「書く」と「休む」の“あいだ”で、生まれたもの
noteが書けない。
毎日書いていたのに、まったく言葉が出てこない。
そんなとき、ありませんか?
先日、私も立ち止まって、こんな記事を書きました。
ありがたいことに、たくさんのスキをいただきました🌿
ありがとうございます。
有料noteに挑戦したあと、
どこか一区切りついたような気がして、
しばらく筆が止まりました。
最初は焦ったけれど、
「この“書けない時間”を、大事にしてみよう」と、
受け入れることにしました。
今日は、書けない時間に私がしていたことを綴ります。
どれも小さなことだけど、心がじんわり整っていった時間でした。
🍳 久しぶりに、作り置き料理をした
noteを書く時間を確保するために、
これまで慌ただしくやっつけで作ったり、
買って済ませたりしていた料理。
ただ野菜を切って、煮る音を聞いて、
香りを感じているだけで、
なんだか心の中のほこりが落ちていくようでした。
生活が整うと、心も整う。
文章を生み出すのも、料理をするのも、
素材と向き合うことは同じだなって感じました。
🎞 溜めていたアニメを見た
「こんなにのんびりしていいのかな」と思いながらも、
子育てが始まって数年、後回しにしていたアニメを見ました。
『青春ブタ野郎シリーズ』も、そのひとつ。
キャラクターに自分を重ねて、
セリフに泣いて、笑って、
自然と、「この気持ちを書き残したい!」と思った。
心が動くとき、言葉も自然と動き出すんですね。
☀️ 規則正しい生活をした
子供と一緒に寝て、
朝、自然と目が覚める。
特別なことをしていないのに、
体の調子が整うと、
心まで整ってくる。
書けないときは、
“書く以外のリズム”を整える時間でした。
🌼 子どもと、ちゃんと遊んだ
noteのことを一度忘れて、
子どもと公園で全力で遊びました。
これまでは、いつも頭の片隅で
創作のことを考えていて
子供と一緒にいても上の空でいることが多かった。
笑って、転んで、
「いま、この瞬間」にちゃんといる感覚。
その時間が、
私の心の栄養補給になりました。
💻 仕事を、きちんとやった
今までは「早く終わらせてnoteを書こう」と
思っていたけど、
一つひとつの仕事に、丁寧に向き合ってみました。
すると、不思議と満たされたんです。
今の仕事は、自分にできることで、
誰かの役に立てる。
それも、私の土台なんだなと気づけた。
“noteを書くため”に生きるんじゃなくて、
“生きること”の中にnoteがある。
そんな感覚を、ようやく取り戻せた気がします。
📚 読書をした
積読していた、『思考の整理学』を読みました。
その中に、「思考の醗酵」という概念が出てきます。
書けなかったのは、
自分の中で、まだ納得できる考えや、
伝えたい想いが
できあがっていなかっただけなんだと気づきました。
種は確かにある。
だけど、急いで形にすることよりも、
心の中で静かに“醗酵”させる時間が
必要だったんです。
毎日noteが書ける人は本当にすごい。
でも、立ち止まる日があるのも、
自然なことだと気づけました。
🌿 中庸=ちょうどいいの視点で見えてきたこと
中庸は、極端に走らず、あいだを歩く知恵です。
「書く」と「休む」
「生み出す」と「熟す」
そのどちらも、大切なリズムの一部でした。
立ち止まることも、
実は前に進むための時間。
焦らず、比べず、
自分の呼吸を取り戻す。
それが、“ちょうどいい”に
つながっていくんだと思います。
🕊️ 最後に
もし今、noteが書けなくて
立ち止まっている人がいたら、伝えたい。
書けなくても、大丈夫。
それは“書くための沈黙”かもしれないから。
思考が醗酵する時間を、
安心して過ごしてほしい。
そしてまた、きっと書きたくなる日が来る。
そのとき、きっと少しだけ、
まんなかに近づいているはず。
今日も、“ちょうどいい”を探してる🪴
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