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【第2回】「甘さ控えめ」は上品か? ヴェルサイユの「足し算」と、茶道の「引き算」

前回のマロングラッセの話を書きながら、自分の中でどうにも消化しきれない疑問が残っている。

「砂糖が金と同じ価値だった」という話。
それだけ聞くと、普通なら「じゃあ、金を持っているやつは、これでもかってくらいお砂糖を使って、一番甘いものを作らせるのが正解だよな」って思いますよね。手に入りにくいレアものなら、そのパワーを最大限に誇示したいのが人間の性というか。

実際、ヨーロッパのお菓子はそうなっていったわけです。 でも、ふと今の自分たちの感覚を振り返ると、美味しい和菓子を食べた時の最大の褒め言葉って「甘さ控えめで上品ね」だったりするじゃないですか。

冷静に考えるとすごく不思議。
「高価なもの(砂糖)を、あえて減らす方が価値が高い」ともとれる文化。
一体どこで、日本とヨーロッパの道は分かれてしまったんだろう。
今日はそんな、「甘さのさじ加減」の謎について少し掘り下げて考えてみたいと思います。

ヴェルサイユの食卓は「マウンティング」の戦場だった

まず、ヨーロッパの「甘さ」の歴史を覗いてみると、そこには私たちの想像を絶する「足し算」の論理が転がっていました。

17世紀から18世紀、あの豪華絢爛なヴェルサイユ宮廷。
当時の貴族たちにとって、砂糖は単なる調味料ではありませんでした。
それは「自分の財布の厚みを証明するためのバロメーター」だったんです。

彼らが宴会の席で何をしたかというと、食べるためではなく「見せびらかすため」だけに、砂糖とゼラチンで巨大な城や神殿の模型を作らせて、テーブルに並べた。

これ、「砂糖細工」なんて可愛いもんじゃなくて、一種の経済力を誇示するマウンティングですよね。
「我々は、お前たちが一生かかっても買えないような量の砂糖を、こうしてドブに捨てる(食べずに飾る)ことができるんだぞ」っていう無言の圧力。

そんな価値観の中にいる職人たちが、「甘さを控える」なんて選択をするはずがありません。
むしろ、砂糖をこれでもかと使って、極限まで甘く、濃厚に仕上げることこそが、パティシエとしての「誠実さ」であり、パトロンへの忠誠心だった。
今でもフランスの伝統的な焼き菓子を食べて「ガツンと甘い!」と感じるのは、あの頃の「甘さ=権力」という熱狂の残り香なんだろうなと思います。

日本の「甘さ控えめ」という、少し偏屈な美学

一方で、私たちの日本はどうだったのか。
実は、日本でも奈良時代には砂糖は「超高級な薬」として扱われていたし、江戸時代になっても将軍や豪商だけが手にできるステータスシンボルだったんです。
ここまではヨーロッパと同じ。

なのに、なぜ日本は「砂糖山盛りドヤ顔」の方向に行かなかったのか。
その鍵を握っているのが、どうやら「お茶」の存在らしいのです。

日本の「甘さ控えめ」のルーツを辿ると、そこには茶道の精神が色濃く漂っています。
茶道の世界では、あくまで主役は「お茶(抹茶)」なんです。
お菓子は、そのお茶の美味しさを引き立てるための「脇役」に徹しなければならない。

もしお菓子がヴェルサイユ風に「俺が主役だ!」と言わんばかりの激甘だったらどうなるか。
次に飲むお茶の繊細な香りが、全部甘みに塗りつぶされて台無しになってしまいますよね。
だから、お菓子側が自ら一歩引いて、甘さを「控える」。
この、主役を立てるための「気配り」としての引き算。
これが、のちに私たちが「上品」と呼ぶものの正体なのではないか。

「禅」が教えてくれた、成金のダサさ

さらにもう一歩踏み込んで観察してみると、そこには当時の日本人の、ある種の「精神的な意地」みたいなものも見えてきます。

江戸時代の中期。
町人の力が強くなってくると、彼らの間で「見せびらかす贅沢はダサい」という価値観が定着していきました。
これには「禅」の思想が大きく関わっています。
「何もかも削ぎ落とした先に本質がある」と説く禅の視点から見れば、砂糖を山盛りにするヴェルサイユ的な振る舞いは、いかにも成金的で品がない、と映ったわけです。

「高い砂糖をたっぷり使っている。でも、それをあえて表には出さず、口の中で淡雪のように消える微かな甘みとして表現する」 これこそが「粋(いき)」であり、教養のある大人の遊びである。 そんな、ちょっとひねくれた、でも最高にクールな美学が、「甘さ控えめ=上品」という文化の土壌を作ったのかもしれません。

和三盆という「奇跡の引き算」

そして、この「引き算の美学」を物理的に支えたのが、日本独自の砂糖「和三盆」の誕生でした。

8代将軍・徳川吉宗が「砂糖を国産化しろ!」と号令をかけたことで生まれたこの砂糖。
普通のグラニュー糖が「直球の甘さ」だとすれば、和三盆は「変化球の余韻」のような甘さを持っています。 口に入れるとスーッと溶けて、後味が全く残らない。甘いのに、潔い。

この砂糖があったからこそ、和菓子職人たちは「砂糖の量をただ減らす」というネガティブな引き算ではなく、「和三盆の繊細な質感を活かす」というポジティブな表現にシフトできた。
道具が文化を作る、というのはよくある話ですが、和三盆という存在は、まさに日本の「上品さ」を定義づけたガジェットだったと言えるかもしれません。

現代の私たちが選ぶ「甘さ」の意味

こうして「足し算のヨーロッパ」と「引き算の日本」を並べてみると、私たちがコンビニやカフェで何気なく選んでいる「甘さ控えめ」という言葉の重みが、少し違って見えてきませんか?

それは単に「健康のため」とか「ダイエット中だから」という実利的な理由だけじゃなくて。
かつてマウンティングの道具だった砂糖を、あえて「主役(お茶や、自分の時間)を引き立てるための脇役」として再定義した、先人たちの美学の恩恵を、私たちは今も受け取っているわけです。

「甘いほど偉い」という力強い上昇志向の文化も悪くはないかもしれない。
けど、私はやっぱり静かな部屋でお茶を淹れて、一歩引いた甘さの和菓子を愛でるような、
あの「引き算」の時間のほうが、落ち着くような気がします。

さて、そうなると次に気になってくるのが、その「引き算」の精神が、お菓子以外の場所……
例えば、私たちが毎日着ている「服」の中にどう隠れているのか、ということです。
「粋」という言葉で贅沢を隠した江戸の町人たちが、一体どんな駆け引きを「着こなし」の中で繰り広げていたのか。 次は、そんなファッションの裏側にある「お上との化かし合い」の話をしてみようと思います。

連載「甘さと装いの文化人類学、日欧「美意識」の衝突」
この連載は全4回で完結予定です。
仕事の調べ物から始まった問答の顛末は、下記の目次記事からご覧いただけます!

【総合目次】甘さと装いの文化人類学、日欧「美意識」の衝突

◀ 前の話:「砂糖=金」だった時代。マロングラッセを贈るのが「永遠の愛の証」だった訳
▶ 次の話:「粋」は幕府へのリベンジ? 江戸の奢侈禁止令が生んだ「隠す贅沢」

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