2026年2〜3月メキシコ(時々アメリカ)滞在記⑨サンタフェ一人旅編(2)
前回サンタフェ1日目キャニオンロード散策編はこちらから
泊まっていたホテル、壁が薄く隣や上の階の足音などが気になるし、初めての場所ではたいていよく眠れないのに私にしては珍しく安眠。
が、しかしポタポタと響き渡る水滴の音で明け方目を覚ます。
おそらく上の階の人がシャワーでも浴びているのだろうと思ってそのまま二度寝。次は自分でかけていたアラームの音で起きて、まだぼーっとしながら洗面台のところへ行くと床が滑る。
あれっと思い、メガネをかけるとまさかの床が水浸し。スリッパを履いていたから足が濡れず気づいていなかったが、かなりの広範囲に水が溜まっていた。

水を止め忘れたのかなと思ったが蛇口は閉まっている。次にシャワーやトイレを確認するが異常なし。なのに床が水浸し。ホラーである。
よくよく耳を澄ませてみると、天井から水の滴る音がする。音のある方を振り向いてみると、浴室の天井からなぜか水が落ちていた。明け方、上の階のシャワーだと思った音は自室からの水漏れ音だったようだ。というか、上階のシャワーの水が下に落ちていたのだと思う。
とりあえず、昨夜使ったバスタオルで床の水を拭くが全然足りない。もったいないが、未使用のタオルを全部使って水を吸わせてトイレへ行く導線を確保。
しばらく様子を見たが引き続き天井から水が落ちてくる。いったん外に出る支度をし、ホテルの朝食を食べに行くついでにフロントで相談することにした。案の定、担当者を呼ぶから食べて待っててくれと言われたため朝食へ。

手前のスクランブルエッグはどうやったらこうなるのか?
と疑問に思うレベルでボソボソパサパサだった
が海外では卵をしっかり加熱しないといけないことを思い出して納得

ホテルのレストラン
名前がSocial(社交)だったため
気が引けてしまい朝食しか利用していない

色彩のセンスが良い

ここでは常になにかが壊れている
朝食を食べ終わってフロントで声をかけると管理担当のマネージャーが待機していたため一緒に部屋へ向かう。
水漏れを確認すると、「これはダメです。部屋を変えましょう」ということになった。新しい部屋は後で知らせるから移動の準備をしていてくれとのこと。
これで2度目の部屋換えである。やれやれと思いながら荷造りをしていると部屋の電話が鳴る。日本でも電話は苦手で出たくないし英語の電話はもっと嫌だ。ビビリながら仕方なく出てみる。
「ハロー」と言ってみると、フロントからだった。水漏れによる部屋換えの件、新しい部屋は「コネクティングルーム」でも良いか?と聞かれる。
隣の部屋と繋がった間取りなのかな、1人でそれを使えるなら問題ないがどういうことだろう、などと考えながら「コネクティングルーム?」と私がリピートすると、「もっとプライバシーの守られた部屋の方がいいですか?」と聞かれる。
他人と「コネクティングルーム」をシェアするって意味だったか、と理解。ありえない。冗談じゃない。
「あ、そうですね、プライバシーが確保された部屋でお願いします」と伝える。すると、「ダブルベッドが2つのクイーンルームでもいいか?」と言われたから「それでまったく問題ありません」と答える。
クイーンルームは私が予約し料金を支払ったダブルベッド1つの部屋よりも高額なはずだ。最初は他人と部屋をシェアというありえない方法でケチられそうになったが、ちゃんと確認して自分の希望を通したことで実質無料でアップグレードしてもらったことにニヤリとほくそ笑んだ。
アメリカでは要求は言ったもんがちみたいな文化があると思う。2回も部屋替えになったのはホテル側の落ち度だし、ダメ元でいいから無茶振りをしてみてよかった。
最後に「部屋番号は◯◯だが、荷物を運ぶ手伝いは要るか?」と聞かれたが、大した荷物はなかったし、運んでもらうとチップが要りそうだったため「いや、大丈夫です。どーも」というようなことを言って切る。
あれ、英語での電話、別にそんな怖くなかったな、と思う。日本では「大変申し訳ございません」と何度も大袈裟に言われてリアクションに困っていただろうが、ここではむしろあっさりさっぱりしていて変な気遣いをされることもなく楽だった。
水漏れ事件からの部屋替え騒動で大幅に時間を取られ計画が狂ってしまったが、そもそも思い通りになんてならないのを前提にしておけば大丈夫。
気を取り直して外出。


なぜか軽井沢を思い出す


戦争関連なのか?
これはなにを表しているんだろ


せいぜい街の中心地にちょこっとあるだけだろうと
これまでの旅行経験から推測していた

街の郊外に行ってもずっとこの統一感が続いていて
本当に美しく素敵な場所だった

サンミゲル教会
ちょうど開く時間に到着した

サンタフェの街が作られた直後、スペイン人たち
によってメキシコから連れてこられた先住民
に作らせたというのが最初の建設

プエブロ系先住民の反乱等により破壊
数度の再建と増改築を経て現在の形になったという

日干し煉瓦のブロック

ちなみに「アメリカ最古」というのが
どうも胡散臭く感じられたため後で
調べてみたのだが、建物として現存している
ものとしては本当にアメリカ合衆国で最古らしい
南北アメリカすべて含めると数年前偶然訪れた
プエルトリコのサンファンにある教会が1528年で優勝

使用され、癒しの効果を持つという
伝統的に使われてきたチャーム
いろんな形や素材がある
MIRAGROはスペイン語でミラクル
奇跡や驚きを意味するとのこと

この子たち、後から来た私になぜか受付の順番を
譲ってくれたりとても礼儀正しかった

主祭壇の後ろにある装飾
1798年当時のものが残っている

アメリカ最古であり、1356年に作られた
という有り得ない説
(コロンブスがサン・サルバドル島に
到達したのが1492年だから
普通に考えておかしい)
が話題となったが、14世紀にヨーロッパ
で作られたのが持ち込まれた説も含め
20世紀になって研究が進み、
1856年のものであることが証明された


私の歴女魂が疼きっぱなし
ファイルを長時間独占して
鼻息荒くこんな写真を30枚以上取ってしまった
アステカ、インカ帝国の領土は別世界
アメリカ北西部からこのあたりの地域
を通ってメキシコ中部まで同じ系統の文化圏
これを見ると歴史的な背景からも
メキシコは北米なんだなと納得がいく

プエブロ系先住民たちの分布図
昨日アルバカーキからサンタフェに来る
時のバスで通ったのがちょうどこのあたり
約1000年以上前からアドベ(日干し煉瓦)の
家に住み、厳しい乾燥の環境の中で
トウモロコシ、豆、カボチャなどを栽培し
農業を営みながら独自の文化と社会構造を維持している
アパートのような集合住宅を構えていたことから
16世紀にスペイン人によって「村」や「町」
「集落」を表す「プエブロ」と名付けられた
(全然関係ないが私の推しナバホは侵略部族
であり、プエブロ系部族にとっては
伝統的に敵対関係にあったという)

これいつまでも眺めていられる

萌え〜ww
というわけでだいぶ長い時間資料にかぶりついて好奇心を満たしていたので他の観光客からは研究者かなにかかと思われたかもしれないが、私はただの歴史好きな素人である。
外に出るとすぐ近くに「アメリカ最古の家」がある。

鍵がかかっていた・・・
諦められず見に来た他の観光客に声をかけて
「グーグルマップ上では開いてるはずですけど
どうしたんですかね?」と聞いてみるが
みんななぜ閉まっているかわからない
「誰か寝坊したのかもね」などと言って解散

胡散臭いなと思ってやはり調べてみた
ここに関しては先ほどのアメリカ最古の教会とは違い、
スペイン人入植者が辿り着く前から存在していたという
「伝説」があるのみではっきりした証拠はない
20世紀になってからの調査で、この建物の大部分は
スペイン植民地時代のものだが、一部はそれ以前の
先住民による建設だったかもしれないとされている
残念だがドアの中に人がいる気配もないため次の目的地へと進む。


民芸品を売る店がたくさんある

次もまた教会だが、ここもまた面白い背景のある場所だ。

1852年布教活動のため移り住んできた
修道女のための学校が作られるが
それに伴って建設されたのがこの礼拝堂だった

とても不思議な現象が起きている場所

答えは数秒後・・・

実はこの33段の階段、全重量が床で支えられていて
鉄や釘が一切使われていない
以前は聖歌隊席と1階を行き来するため
普通に使われていたらしいが、
現在は保護のため使用禁止
今の技術では再現不可能と言われているが、
それでも支柱のないまま140年もの間
存在し続けており、各地から来た建築家たち
のうち誰もこの謎を解けた人はいないとのこと

ステンドグラスの美しさも印象的だった
この日もあまりに濃すぎたためいったんここで一区切り
