CFダム(Club de Fútbol Damm):ビール醸造所が設立した、フーベニール年代の名門クラブ
CFダム

Club de Fútbol Damm
設立年:1954年
ホームタウン:バルセロナ, カタルーニャ州
スタジアム:Camp Municipal de Futbol Horta
フーベニール年代における、バルセロナの名門クラブ

スペイン・カタルーニャ州のバルセロナを拠点とするフーベニール年代の名門クラブといえば、誰もがFCバルセロナを思い浮かべるだろう。「ラ・マシア」の名前で知られる育成機関はこれまで数多くのタレントを輩出してきた。しかし、バルセロナという都市を代表するフーベニール年代のクラブは他にも存在する。その筆頭格といえるのが、バルセロナの最北端ノウ・バリス地区を拠点とするユース専門のクラブ、CFダムだ。
そもそも、FCバルセロナがユース年代に投資し、将来的に「ラ・マシア」を創設するきっかけとなったクラブがこのCFダムだった。1971/72シーズン、フーべニール年代のカタルーニャ州カップ決勝で、FCバルセロナのユースチームがCFダムに敗れたのだ。そのことに危機感を抱いた当時のFCバルセロナの会長が、ラウレアーノ・ルイスをクラブに招聘したことが「ラ・マシア」創設の第一歩となったのである。(因みに、当時のCFダムのフーベニール年代はカタルーニャ州内のリーグ戦のチャンピオンで、スペイン選手権でも準々決勝にまで進出するほどに強力だった。)
CFダムが輩出したタレントたち

CFダムの魅力を語るうえで欠かすことができないのが、同クラブが輩出したタレントたちだろう。とくに近年は、FCバルセロナに数多くの逸材を送り出してきた。ユース時代にはリオネル・メッシと双璧を成すタレントとして知られたビクトル・バスケスを筆頭に、セルヒオ・ガルシア、ケイタ・バルデ・ディアオ、カルレス・ペレス、アダム・アズノウそしてマルク・カサドといった選手がCFダムから「ラ・マシア」へと移籍した。
また今夏にRCDエスパニョールからFCバルセロナへと加入したGKジョアン・ガルシアもCFダムのユースで4年に渡って活躍した。またエスパニョールとビジャレアルCFのレジェンド的存在であるジェラール・モレーノも、サッカーキャリアをスタートさせたクラブはCFダムだった。歴史を遡れば、レアル・マドリードCFとFCバルセロナの両クラブでプレーしたダニ・ガルシアもCFダムでプレーした。
2023年には現在FCバルセロナのユースでプレーする西山芯太が加入したことで日本でも話題となったCFダム。逸材を発見し育成する能力にかけては、カタルーニャ州内屈指といっても過言ではないだろう。
「プロチーム」を持たない、ビール醸造所のクラブ

アルザス人のアウグスト・クエンツマン・ダムが創業したビール醸造所エストレージャ・ダム財団によって1954年に設立されたCFダムは、先述した通り、いわゆるプロチームをもたないユースサッカーに特化したクラブで、6歳から18歳までの年代の選手がプレーする。1967年にはコパ・デル・レイ・フーベニール決勝へ進出するなど数多くの成功を収め、各年代を合計するとリーグ戦では39、カップ戦では24のタイトルを獲得した。
2014年には女子チームも創設され、2018/19シーズンにはカタルーニャ州のチャンピオンに輝くなど、CFダムはカタルーニャ州のユース年代における強豪の地位を長期に渡って確立している。アントニオ・カレーラが初代会長を務め、フランセスク・バルコンス、アンヘル・ロドリゲス、アントニオ・ギウといった面々が職を引き継いだが、クラブ史を代表する会長は間違いなくジョゼップ・バルコンスだ。
クラブ史を代表する会長、ジョゼップ・バルコンス

ジョゼップ・バルコンス(Josep Barcons Godes, 1930-2026)は、1969年にクラブの会長に就任すると、2011年にラモン・アヘンホに引き継ぐまで40年近くに渡って同職を務め、その後はクラブの名誉会長も務めた。同氏は1955年にダム社に入社。CFダムの連盟代表になると、父のフランシスコ・バルコンスとともに創設委員会のメンバーとして創設されたチームを率いた。(ジョゼップ・バルコンスは、2026年1月4日に95歳で逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。)
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