50年の窓 第27章
第27章 Dウイルス封鎖
2041年6月
カレンが支援に入っていたWG04の研究室に、長く重苦しい沈黙を破る歓声が響いた。 数ヶ月に及ぶ臨床試験の最終データが、モニターに1つの動かぬ事実を映し出していたのだ。
開発コード「D-ロック09」と呼ばれていたその薬剤は、感染者の体内に侵入し、骨髄および脊髄に潜伏するDウイルスに対し、特殊なタンパク質の膜を形成して物理的に封じ込める機能を持っていた。これも薬剤と言いながら、ウイルスの一種である。被験者の血液検査および随液検査において、Dウイルスの活性化反応は「陰性」。つまり、ウイルスは体内に存在し続けるものの、もはや増殖もできず、体外へ排出されることもない。 それは、感染者が感染源でなくなること、そして何より、母体から胎児への垂直感染が断たれることを意味していた。
カレンはこの薬剤に開発コードと同じ「D-ロック」という簡潔で力強い名称を与えた。「D(絶望/ディストピア)を封鎖(ロック)する」という意志を込めて。
報告を受けたΩプロジェクトHQ(本部)の動きは迅速だった。サミュエル・エンディコット部門長は直ちにNSA長官を通じて大統領へ報告。翌日には国連安保理事会およびWHOとの緊急ホットラインが開かれた。
「50年の窓」と呼んだ危機は終結した。今後は1刻も早くDウイルスを閉じ込め、そして新たな新生児に亜種を出さない、そして、すでに亜種となった子等も健全な子を育てることができる。
Gウイルスと、Dロックの兵站に全力をあげよう。これは商用ベースの薬品ではない。人類存続のためのインフラだ」 米国政権の強い主導のもと、GウイルスカプセルとD-ロックの製造特許は即座に公開され、製造可能なすべての国と製薬会社で製造が開始された。
しかし、課題はDロックの開発そのものだけではなく、その規模にあった。対象は全人類、80億人である。
Ωプロジェクトは別部門を立ち上げ、この未曾有の兵站作戦を指揮した。先進国の複数の巨大製薬ファクトリーがフル稼働し、原料の調達から輸送ルートの確保まで、あたかも世界大戦時の軍事作戦のような緻密さと強制力をもって推進された。実際米軍もこのロジスティックスの中心で機能を発揮した。 各国の行政府には、国民1人ひとりへの定期的な投薬スケジュールの管理が義務付けられた。
2041年の後半は、世界中が「D-ロック」という希望の錠剤を生産し、それを運ぶための巨大な有機体となって動いていた。
2042年3月
体制は整った。9ヶ月という驚異的な短期間で、世界の隅々までD-ロックを届ける配給網(サプライチェーン)が確立されたのである。それは、人類が初めて「種の保存」という共通の敵に対して、国家のエゴを超えて団結した証でもあった。しかし、D-ロックが末端まで行き渡るまで更に4年の期間が予想された。
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