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境界線を、いったりきたり 〈雨女④〉

梅雨明けを待たずとも晴れ間はあり、晴れ間になると雨女は現れる。お久しぶりの晴れの夜だ。

蒸し暑さに、周りの空気と汗が混じって、むわむわする。
この流れる汗と、彼女の雨と何が違うのだろうか。
当然何もかも違うのだろうけど、違わない気がしている自分は、そろそろ間違え始めている気がする。

コンビニから少し離れた位置に、輝くもやが見える。

久しぶりだ。

彼女はいつも通り、晴れの日なのに一人だけしとしとしている。
しとしとしている彼女は静かに濡れて、そうして濡れているのからいつも通りの彼女だ。
晴れの日にこうして汗に濡れている私と何が違うのだろうかと思ったけど、こうして見ると全く違う。

いつも通りの彼女に対して、自分はいつも通りでいられない。会うたびに少しずつ、変わっていく気がしている。彼女の横顔を遠くからこうしてぼんやり眺める私はもう、半分くらいはこの世のものでないのかもしれない。
もっとも、ふたりが同じ場所にいるのなら、あの世もこの世ももないのかもしれない。
だけど、「お互いに見えるから同じ場所にいる」とも言えないし「見えないから違う場所にいる」とも言いきれない。結局どちらも居ないのかもしれない。見えるだけなら。

いろいろ混乱したこの考えがどう結ばれようと、居て欲しいと思うからこそ、こうして晴れの日を待ち侘びていた私の気持ちは確かだ。
これはいくら混乱しても否定されない。

居てよかったと今思う故に我ありだ。

彼女からすると、晴れた日は必ずこのコンビニに来ている男の人間。彼女はどう感じているのだろう。
そんなことを気にしている今の我はもう、やっぱりあちらの世界に片足くらいは突っ込んでいる。
居ると確信したがっている。

それにしても、あの雨は綺麗に光を集めている。

遠くからの姿は十分見た。
そろそろ近づいて、声をかけよう。

私の妙な心配をよそに、彼女はいつも通り、私にホットスナックをねだった。
小さな子供が親にねだるように、ごく当たり前に目的の商品名だけを告げた。
そして私も当たり前に買って渡した。

当たり前であることが、いつまで心地よく感じられるだろうか。そんな心配を、現世の誰かに対してならきっと抱いたのかな。
でも彼女には、きっと当てはまらなくてよかった。

なにしろ彼女は幻のようなもので、その中にどのような思惑や感情の移ろいがあるのかは私にとっても、この世の誰にとっても測れるものではないから。

彼女はいつでも、いつも通りなのだ、異様なほどに。
淡々とホットスナックを口にして、淡々と消える。

よくないかもしれない。
彼女がこの世のものでないことに甘えているのかもし」ない。

いつも同じ、機械のように同じ、村人Aのように同じ、私は傷つかない。

今日もいつも通り、アメリカンドッグをにぎってもじもじしている。

もじもじしている。

「久しぶりだね…」

あれ、反応がいつもと違う。

「向こうから、ずっと見てたでしょ」

気づかれていたのか。

あの距離からでもわかるのか。
この世のものでない者がもつ能力なのか、それとも、私から何かが出ているのか。

こんな私が何を持つというのだろう。
それとも、なにも持たないからこそ彼らから見えやすいのだろうか。

「待ってたから、わかるよ」

待ってたからかあ。

私が来る方を見てたのかあ。
見ようとしてくれてたのかあ。

私を見てくれてた。そして私も彼女を見ていた。
今、彼女は確かにそこに見えている。濡れた彼女のTシャツは透けている。けれど、彼女の身体は透けたりもせず、確かな肉感を持って私の視線を受け止めている。
顔はまだ、見れないけど。
首から上に、目線を動かせない。
何かが、止めている。
こわいのだ。


「胸見るのはいいけど…食べるところは見ないで」

なるほど。それは、顔よりも大切なことだ。
しかし言われなくても、彼女のような存在がこの世のものをどうやってその淡い身体に取り込んでいるのか、その境界線を見る覚悟はまだ持ち合わせていない。

私こそ、取り込まれてしまっても、食われてしまっても、おかしくはない。


あ、胸見るのはいいんだ。

それほど、見られたくはないということか。
境界を見られるくらいなら、恥を捨ててでも胸の方がいいというのか。

彼女の存在に関わる中核となりうるものを、他の存在に知らしめるのは、雨女という現象の存亡に関わる問題といえるだろう。

今日こそはと、顔を見るように心に決めていたことを見透かされていたのかもしれない。

「食べるの下手だから、恥ずかしいの」

胸より恥ずかしかったのか。

雨の降る中で何かを食べたことなどない私には、測ることのできない難しさがあるのだろう。
不憫に思うのは足元を掬われてしまいそうだが、それでもやはり、不憫になる。

胸はいいのか。

許された関わりに縋るように私は自然をその胸に向ける。
下心がないと言えば嘘になるのか、下心と呼んでいいのかも分からないこの心境は、むしろ幻になって忘れてしまうのか。

ぽろぽろと衣が落ちて、彼女の濡れた胸元に張り付いた。

私の視線も自然とそこに張り付く。
そのはしたなさが、より私の心を乱していった。
しかし、胸はいいのだ。
この目に焼き付ける。
もういい、下心だ。


その視線に気づいたのか、細い指が、衣をぴんと払い落とした。


「やっぱ胸もだめ…」


大丈夫だ。

まだ脚がある。

「はい!これ!」

…あ、はい、捨ててきます。



***



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