【不登校】息子が通う中学校の、合唱祭で感じた光と影
先日行われた、中学校の合唱祭。
わが家の不登校ぎみ🟰フリーダム登校中の息子は、練習にも参加したりしなかったりで過ごしていました。
「全員で何度も、何日も、同じ歌を練習する意味がわからない」
「きちんと歌っているのに注意される意味がわからない」
ということで、昨年は体に不調が出たり涙が出たりと大荒れの合唱祭練習期間でしたが、
その経験もあって今年は、合唱祭の練習をなるべく避け、当日はたまたま診察日が重なったメンタルクリニックの受診を優先させる、と本人が決め、先生とも話をつけてきました。
そして、ついに迎えた本番当日。
保護者も観覧できたので行ってみると、ちょうど「開会式」が始まったところでした。
生徒会の子達が作った、TikTokや鬼滅の刃をパロディ化した動画が流され、先生も友情?出演して生徒たちから笑い声が上がり
それが終わったと思うと、今度はアイドルグループに扮した3年生たちが、歌い踊る演目が始まりました。
アドリブの台詞や、観客席まで下りてきてのサービス演出で、黄色い歓声や笑い声が響き、
「アナと雪の女王」でおなじみ "Let It Go"を歌っている子の周りで、黒子役の子達が冷却スプレーを噴射しまくって氷を表現しているのを見たら、思わず声を出して笑ってしまいました。
そして
今の中学生って、こんなに自分たちでいろいろ考えて、楽しい空間をつくることができるんだ✨
と、なんだかしみじみ嬉しくなりました。
ただ、同時に、この開会式をどこかで見ている息子のことも思いました。
動画や演目で、ちょっとは笑ったかな。
にぎやかで、うるさいだけと思ってるだろうか。
「どのタイミングで席を立つか」時計をにらんで考えていそうだな。
でも、この自由な雰囲気は嫌いじゃなさそうなんだけどな。などと。
そんなふうに、楽しい余韻に浸ったまま、息子の姿を探していた私の中に突然、違和感がやってきました。
進行役の生徒が、演台のマイクに向かってアナウンスを始めた時でした。
「それでは、合唱の準備を始めてください」
「移動は静かに、素早く行いましょう」
「他の学年やクラスの発表中は、静かに聞きましょう」
ああ、これか。
息子が苦手なものは。
と、急に腑に落ちてしまいました。
アナウンスをしている生徒は、職務を忠実にこなしているだけで
言われている内容も当たり前のこと。
それでも、いきなり酸素が薄くなったような気がするのは、なんでだろう。
🟣それまでの、自由で楽しく、のびのびとした雰囲気が、急に抑えつけられたように感じたから?
🟣歌いたい子は歌い、歌いたくない子は歌わない、という自由がないから?
🟣全員に強制される雰囲気があるから?
🟣あえて言われなくても、考えればできるようなことをいちいち、言葉にされたり、注意されたりするから?
🟣言われたことに全員が、同じ服装で同じ方向を向いて従うから?
その一つ一つが気になってしまったら到底、学校行事なんて参加できないよな、と思ってしまいました。
私が中学生のころ、クラスを仕切るのは教師の役目でした。そして私は、伴奏を頼まれることが多かったので、歌う側に回ったのは数えるほど。
平成初期の中学生だったので、歌っている子達はさんざん、鼓舞され、怒鳴られ、ひどいときは平手打ちを食らっていましたが、
伴奏を注意されることはないので、そうした全体を眺めている私は、どこか他人事で
とりあえず、先生の言うことに従っておけば早く終わるのにな。
と、いつまで経っても声を出さないクラスメイトと、それを指摘しながら怒鳴り散らす教師のやり取りを眺めていました。
いま思えば、私の家庭でのやり取りが、その冷酷さと距離感に関わっていたとは思いますが
息子を通じて、今の中学校行事にふれて初めて、当時のクラスメイトが抱いていたであろう「学校や教師への拒否感」に思い至りました。
なぜ、当時の自分はあれほど違和感を感じずにいられたのだろう?
むしろ、学校と自宅以外の世界を知らなかったために、平常心でいられたのかもしれません。
先生と話すのは苦痛どころか楽しかったし、友人たちと話したり、部活動で好きなことをするのが楽しかった。
でも、もし、今の感覚で中学生に戻ったとしたら
制服を着ること、校門をくぐることさえ息苦しくて、不登校になっていたかもしれない、と思いました。
その感覚は、息子が感じている拒否感の1/10にも満たないかもしれないけれど
開会式の自由さから得られる楽しさや生き生きした感じが、いざ本番の「合唱」が始まろうとした瞬間に跡形もなく消え去ったことで
今の日本の学校で与えられる自由は、
「自分たちで考えていいけど、ここまでね」
と、制限を与えられた自由で
それはなんだか却って、とても息苦しさを増してしまっているような気さえしました。
だからと言って、開会式を目一杯楽しんでいる保護者や生徒のことを否定するつもりはないし
実際、楽しかったし、知っている子達が生き生きしている姿を見られたのも嬉しかったのですが
私と息子は、合唱祭に参加できる大半の保護者や生徒とは別の感じ方や考え方をしているんだな、と思ったわけです。
というか、中学時代も今も、率先して演目をする側の私が、学校行事で息苦しさを感じる側になるとは思わず、驚いたし戸惑いました。
今の息子とは真逆の立場にいたので、拒否感を覚える側に初めて立ったかもしれません。
でもそれは、息子の気持ちをわかる上で、とても大事な感覚だと思いましたし、わが子がほとんど参加しないと分かっていても、保護者として学校へ足を運んだ甲斐があったな、と思いました。
開会式を終えたとたん、すっくと席から立ち上がった息子は、担任の先生のもとへすたすたと歩いてゆき
「先生、通院の時間が来たので、帰ります」
と、堂々と告げて離脱しました。
先生は、
笑顔で送り出してくださいました。
息子の姿勢と意見を尊重してくださる今の担任の先生と学校の環境に感謝しつつ
また、息子とも、今年の合唱祭について、感じたことを話してみたいと思います。
✳️tyototuさん、画像をお借りしました!ありがとうございました!
息子が、不登校ぎみになった経緯がこちら👇
「宿泊合宿に参加しない」選択をした息子の話がこちら👇
体育祭に参加する、しないですったもんだした話がこちら👇
