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飲み屋の暖簾の義侠譚

その頃あっしは飲み屋の暖簾をやっていた。あんな店は初めてだったねぇ、椅子が一脚もねえんだ。客は皆んな立って呑むんだ。早い奴は酒一杯だけ引っ掛けて帰っていく。軽いアテと冷たいビールや酒や焼酎があった。懐の寂しい男たちには持ってこいの場所だった。
女店主が切り盛りしててな、息子と訳ありの女の子を育てていたんだ。
気風のいい女の料理はちょっとしたもんでな、客あしらえも上手くていつもカウンターは男たちで隙なく埋め尽くされてたよ。

そんな場所でまさかのアイツと出会ったんだ。妖刀『八丁念仏団子刺』だ。前に会ったのはその昔、雨の止まねぇ川の渡しの宿屋で暖簾をやってた時だ。止まねえ雨に皆んなイライラしてな、そんな時に雨を避けて駆け込んだ町娘にちょっかいを出した渡しの人足が、若い浪人が躊躇無く放った小柄で瞬殺さ。その時の本差は間違いなく団子刺だった。団子刺とはあっしは初めてじゃなかったからねぇ。過去に何度かすれ違った。だからあいつもあっしを憶えていた。でもその時にゃ、すぐに男と女とともにすぐに宿屋を出て行っちまった。

ありゃ、強え刀だ。でもその浪人に完全に使われていた。かなりの使い手、かなりの修羅場を若いくせにくぐってきたにちげぇねえ。人を斬るにゃ才能が要る。人を殺すにも才能が要る。修羅場を重ねりゃその才能は磨かれる。
でもな、考えてもみなよ。あの浪人の生きた時代はその気になりゃあ、いくらでも修行の方法がある。でもな、この平和な時代に呑気な立ち飲み屋で団子刺を従えるまだ中年前の男に出会ったんだ。なんだか不思議な気がしたねぇ。なんだか時代を勘違いしてボケちまったかと思ったよ。
客の居ねえ、昼過ぎの静かな店で話をしていたよ。


今ではヒデの子分のようになった智が今日はこの団子刺の持ち主である医大教授であった祖父西野仁志を連れて来ていた。西野がヒデに相談したいことがあると言う。
「爺さん、ご無沙汰してる。今日は団子刺を研ぎ上げてきたから返すぜ」
「いやいやヒデさん、その刀は孫の智に伝えたように貴方に差し上げたものだ」
「それに、」と言いつつ、今日の京都からの訪問の主旨を話し出したのであった。

それは西野の旧知の友人の話だった。今じゃ珍しくもないのかも知れないが、中学に通う孫娘がネット上の性犯罪に引っ掛かったのだ。お嬢さん学校に通っていた娘は若い教師に恋をして、その教師が悪い奴だった。と言ったって首謀者じゃない、ただの悪の手先なのである。その小悪党は孫娘の顔写真を使ってディープフェイク技術で裸の写真を合成して金稼ぎをし、挙句の果てには金を要求して脅してきたんじゃ。でも、その前に孫娘は自殺未遂を起こして気が変になってしまった。
そこで商品価値は無くなって、孫娘は打ち捨てられてしまった。
警察に相談しても証拠は上がらず、ネットの写真は流れたままどうしようもできないと言う。問題の教師はすべてを知らぬ存ぜぬで無罪放免だった。


そこから再び暖簾は語り出した。
こんな社会が現実なのさ。上手くやりゃあやったもん勝ち。金で全ては封じることもできる。それは昔も今も変わりゃしねえ。お上にしたって、警察にしたって強く出れる相手にゃ強ぇえが、相手によったらからっきし意気地がねえもんな。正義ってもんはもっと分かりやすいものじゃなきゃ、ならねえんじゃねえかな。

黙って聞いてたヒデが口を開いた。
「爺さん、そんじゃこの団子刺、もう少し拝借しとく。それから、ちょいとの間、智を借りてもいいかな」
「もちろんじゃとも、智はしばらくこっちに通わせるから」
智はヒデに目を合わせニコニコと笑っていた。

ヒデは頭の中で何かを構築していたんじゃろな。
マルに声をかけて、「太郎が帰ったら教えてくれ」と言っておったわ。
マルの一人息子の太郎は不登校中に独学で学びハッキング事件を起こすほどの技術を持っていたんじゃ。そして、太郎にはホワイトハッカーとしての素質が備わっておったんじゃ。

カウンターの向こうでメイがジッと話を聞いておった。きっと自分の過去を思い出して同じ歳の孫娘と重ねておったんじゃろう。
メイは両親とも目の前で殺されておる訳ありの娘じゃ。父は医師であり、もとは西野の門下生じゃった。しかし血に流れる狂気が臓器売買に結び付き、地下で不法入国の女たちに子を産ませてそれを解体して売買し、その女たちも最後には同じ運命を辿らさせられた。メイの母親は自身を母とは名乗らずに地下でメイを厳しく育て、狂気の夫の助手となり人間の解体作業を手伝っておった。
ミャンマー出身の母親は女性ながらミャンマーの国技ラゥェイの名手、メイはそれを引き継いでいるとても強い、正義感も強い15歳の女の子じゃ。

これでこっちの役者は揃いおった。
ヒデが何かをおっぱじめるようだ。
長く暖簾をやっておると、こんなことに出会うことは少なくはなかった。
不思議じゃがもうこの時点で流れる方向は分かるんじゃ、あとはどう仕上げるかを見届けるだけじゃの。

でもなぁ、過去・未来・現在と一枚のあっしが三枚の暖簾に分かれて同時に始まる何かを見なきゃいけねえみたいだ。パラレルワールドなんて言葉をここのヒデは使っておったが、魔物の住みついた刀と付喪神の暖簾にゃ時空なんて関係ねえからな。
でも魔物と付喪神だけじゃねえ、「血」はそれ以上だ。
血はいつまでも続くんじゃねぇ。


※『暖簾の義侠譚』シリーズです


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