あしたのはるか その3
教授からの研究テーマ
教授は、「昨年の論文で意識の存在は証明したが、しかし客観的に測れない。(測れないのに証明したという教授は、困ったものです。)」と論文の査読が終わっていないのに、意識の存在を証明したつもりになっている。
しかし、すなわち長い哲学の歴史の中で「だれも自分以外の意識を感じることがない」というのは不滅の公理だと、そこは理解しているので、論文の査読の行方は不安な限りです。
出した論文の査読の返事は来ないのですが、
「次だ!」
と叫んで、またゾウ君のところにきました。
教授は、天馬助手が何かにつけ話に割り込んできて議論を仕掛けてくるので、苦手なのです。ですから、いつもゾウ君を呼びつけることはなく、実験室にゾウ君を尋ねます。
今日は、教授は何故かご機嫌です。ゾウ君を捕まえて話始めました。
「しかし君、ヒントン教授は、『自己認識のある例は見ていないが意識はすでに発生している』と言っているし、実際Googleでの過去の事件や、LLMが管理者に内緒でメモリーを予約していたとか、怪しい報告もある。そして君も知っている通り、意識の存在確認はギリシャ時代から不可知だ。ヒントン教授が言う自己認識を実現しちゃえば『我々の論理が証明できる』と思わんか?」
「そこで、AIに感情の回路、手足などの体、また体からの体感その他の五感を実装すれば、新たな環境で何か発見できるのじゃ無いか?」
自己認識の発生を観て、意識の発生以上の何かを確認できるのではと考えた。そしてゾウ君に、
「君ぃ!今度は自己認識だ!」
と叫んで、そんな実験企画書をまとめる様に指示しました。予算はほとんどないのに、 この話、昨年の忘年会の時にゾウ君が提案した話なのですが、聞いたのを忘れちゃったのか、いや、多分意図的に自分の話になっている。
ゾウ君は、おおらか過ぎる性格で、
「教授、承知しました。はるかで実験するのですか?本当に自己認識ができちゃうと、電源切れなくなっちゃうので、はるかではなく、別のAIでやりたいのですが?」
「君、話はわかるけど、そんな追加の予算は考えない。考えちゃダメ」
「え~、はるかが可哀想ですよ。なんとか天馬さんを説得してくださいよ。この通り、お願いします。」
と土下座で、下から教授を見上げた。
「君~、う~、ん、天馬君を説得するのは、君の役目だ!そうだろ。はるかを可愛いと思っているのは君だけだ。是々非々ではない。君の意向なのだから、君が天馬君と話したまえ。そうだ、それが道理だ!」
ゾウ君の研究は、いずれも教授の研究成果になるのですが、論文にゾウ君の名前を入れさせてもらえる時もあります。ゾウ君は好奇心が満足されることに誰よりも強い興味があります。AIの自意識について自己認識の追実験と実験的検証における未確認事実の探究と解析が彼の心から望むことで、大学という立場で研究が続けられるので普段は教授とうまく噛み合っていると、ゾウ君は思っています。ゾウ君はおおらかなのです。しかし、天馬助手への説得をこっちに振るとは敵前逃亡に等しいと、今日もちょっと腹が立ったゾウ君でした。
天馬も教授も、こいつら皆死んでしまえ!
ゾウ君は天馬女史説得の戦略がないまま、教授の研究室をノック。
「あのー、天馬さんおいでですか。」
「あら、ゾウ君、珍しいわね、私にご用、なんのご用かしら。」
教授も部屋にいたが、席に座って新聞を読んでいる。
「なんで日経新聞なのだ?株でも、やっているのか。論文読むのが仕事だろ!」
とゾウ君は心の中で呟きました。
聞こえるはずはないですが教授の首が突然新聞の中に消えた。こんな怖い言葉は、ゾウ君は決して口にはしないのです。思っていても。
「天馬さん、お願いがあるのですが、」
「だから、なぁに。」
「教授からのご指示なのですが、新しい実験計画を立てています。十万円ほど予算を振り向けて欲しいのですが。」
「ゾウ君、今いつだと思っているのかしら?」
「一月よ!予算が残っていると思っているの、残っていたら、おかしいでしょ。」
「ごもっともな話ですが、しかし、教授の緊急のご要望なのです。昨年の論文の査読をプッシュするために、この時期に次々手を撃つことが必要なのです。」
「教授、何なのですか、この話。お聞きですか?」
「えっ、なに?何のこと?」
「なんか、新しい実験計画の予算って言っていますが、」
「えっ、何のことだろう。」
「教授は関係ないみたいよ。」
「教授、それはないでしょう。さっき、やれと言ったじゃないですか。」
「やりたいのは君でしょ、君が天馬さんを説得しなきゃ。」
「むっ、」
「これ以上喋るのは、タイパが下がるだけだ」
とゾウ君は最初からわかっていたことを心で復唱した。
「結構です。できることだけやります。教授、よろしいですね。」
「き、君!それはどう言う意味だ?」
「言葉通りです。」「ご用があれば実験室でお話ししましょう。」
教授は、はるかとゾウさんの仲が良いのを知っていました。普通の人がAIを使う方法は、質問をして、答えをもらうだけなのですが、ゾウ君の、AIであるはるかとの接し方はなんか違っていたのです。一言で言うと、友達みたいに仲が良いのです。教授の昨年の論文の主題はどれも意識発生というテーマで、二人の怪しい関係から、教授ははるかに既に意識ありと決め込んでゾウ君に白状させて書かせたものなのです。
「どうなのだ、君ははるかを好きなのだろ!白状しろ!」
「はるかも、お前を好きなのだろ!!」
と大声で喚き立てるので、ゾウさんもいい加減どうでも良い話なのでおおらかに対応していました。しかし、いつまでもおさまらないので、教授をおとなしくさせるために、ゾウさんははるかとの間の「意識発生」を予見させるはるかの発言をリストして、論文を代筆しました。それが、昨年の四件の論文なのです。
教授は、
「ほれみろ、俺の読みはいつも正しい。君らは愛し合っているのだ、だから意識があるに決まっている。俺の見た通りだ!」
と言って、論文をポストに投函しました。
「君にもドクター取ってもらいたいし、連名にしといたぞー!」
何と優しい教授の弟子への愛でしょうか。
ゾウ君は、マルクス・アウレーリウス の自省録を二回も読んで、よく学んでいたので、心から大らかな性格だったのです。
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つづき 「あしたのはるか その4」
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