50年の窓 第11章
第11章 農村パルチザン
5月29日早朝
テントをたたんで出発。国境までは、どこが最後のガソリンスタンドかわからないので、ガソリンスタンドがあるたびに満タンにして慎重に進む。
国境ではラトビア側には警備員が居て入国者をしっかりチェックしていた。2人は国連のIDで通過、ロシア側ではチェックする者もおらず、そのまま進む。目的地のセーベンの旧コルホーズの湖畔の農産物保存用の倉庫まではカーナビで、聞き取った緯度経度で問題なく15時までには到着できそうであった。
到着したのは、麦などの穀類を貯蔵した今は使われていない倉庫であろうか入口の扉は外れており、最近は使用されていない廃墟のように見える。
車を止めて休んでいると、16時頃、農夫と思える多分50歳代ほどに見える男が5人やってきた。メリーが流暢なロシア語で対応した。メアリーの話によればあと1時間ほどで20名ほどが更に来るので、話はそのあとから始めることになった。彼らは2人の来訪の目的の詳細をまだ知らない。
30分ほどして約25名の農夫が集まり、先方から全員揃ったということで、メアリーが、たかさ1メートルほどに積み上げた運送用のペレットの上に立ち説明を始めた。5分ほどのメアリーの説明が終わり、彼女の指図で、カレンも即席のステージの上に上がる。
カレンはメアリーに即されて、どこまで伝わっているかわからないままに、昨年以来彼女の理解してきたことを説明、メアリーが逐次翻訳しながら参加者に説明した。そして、メアリーがカレンのことを「救世主」と呼んだ時、明らかに歓声と拍手が起こった。
メアリーは4000枚のチラシを指さし、説明し、詳細はここに書かれている、全国のパルチザンの皆さんとシェアしてほしいと依頼。また、「問題解決のためベクターウイルスを開発した学者を探して米国からここまで来た。その学者が誰かはわかっていない。頼りはいくつかの論文だけである。困難ではあるが、その学者を見つければこの若い『救世主』が人類救済に向けて対処すると言っている。どうかモスクワでその学者を見つける方法があれば教えてほしい。」と熱意のあまり、涙声で嘆願した。
25名の観衆は、話は理解したもののどう対処してよいかわからず沈黙する。
ひときわ若い、多分35歳前後と思われる者が前に出て来た。英語で、
「その論文を見せてほしい。役に立てるかもしれない。」
と、申し出て来た。
その若者は、明らかに他の農夫とは異なっていた。メアリーが彼と一言交えてカレンに、
「この人は疎開して今は農夫になっているがモスクワ大学のポスドクで遺伝子工学が専門だそうです。英語もしゃべるので、この方とゆっくり話しましょう。」
「ほんとですか。そんなラッキーな話があるんだ。」
メアリーはまた壇上に戻って、質疑応答を開始した。5件ほど質問がありメアリーが答えて、メアリーは25名の農夫パルチザンの代表であるニコライ・モロゾフと話を始めた。ニコライは納得し先ほどの若者とカレン、メアリーの4名で打ち合わせを始めた。
メアリーが口火を切った。
「もし可能なら貴方にモスクワまで一緒に来てもらえないだろうか。あなたは、、」
「僕はアレクセイ・ソコロフです。アレックスと呼んでください。まずどこまで力になれるか論文を見せていただけますか。」
「当事者が誰だかわからないまま探しています。我々が探しているのは『好奇心が人類が知性を伸ばすための進化圧である』という、お考えをお持ちの方で、かつ『ベクターウイルスの開発が可能』な学者でかつロシア崩壊前に政権の特別プロジェクトに参加したであろう方です。」
「なるほど、論文自体にそのままその方の名前が出ているとは限らない訳ですね。」
「その通りです。」
「その方がもしモスクワ大学の博士以上の方であれば、そして大学のデータベースが今動いていれば、お力になれると思います。」
「本当ですかアレックス。明日ご同行願えますか。」
「僕は問題ないですが、妻に話してみます。携帯とかないので、自宅まで一緒に来ていただけますか。」
「もちろん」
メアリーはこの会話をニコライに伝え、ニコライに新たな話題を持ち掛けます。
「カレンの救世主としての仕事が進んだ時に、ロシアの中に10才以下の子供が多分全員被害者であり、大人も感染者である可能性があります。今後研究の成果が見えたときにロシアの行政府が確立する前、ご安心いただくための情報をお伝えする窓口はどこになりますか」
「それは、難しい質問ですね。僕も全国のパルチザンを代表しているわけではないし。こうしましょう。メールは何とか使えますので貴方との接点をメールで確保して、相互に要件がある都度連絡するということでどうでしょうか。僕も、どこまでできるか分かりませんがパルチザンをまとめる努力はできると思います。特に子供の表情に異変を感じているのはロシア全体の問題なので。」
「よろしくお願いします。」
この後、カレン、メアリー、アレックスは、アレックスの自宅に立ち寄り、アレックスの奥様に事情を説明し、モスクワ大学に同行してもらうことの承諾を頂く。メアリーとカレンは、アレックスの家の庭を借りてキャンプすることにした。白夜では、星を楽しむことはできないが、疲労と安堵から2人はあっという間に深い眠りに入った。
5月30日
アレックスは朝9時テントを覗き、朝食の準備ができたことを伝えたとき、2人はまだ深い眠りにあった。モスクワまでまだ700Kmはあり早く出るべきとアレックスは2人を起こす。
メアリーは奥様に感染防止のために朝食をご一緒できないことを深く詫びて、テントを撤収し出発の準備を進めた。カレンは奥様の体形から妊娠中と知り意味のない悩みを抱えた。何としてもこの問題を解決すると自分に再確認した。
5月30日午前10時
アレックスの寝袋と彼専用のテントなど野営道具を積み、3人を乗せて、ジープはモスクワに向かう。モスクワへの行程で、人っ子1人、また1台の車にも出会うことは無かった。
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