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結婚記念日を祝わなくなった理由

こんにちは、みほです。
我が家は、もうすぐ結婚記念日を迎えます。

それにちなんで、夫婦の気づきについて、
今日から数本書いてみようと思います。

私たちは、今年で結婚10周年。
10年って、何か名前があったよなぁと調べてみたら、出てきました。

「錫婚式(すずこんしき)」や「アルミ婚式」と呼ばれ、10年の節目に夫婦の絆を再確認し、錫のように柔らかくしなやかで美しい関係を祝う日

らしいです。
Google AIモードで教えてもらいました

検索結果には、
「結婚10周年 お祝い」
「結婚10周年 プレゼント」
と、華やかな言葉が並びます。

ですが、私たちは毎年、特に盛大なお祝いはしていません。
「おめでとう」「ありがとう」と言い合うだけ。

最初からそうだったわけではありません。

結婚した頃の私は、
誕生日や記念日を盛大に祝いたいタイプでした。

結婚式のDVDを見て、ディナーにプレゼント、
記念日のケーキまで揃えたい人だった。

でも、夫は記念日に無頓着。
そもそも多忙すぎて、
誕生日や結婚記念日を意識して暮らすことができない人なんです。

勝手に期待していた私は何度もがっかりし、
喧嘩に発展したこともありました。

祝わなくなったのは、最初は諦めでした。
期待しても無駄だな、って。

理想どおりに動いてくれない夫に、
何度もがっかりして。

私はずっと、「理想の夫像」を握っていました。

記念日を覚えていて、
サプライズがあって、
私の気持ちを察してくれる人。

多分、私は夫のことを、
「私を幸せにしてくれる人」
「私のいうことを聞いてくれる人」
みたいに思っていたんだと思います。

でもそれは、“私の理想”であって、
目の前の夫そのものではなかった。

産後クライシスでぶつかり合ったこともありました。
それでも歩み寄ろうとしてくれたこと。

そして、突然の夫の事故。

幸い命に別状はなかったけれど、
元気で隣にいてくれることが、
どれほど奇跡みたいなことかを知りました。

あのとき私は、
「祝われること」より、
「一緒にいられること」のほうが、
ずっと大事なんだと気づきました

理想を下げた、というより
捉え方が変わったのかもしれません。

私を幸せにしてくれる人、ではなく、
一緒に人生をつくる人

そう思えるようになってから、
記念日は静かになりました。

でも、不思議と、前より仲はいいです。

だから私たちは、特別なことはしません。
「おめでとう」と「ありがとう」を言うだけ。

それが、今の私たちの“ちょうどいい”です。


夫婦は、きっと同じ形のままではいられない。
その話は、また次の記事で🌿


最後まで読んでくださって、ありがとうございました!

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