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尻子玉は架空の臓器です 〈雨女③〉

雨が5日続いた。
梅雨入りしたようだ。

散々抵抗したものの、今となっては晴れの日を待ち遠しく感じている。それは認めざるを得ない。試しに雨の日、あの店へ行ったこともあるけど、やはり彼女の姿はない。
ああいった類の存在を探すような心持ちでいることは、決して宜しいことではない。結果として肝試しと変わらない。特に夜中は宜しくない。
夜中は亡者や物の怪の時間だ。感受性を小さく絞りながら、気づかぬように過ごすべき時間帯を、ふらふらとあの世の女性の尻を——胸だけど、追いながら歩くのは、招かざる遭遇を招くことになる。
それに、彼女が故人であると決まったわけでもない。ただ、行けばいるだけの、一人だけ濡れた女の子だ。

また考えていた。こんな雨の日は、ほんとうに宜しくない。

と、思っていたところに、この河童はどこまでついてくるのだろうか。とっくに尻子玉なんて無くしているのに。
いや、きっと私が童貞なのがいけないのだ。尻子玉は結局のところ童心だ。昔の子供達は河童のおかげで大人になった。妖怪の類は皆そうだ。しかし私は呪いのように、童心のままだ。
そう考えてみると、童貞は関係なかったじゃないか。いらぬ告白をしてしまった。
ともかく尻子玉はない。この世に存在しないと知ってからは、この世からもこの身からも消えた臓器だ。
それは大人になる方法を一つ失ったことにもなるのかもしれないけれど。

「尻子玉はないよ」

「そうかあ」

河童はすたすたと帰っていった。
そして、すたすたと戻ってきた。

「なぜだ」

なぜだ、というのはどういうことだろうか。
最初からそんなものは無いのに。
さっきも言った通り尻子玉は架空の臓器だ。
ああ、河童には言ってないか。
でも、膵臓も脾臓も腎臓も脳も、直接見たこともなければ感覚もないので、実はありませんと言われる可能性ゼロではないし、 「失礼。実はこれが尻子玉でした、やっぱりありました」と医学会がみんなに頭を下げたなら、あることになるだろう。
まことに医学は不可解なのだ。
あればあっても良いので、誰か見つけてくれないかな。

それにしても、普通に隣を歩いてるな。
裸足に見えるけど、じつはドラえもんのように少しだけ浮いているとかあるのかな。
ぺたぺた言ってるから、それはないかな。
単に強靭な足裏なのかな。

さて、このまま家まで帰ってしまっていいものだろうか。
その時は、家にあげて茶でも出すべきなのかな。

「天狗かあ?」
と、河童が嘴をひらく。

「天狗ではないよ」
と、答えた。

「では鬼かぁ」
と、また河童が尋ねる。

「詮索が過ぎるよ」
と、答える。
幼な子の好奇心はきりがない。
河の童と書いて河童なのだし。

「わかった」 
河童はあっさりと帰った。
この素朴さが、河童のいいところだ。

どこかの飼い犬が河童に吠えた。
土手の方から、ちゃぷんと、音がする。
その後、こつん、と音がした。


石でも投げたか。


明日は晴れるといいな。


***

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