「あれだけ食べて、なぜ糖尿病にならないの?」── 力士の体が教えてくれる、血糖と筋肉のほんとうの関係
大相撲春場所が始まりましたね。
テレビやSNSで力士の取組を見ていて、ふと疑問に思ったことはありませんか。
「あんなに食べて、糖尿病にならないの?」
この疑問、じつは外来でも患者さんからときどき聞かれます。
「先生、お相撲さんって太ってるのに元気じゃないですか。私なんかよりずっと食べてるのに」と。
先日、この問いについてオトナンサーさんの取材を受け、記事が公開されました(Yahoo!ニュースにも配信されています)。
▶ 力士は大食いでも「糖尿病」にならないって本当? 筋肉量多くても防げない"意外な落とし穴"とは【専門医解説】(オトナンサー)
▶ 同記事 Yahoo!ニュース版
取材記事では要点をコンパクトにまとめていただきましたが、文字数の関係でどうしても書ききれなかった部分があります。
今日は 「記事の向こう側」 ── 取材ではお話ししきれなかった3つのことを、ここで補足させてください。
まず、記事のエッセンスだけ
取材記事の結論を一言でまとめると、こうなります。
「現役中は"なりにくく見える"ことがあるが、リスクが低いとは限らない」
力士は筋肉量が多く、稽古の運動量も大きいため、食後の血糖が上がりにくい条件がそろっています。でも、糖尿病に限らず生活習慣病が一定割合で報告されていること、そして運動量が減ったタイミングで体の条件が変わりやすいこと──ここが大事なポイントです。
記事では“一般の方向け”に、この構造を解説しました。このnoteを読んでくれる方にはもう少し踏み込んだお話を伝えたいと思います。
伝えきれなかったこと① ── 運動をやめた「あと」に来る、静かな時間差
取材記事でも「けが・休養・引退で運動量が減ったときが注意」とお伝えしました。
でも、この「時間差」の怖さは、もう少し丁寧にお話ししたいところでした。
運動を続けている間、筋肉は糖をどんどん取り込んでくれます。
車でたとえるなら、毎日走っている車はガソリンをきちんと消費している状態です。
ところが運動をやめても、多くの場合、食事量はすぐには減りません。
体は「使う量」が減ったのに、「入ってくる量」はそのまま。余ったエネルギーは内臓脂肪や肝臓(脂肪肝)にたまっていきます。
そして厄介なのは、血糖値の変化がすぐには見えないこと。
内臓脂肪がじわじわ増え、肝臓に脂肪がたまり、インスリンの効きが落ちて……数か月から数年かけて、ある日の健診で「血糖値が高いですね」と指摘される。
この「静かな時間差」は、力士の引退後だけの話ではありません。
──部活を引退した元アスリート。
──現場仕事からデスクワークに異動した方。
──育児や介護で自分の運動時間がなくなった方。
「かつて動いていた」記憶があるからこそ、今の変化に気づきにくい。
これは私が外来で何度も経験してきたことです。
伝えきれなかったこと② ── 「Personal Fat Threshold」という考え方
取材記事では、一文だけ触れた概念があります。
「Personal Fat Threshold(パーソナル・ファット・スレッショルド)」 ── 直訳すると「個人ごとの脂肪の閾値(しきいち)」です。
これは何かというと、「体が脂肪を安全にためておける容量には、人によって上限がある」 という考え方です。
同じBMI 25でも、糖尿病になる人とならない人がいます。
逆に、BMI 22の「標準体重」でも糖尿病を発症する方がいます。
その違いを説明するひとつの枠組みが、このPersonal Fat Thresholdです。
イメージとしては、脂肪を安全にしまえる「倉庫」の大きさが人によって違う、と考えるとわかりやすいかもしれません。
倉庫が大きい人は、体重がかなり増えても脂肪が皮下に収まり、血糖やインスリンの働きが保たれやすい。
倉庫が小さい人は、少しの体重増加でも脂肪が「あふれて」内臓や肝臓にたまりはじめ、代謝が乱れやすくなる。
力士の中にも、この「倉庫」が大きいタイプの方がいて、大きな体格でも代謝が保たれているケースがある。一方で、倉庫の容量を超えてしまった方は、現役中でも糖尿病を発症しうる──そういう個人差があるわけです。
ここで大切なのは、「体重だけで判断しないでください」ということ。
体重計の数字が同じでも、体の中で起きていることは一人ひとり違います。
だからこそ、体重だけでなく、腹囲・血糖値・肝機能・脂質といった「体の中のメーター」をセットで見ることに意味があるのです。
伝えきれなかったこと③ ── これは力士だけの話じゃない
取材記事は「力士は糖尿病にならないの?」という切り口でしたが、私が本当に届けたかったメッセージは、もう少し広いところにあります。
「今、運動しているから大丈夫」は、未来の保証ではない。
「体重が標準だから安心」も、それだけでは根拠にならない。
これは、力士やスポーツ選手に限った話ではありません。
外来で出会う患者さんの中にも、こうおっしゃる方がいます。
「学生のころはバリバリ運動していたから、体力には自信があったんです」
「太っていないから、まさか糖尿病だなんて思わなかった」
その気持ちは、とてもよくわかります。
「体を動かしていた自分」の記憶は、ある種の安心材料になります。でも体は、今の生活に合わせて、静かに変わっていくのです。
じゃあ、何をすればいいの?
完璧なことをする必要はありません。
取材記事の中で「増量中のチェック例」をお伝えしましたが、これを一般の方向けにアレンジするなら、こんな感じです。
🔹 月に一度の「体との会話」メニュー
1)体重 → 毎日でなくていい。週1回、同じ条件で測るだけで十分
2)腹囲 → 月1回。おへその高さで、力を抜いて測定。内臓脂肪の目安になる
3)血圧 → 家にあれば週1回。なければ薬局やスーパーの測定器でOK
4)年に一度の血液検査 → 健診でHbA1c・肝機能・脂質をチェック。「去年と比べてどう変わったか」が大事
5)睡眠の質 → いびき、日中の眠気、朝起きたときの疲労感。気になるなら医療機関へ
どれも「今日から完璧にやりましょう」という話ではありません。
ひとつでも気にかけるようになったら、それが「体との会話」の始まりです。
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おわりに ── 「体と会話する」ということ
力士の体は、私たち糖尿病専門医にとっても興味深い「教科書」です。
筋肉と運動が血糖をどう支えるか、内臓脂肪がどう代謝を変えるか、運動量の変化がどんな時間差で影響するか──そのすべてが、力士の体の中で展開されています。
そして、そこから見えてくるのは 「体重の数字だけでは、体の本当の状態はわからない」 という、とてもシンプルだけど大切なことです。
外来で私がいつも患者さんにお伝えしているのは、こんなことです。
「数字に一喜一憂しなくていい。でも、数字の"変化"には耳を傾けてほしい」
体は、ちゃんとサインを出してくれています。
そのサインを拾えるかどうかは、特別な知識がなくても、ほんの少しの「気にかける習慣」で変わります。
今日の記事が、そのきっかけのひとつになれたらうれしいです。
📚 もっと知りたい方へ
この記事に関連するテーマを、当校の講座でも扱っています。
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▶ 実践ゼミシリーズ(実践的な知識)
GLP-1関連の記事も今後公開予定です
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