らを拒んでいるように見えた。
「どんな村にでも、公民館はあるよね」
「そうだね」
「そこに泊めてもらおうよ。それ以外考えられない」
僕らは、目に入った民家の扉を叩いた。
村長さんの家を教えてくれたので、そこへと向かい、事情を話した。
しかし、あっさりと断られた。
以前、若い人に貸したら騒がれてしまい、それ以来、貸さないことになっているという。
そう言われて、簡単に引き下がるわけにいかない。他に選択肢はないのだ。絶対に騒がないからと食い下がったのだが、それでも首を縦に振らなかった。
すごすごとその場を後にしながら、この夜中に困っているというのに冷たいものだと、口々に言い合った。
途方に暮れた僕らは、再度懇願に行った。どう考えても他に方法が見つからなかった。
疲れ切っている様子と、真剣な眼差しが心に届いたのかもしれない。通っている高校名を訊かれ、正直に答えた。あの高校の生徒さんなら、ということでようやくOKが出た。いつもバンド活動にばかり意識が向かい、所属意識なんて薄かったのだが、この時ばかりは自分の通っている高校に感謝した。
公民館の固い板張りの床にへたりこんだときは、至上の幸福感に包まれた。
強風が吹き荒れ、ガラス窓が一晩中ガタガタと音を立て続け、いまにも壊れるんじゃないかという恐怖感と隣り合わせだった。
なかなか寝付けなかったが、疲れは限界に達していたようで、いつの間にか深い眠りの中に沈んでいた。
