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神話 〈雨女⑫〉

ざあざあと雨が降る。
雨が降ると、雨女は現れない。

雨乞いをしたって、彼女に会えなくなるだけではないか。
コンビニ店員の言うことが正しいなら、河童のしたこの雨乞いは、むしろ雨女とわたしを引き離している。

あんなに恥をかかせておいて、結局これか。
恥のあまりに膝をついたのは、生まれて始めてだ。
おかげで膝はもうびしょびしょだ。
まだ立ち上がれない。
雨の中、膝をつく男。
踊りをやめない河童。
情報量が多すぎて、ドラマチックなのかどうかもわからない。

この河童はもちろん、私と雨女の仲を取り持とうとしたのだろう。
だけど、そこに雨という、彼女が現れな得ない状況が現れた。

流れから考えると、わたしは——

ふられたことになるのか。

それが、雨乞いだというのなら、私の恥と傷心が生贄になったということだ。

昔から雨乞いは、河童がするものだ。
すると、私が雨女と呼んでいたものは、雨乞いの受け手、つまり、故人でも霊でも妖怪でもなく、水神ということになる。

私は、無償でからあげクンを、アメリカンドッグを、フランクルトを与えた。
彼女に供物を捧げ続けた。何度だったか覚えてはいないが、儀式には十分な回数だったのだろう。

そして、神と目を合わせ、その雨を口に受け、その肉を、許しを越えて、見た。

そして、仲人から今、肉の求めが代弁された。

やめてと言ったが、河童の言葉に嘘だとは言えない。

そして、私はふられた。

ふられると降られるなんて、言霊もなかなか意地が悪い。古から、詩歌しいかはダブルミーニングどころか、幾重にも意味を重ねるのがお得意だ。

降らせるための条件が揃ってしまったということか。

空梅雨からつゆに、雨が戻るのは、この国にとってはありがたいことなのだ。私一人の傷心でこの米不足が解消するなら安いものか。

せめて相手が彼女でなければよかった。
雨は天のもの、天のものと、直接つながる彼女と、つながれなかった私。
たかが傷心。しばらく、泣けば済む話だ。

河童が踊りながらこちらへ来た。

「おい、なぜ見たんだあ」

抉ってくれるなよ。
太ったと聞いたから、ではない。つい、見たのだ。ではなぜ、つい。

「なぜ見た」

つい、無意識に。

「なぁぜ、見たぁ」

無意識は、なんと言っていた。

「どうして、見たの」

どうして見てしまったのか。

「タイプ、だったから」
かな、
きらきらした雨が、細い肩が、雨に濡れたTシャツのむこうから顕れるそのカーブが、好きだった。
だから見ていたかった。

「顔は?」

いや、普通に、すごく好きでした。初めて見た時、今まで見なかったことを悔やみました。長いまつ毛が雨を受け止めてるところ、頬を綺麗に雨が伝っていくところ、ぽつりぽつりと雫を垂らすその小さな顎、そして私と目を合わせたままのあの時間。たいへん好きでした。

「あとは?」

欲張るなあ。んー。

「もうないの?」

んんー。

え?

「おめえ全部喋ってるなあ」

え?

雨は止んでいた。

目の前には、座り込んでこちらを見ている雨女。

「…どう?」
彼女は立ち上がった。

なにがだろう。

「おなか、どう?」

見ていいのか、膝をついている私の目の前に、彼女のお腹がある

「見て」

唾を飲み、目線を、落とす。

心なしかスッキリしている。

「え、痩せた?」

雨女はわらう。

「よし!」

何がよしなのだろうか。

得意げな顔。

あ、達成感? 
あああ、痩せたのは、そういうことか。

「疲れんだぁ、雨乞いはよぉ」
河童が嘴を尖らせる。

「だって、降らせないと、減らないんだもん」

コンビニ店員は、傘を片付け始めた。

雨女は、私を見る。

「いいよ、余分に降らせたから」

河童も、私を見る。

「あと、わかってんな、はんにゃとうだぁ」

「ああ、それとなぁ」

私は、カップ酒をひとつとり、レジに向かう。

「からあげクンひとつと、あと」

「701番ですね」

店員が答えて、ポケットから、ライターを出して、私を見る。

私も、店員を見る。

店員も私を見る。

そうだ——
「あだ名、ですか?んー」
店員は間を置いて、私なりのですがと前おいて、
「『考察くん』ですかね」
と、言った。やはり冴えない。
冴えないどころか、いちばん刺さるやつだった。

この店員はサトリだったのか?
ここに人間はいなかったのか。
「いやあなた、ほとんど全部喋ってますよ」

そんな馬鹿な。俺がサトラレだったのか。
これは、本当に気をつけよう。
え、そんな馬鹿な。

河童に酒と煙草を手渡す。ライターも。
もういい、河童にも聞いてしまえ。
「おめぇのなまえぇ?ああ、なんて呼んでっかききてぇのかぁ。あぁ『人間の兄ちゃん』だなぁ」

河童らしい。

彼女に、からあげクンを手渡す。
もう、聞いてしまおう。
「え?あなたの名前?教えてくれるの?ああ、なんて呼んでたか?うーん『見てくれる人』かな。ほら、お腹、もう一回見て」

誇らしげに笑う。
やめてほしい、本当に可愛い。

コンビニ店員と呼び、河童と呼び、雨女と呼んだ彼らは、それぞれ私を見ていて、私も彼らを見ている。
私の考察も、童貞特有のファンタジーでしかないのかもしれない。それ以前に彼らは居て、私も居て、コンビ二はここにあり、河童は酒を飲み、店員もタバコを吸いにやって来て、雨女はこちらを見て、顔を赤らめている。

あ。

「童貞だったんですね」

店員が笑った。
河童はにやにやして、雨女を肘で突いた。

そろそろ、皆の名前を聞かなければ。

彼女の返事を聞くのは、その後だ。




***


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