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50年の窓 第14章

第14章 米国政権

2037年6月9日
カレンの情報をもとにラズモフ教授の協力のもとCIAの作戦で、ロシアのかつての地下組織の研究所が発見され、関連する極秘資料、論文を確保し、存命する何人かの研究の首謀者を保護する事ができた。

CIAの報告を受け、大統領は、もはや極秘にしておく段階ではないと判断し「本件の主管をNSAに移す」と命じた。
全ての情報はNSAに引き渡され、カレン、ケントを筆頭に遺伝子工学の専門家2名を集めまたロシアで保護したラズモフ教授など研究者も含めた調査プロジェクトが招集され、「事実関係の再確認が優先事項」と決め、NSA主導の調査が開始された。

6月10日
ケントにCIAのサミュエルから電話が入った。要件は、明日11日にボストンに行くのでカレンと2人で対応してほしいとのことであった。17時以降で場所と時間を決めて折り返してほしいとの話だった。

向こうから来るというこれまでのやり方と違うことから、ケントは事の重要性を理解しレストランとかではなく機密が守れるよう、MIT時代に多用したキャンパス内の会議室を借りることにした。コーヒーやピザ持ち込みで、ということでサミュエルには返事をした。
カレンに事情を説明し、ケントはカレンとは久しぶりの接触でもあり、ロシアの話も聞きたいということで1時間早く、16時からの時間を貰った。

6月11日16時
ケントにしてみると、5月26日のカレンのロシア出発以来のカレンとの接触になる。カレンにしてみると5月20日以降3日までの未知の不安と戦うてんてこ舞いの8日間であった。帰宅して今日までの1週間は気が付いたら消えていたという感じでもあった。ケントの電話で別の時空から呼び出されたようだった。

「カレン、ロシアでの活躍、ご苦労様でした。飲み物は珈琲で良い?」
「不思議なことが色々あったの。夢を見ているような1週間だった。」
「1番不思議なのはメアリー。なんで、彼女が、今ここで、しかも国連を背負って出てきてくれたのかしら。
彼女は小柄だけど、男子みたいと言うか、ボーイスカウトのリーダーみたいなの。言葉は単刀直入で無駄がない、それでいて他人を傷付けることは無いし、自分の立場は超えない。優秀な兵士の様でもあるの。

彼女が居なかったら国連の協力もなかったし、それがなければロシアの農民パルチザンとのコンタクトはできなかった。ロシア語はネイティブレベルだし、私がやりたい方向を常に気にしてくれる組織人なの。
今までそんな優秀な部下を持ったことは無い。
部下だったのかどうかもわからない。」
「君がそこまで言うのは、よほど優秀な方なんだね。」
「彼女が、集まってくれた25名の農民パルチザンの前で私のことを『救世主』と言って紹介するの、すると、歓声が25名から起こる。扇動といってよいのかどうかわからないけど、彼女には周りの人々の心をつかむ術があるの。

もう1人、私が選んだロシアのラズモフの論文の著者が博士課程の学生だったの。
今では好奇心を進化圧という方は少なくは無いけど、そういう方に多く引用されている好奇心分野では先進的な論文なの。
とても可哀そうな身の上でウクライナとの戦争の末期で徴兵され塹壕戦で使い捨てにされ、右手、左足を失っているの。ラズモフ教授を見つけることが出来たのは彼が偶然そこにいて、ロシア語をしゃべるメアリーがそこにいたという、2つの偶然の結果なの。更に今は農夫になっているけどやはり遺伝子研究のポスドクのアレックスが、全てを繋いでくれた。

帰国してからその偶然の意味を考えていたの。宗教で言う神が居るとは信じていないけど、この偶然には何か意味があるような気がする。」
「以前、君に話したことがあるけどユングを読むと、その話をつなぐ糸が見えるかもしれない。
彼の言う『共時性』という概念が関係しているかもしれない。彼の意識についての理解はとてもユニークで、常識とは大きく異なる。深層の意識の導きという解釈があり得るかもしれない。僕が説明しても納得できないだろうから、興味があれば読むことをすすめるよ。

意識は量子の重ね合わさった波動関数の収縮によって発生する物理現象だと言っていたノーベル賞物理学賞受賞の物理学者も居た。
つまり意識の世界は昔のデカルトのように体の外に追い出して二元論を唱えるのではなく量子物理学を含めた物理学の中で新しい見方をすることで『理解できない不思議なもの』であるということではなくなる時が来ると、僕は思う。

不思議さを否定するのではなく、受け入れることがより広い考え方を受け入れることになるのかもしれない。」
「ケント、ありがとう。あなたの話を聞くと、いつものことだけど、思考に厚みを、いろいろな可能性を持たなくては、と思うわ。いつも、聞いてくれてありがとう。」

6月10日17時
ドアがノックされる。ケントがサミュエルを案内する。3名そろって目的の打ち合わせの開始だ。
「カレン、話始める前に、ロシアでの活躍は素晴らし、ご苦労様、そしてありがとう。うちのスタッフからの報告はすべて理解しているつもりです。本当にありがとう。

今日お2人にお声がけしたのは、現在政権内部の議論で、ロシアのベクターウイルスの対策の大統領直下のプロジェクトを起こすことが決定され、そしてお2人には中核になる役柄を担ってもらいたいと考えています。

本件CIAが長らく追いかけていたこともあって、私を含むCIAの6名がNSAに移籍し、私がNSA長官に報告、NSA長官が大統領に報告というNSA内の特別プロジェクトになることまで決まっています。

8月1日を目標にそのプロジェクトを大統領から全世界に発表し嘗てない組織を立ち上げることになります。

お2人にはそのプロジェクトを引っ張る中核の2人になってほしい。どうだろうか。」

「私は、大歓迎です。この問題は自分の手で解決したいと、悩みぬいた結果、今はそう考えています。いくつかお願いもありますが。」
「自分も全く異論はありません。ことの重要性を正しく理解しているのは、この3人と、テッド教授だけです。今のところ。サミュエルの考えは合理的だと受け入れられます。」
「ケント、『サム』と呼んでくれますか。」
「ここですべてを語れない。早速のお願いですが、適切な報酬を用意しますので2人ともそのプロジェクトが続く限りワシントンに移住してほしい。多分、毎日打ち合わせることになると考えています。」
「いつからですか」
「明日からでも。ASAP」
「サムにお願いがあります。今回のロシア訪問で私が経験したことから3つの要望があります。
ロシアに同行してくれたメアリーという女性がウルトラ・スーパーなんです。手放すのはもったいないので、そのプロジェクトのどこかにはめたい。面接が必要なら直ちにアレンジします。
また、もう1人、私が目を付けてラズモフ教授を見つけるきっかけになった、『好奇心が進化圧』だというテーゼを世界で最初にした論文があるのですが、その論文はこの好奇心理解の分野では草分けなのですがその著者は博士課程中退せざるを得なかった若い青年なのです。遺伝子の修復とか今後出る技術的課題を解いてゆくスタッフに採用したい。ラズモフ教授の学生だった方で教授の評価もすごく高いのです。どうでしょうか。」
「カレンがそこまで推薦するなら、お2方とも問題は無いでしょう。」
「後でNOはなしですよ。この青年は残念なことにウクライナの戦争に徴兵され右手、左足を失った障害者です。研究意欲と、研究者として見劣りする要素は全くありません。

最後の3つ目は、スタッフではなく、ロシアに過去の政権に何百年もの間、農奴として虐げられた1言でいうと革命を起こすほど元気ではないパルチザン的農民が居ることを今回知りました。そして彼らは、今回の事件がベクターウイルスによる事とは知りませんが、全国で子供たちがおかしくなっているという共通理解はあって、今回、先ほどのメアリーが私を『救世主』として紹介したら、大歓声だったの。そして、その状況はロシア全国に渡る現在のありようなのです。

現在、どこの国もロシアを見放していますが、我々のプロジェクトではありませんが、ロシアを民主化するという視点でCIAの重要なミッションになるはずです。ぜひCIAで議論されて彼らを救ってほしい。これは、お願いです。何かプランを検討するとき、お呼びいただければできることはお手伝いさせていただきます。」
「カレン、その件はCIAとしては喉から手が出る話です。担当にあなたの名前を伝えておきます。」
「リクルートや人事についての要望は了解です。お2人にはそのプロジェクトでは、そのレベルにふさわしい決裁権を持っていただくつもりです。」
「今日の話はここまでです。明日以降可能な限り早く、最初はホテル住まいでも構いません。いつから向こうの事務所に出勤できますか。君たちが参加する日を以て組織の正式な設立としたい。」

ケントとカレンは、顔を見合わせ、
「最初ホテルで良いなら、明日の夕刻には着けるかな?」
「えっ、ケント、衣類など荷物があるのでシャトルじゃ無理だけど、、、明日ですか。わかったわ。ケントがレンタカーとか車の手配をしてくれるなら、明日8時には出れるようにしておく。」
「ケントはそれで大丈夫ですか」
「僕は、この後すぐ荷物をパックすれば、問題ない、できます。DCにつけるのは早くて夕方5時かな。」
「よーし、それでいこう。18時から歓迎の会食を、最初の仕事としよう。
初登庁は13日の金曜日ですね、『縁起の良い』初登庁してもらい、他のスタッフに紹介します。プロジェクトの組織、分科会の機能などなど、プロジェクトの組織機能と予算を大至急取りまとめたい。明日の18時待って居ますからホテル決めたらショートメールください。僕はこの後21時のシャトルで帰ります。」

わざわざサムが自ら足を運んでカレンとケントにこのプロジェクトの会議体の設計から参加してほしいと、頭を下げて依頼に来た。
といえる状況で、カレンとケントは、改めて「我々しかいない」という現実を改めて強く認識せざるをえなかった。

6月13日金曜日夕刻、サム以下CIA組6名はカレンとケントの歓迎パーティを行い、その場でチームの目標を、ディストピアを意味する「Dウイルス」と命名し、その撃破を誓った。

6月中旬
サムが実質的なリーダーとなるこのプロジェクトからWHOに指示が下り、世界各国でのこのウイルスの蔓延状況の調査が始められた。7月末までにそのサンプル調査結果速報が得られた。サンプルとした人口20万以上の全世界の500都市では既に平均70%の人が感染しており、80億の世界人口の50~80%が感染していると想定すべきと報告された。また2年以内にワクチンなどの感染防止策が講じられなければ、山間僻地離島を除いて新生児が感染しないで済む確率はWHO調査対象の194カ国でほぼ0と警告された。

感染者が妊娠すると、胚芽レベルで母親から子に感染することも確認された。
感染はしていても健全な脳機能を持つ人類は概ね2029年以前に脳の発育を終えた人(2037年に於いて13歳以上の人)だけと判明。言い換えると、60歳を脳能力の老化開始と年齢と考えれば、その限られた約50年間の世代の人によって、解決策を見出さない限り、人類は永久に好奇心や想像力を失うという事実がプロジェクト内部で再確認、共有された。

その意味するところは、この50年間の世代の人間がこの問題を解決できなければ、「地球は1931年にオルダス・ハクスリーの書いた『すばらしい新世界』のような『生きる意味』を定義できない『ディストピア』になる。」と言う理解が関係者の間に暗黙に共有された。
カレンは、自分の知識と探究心を持って、この問題の解決にあたることを、すなわち人類の健全な存続のために、自分に残された時間の全てを使うことを改めて決意した。

気がつけば、彼女は「私は感染を止める。」と言う短いフレーズを無意識に小声でいつも口ずさんでいた。すべてを理解している人の人数が5人も居ない寂しさ、危うい勢い彼女に強がりの気持ちを持ち込んでいるようです。
ケントも、カレンを支援して、この難題に対処する決意を固めていた。

7月14日
6月組織発足以来1カ月、カレンがロシアで収集した情報、WHOからの報告等を合わせ、サムを中心とする6名のCIA組と、カレン、ケントの8名で、今後の世界を対象にした対策組織の機能設計を徹底的に議論し、その会議体の機能設計、世界の識者を動員する仕組みの議論を進め、8月1日を対策開始とする体制案を取りまとめた。
新組織はNSA配下ということで、レポートラインは、サム>NSA長官>大統領であり、NSA長官とサムは、新組織の企画書と8月1日の大統領の世界に向けたメッセージ文案を大統領に説明し、承認された。

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第15章 米国の本気
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