50年の窓 第22章
第22章 米国大統領府
2038年6月
6月の第2回Ω研究会全体会議を受けて、Ωプロジェクト・ボードミーティングが行われ、これまで10ヶ月間の活動結果についてNSA長官から大統領へ「Ωプロジェクト進捗」について初回目の報告が行われた。
報告内容は以下の通りであった。
1、人類の亜種ができてしまう可能性は由々しき問題であるが、事実であれば、熟慮の上、後世に咎められることのない策を選択する必要がある。Ωプロジェクトのチームは、その責を負う。
2、方法論は違うが、「隷属させる」という手段は過去に、2次大戦前のドイツ、日本の優勢保護法、など類似の例がないわけではない。
3、今回の既に感染し脳に影響を受けた者、感染者であり感染源になるが思考が正常な者、未感染者への対応で、特に未感染者の隔離は非常に重要な課題であるが、どのように扱うかは過去の人種差別や、移民問題など以上の大きな社会問題となる事はあきらかであり、新たな分断の要因になることが想定される。これは我々の選択の結果ではなく、やむを得ない過去の負の遺産であるが、安直な結論は避けなければならない。
4、Ωプロジェクトが根底で理解し提案すべきは、これからの世界のあり方についての選択にある。オルダー・ハクスリーの書いた様な、「好奇心が1切無い、変革のない、安定した世界」という1つの極端が良いとは、断じて思えないが、しかし現状は、部分的にそういった視野も考慮に入れておかねばならない。
5、非感染者の隔離と保存は文明の保存という視点で重要だが、感染していない人のみを選んで、上位に置き、他者を隷属させるような「分断」を前提にする世界は好ましく無い。
6、スペースXの火星移住計画の実現方法に課題を適切に組み込むことで、万一地球の人類が亜種だけになった場合でも、現人類を残す1つの方策になる。
7、進展の大きな障壁は、非感染者の隔離保護を望むものは、ごく1部のエリートだけで、感染率が予想より非常に早く90%に近く、米国だけで見ると95%ほどになっている。このことで、将来感染者と非感染者という社会分断が予想されます。
8、生後間もない幼児に限りますが、亜種の幼児の身体中の細胞の遺伝子を全て書き換える事で亜種から人に戻す研究が進んでおります。
Ωプロジェクトは実際始まったばかりであり進捗を要約できる段階でもなかった。また報告の材料として成功を感じさせる要素を大統領報告に組み込むことは自分のリスクと考えたのか、報告内容はぶつ切りで、プロジェクト全体の活動を論理的に語れてはいなかった。
亜種の1番高齢者は現在既に12歳であり、50年の窓が開いているとは言いながら、問題解決の中心人物であるカレンは既に30歳。プロジェクトスタッフ適用条件にカレンより若い脳を期待すると、残る窓は既に18年、50年の幅は既に無くなっている。
大統領は、NSA長官の報告内容は理解したが、納得はできなかった。彼の及び腰を強く感じ、いずれ担当者から直に聞く必要を感じた。
「事態を1番詳しく知るものは誰だ」
「研究会ボードメンバーでWG01の議長のカレンです。」
当日中に、カレンは大統領から直接呼び出され、直ちに、ホワイトハウスに1人で来るように指示された。
カレンは、約3時間かけて、Ωプロジェクト発足以降の成果と課題、そして彼女の展望を説明し、大統領は彼女の説明に納得し、Ωプロジェクトに全幅の信頼を置くことができた。
大統領が納得した最も重要なポイントは、カレンの言葉に見えた彼女の決意であった。
「知性の本質は記憶ではありません、答えを知っていることでは無いんです。世界を構成する知識は『なぜ』という言葉を発し続け、答えを得ることでのみ育つ『意味の関係性』にあります。それが人の脳であり、そして人類なんです。
その『なぜ』が止んだ静寂の教室で、人類は何も学ぶことはなく、文化の時計は停止します。人類、全ての人においてです。
私はただ、その止まる運命にある針を、もう1度、命をかけて動かしたい。」
カレンが退出の後、大統領は2つの命令を下した。
1、CIA長官に、CIA組でΩプロジェクトのHQ部門をあずかるサミュエルから、プロジェクト進捗の有無に関わらず、定期報告をさせること。
2、国防長官に、ΩプロジェクトのWG06にリエゾンを置き、国内における状況を常に掌握し、感染者、非感染者の隔離に軍の出動の必要があるか常に判断できるようにすること。
#創作大賞2026
#エンタメ原作部門
#マンガ原作
#好奇心
#オントロジー
#長編小説
#SF小説
章
