双極性障害の私が、AIでもう一度ものづくりを始めた話
私は昔から、ものを作ることが好きだった。
子どものころは、祖母の影響で手芸が大好きになった。
洋裁、刺繍、ビーズ、編み物、ぬいぐるみ作り。
布や糸やビーズを前にして、
「これを組み合わせたら何ができるだろう」
と考える時間が好きだった。
上手にできるかどうかより、
自分の手で何かが形になっていくことが、ただ楽しかった。
今思えば、私にとってものづくりは、
ずっと自分の真ん中にあるものだったのだと思う。
学生時代になると、ものづくりの対象は少しずつ変わっていった。
中学生の時私は、独学でホームページ作りを覚えた。
今のように便利なサービスがたくさんある時代ではなく、
自分でタグを調べて、色を変えて、画像を置いて、
趣味のページを少しずつ作っていた。
画面の中に、自分の好きな世界を作れることが楽しかった。
手芸で布や糸を組み合わせていた私は、
今度は文字や画像やコードを組み合わせて、
小さな居場所を作っていたのかもしれない。
私は文系だったけれど、
そのころからパソコンの世界に強く惹かれるようになった。
そして、SE(システムエンジニア)の養成学科がある専門学校へ進学した。
3年間学び、卒業後は電子カルテを作る会社に就職した。
子どものころから好きだった「作ること」が、
仕事につながった瞬間だった。
けれど、社会人になってからの私は、
思うように働き続けることができなかった。
最初に入った会社は、フレックス制度などない零細企業だった。
残業は当たり前。
できる人が無理をして回していくような空気の中で、
私は少しずつ体調を崩していった。
当時はまだ、自分の不調をうまく説明できなかった。
疲れているのか。
甘えているのか。
気合いが足りないのか。
そんなふうに自分を責めながら働いていたけれど、
結局、半年ほどで退職した。
その後、医療事務を勉強し、病院の医事課に就職した。
今度こそ続けたい。
そう思っていた。
けれど、やはりメンタル面で体調を崩し、休職することになった。
そのころ、私は双極性障害と診断された。
診断がついたからといって、
すぐに何かが楽になったわけではなかった。
休職ののち退職し、半年ほど療養した。
そのあと、別の病院で医師事務作業補助者として働き始めた。
フルタイムの仕事に何とか耐えながら、3年ほど勤務した。
仕事そのものは好きだった。
誰かの役に立てること。
自分に任された業務をこなせること。
職場に居場所があること。
働くことは、私にとって誇りだった。
でも同時に、フルタイムで働くことが
私の心と体に大きな負担をかけることも分かっていった。
結婚が決まり、その仕事は退職した。
そのとき私は、
「私はもう、健康な人と同じようには働けないのかもしれない」
と感じていた。
それは、とても悔しい気づきだった。
結婚後、妊娠・出産を経て、
しばらくしてから某ファストフード店でパートを始めた。
けれど、働けたのは週1回、3時間程度。
病気のことはオープンにしていた。
無理をさせられないように配慮してもらえたことは、
とてもありがたかった。
でも、働ける時間が短く、できることも限られていたため、
任せてもらえる仕事は単純な作業が中心だった。
もちろん、その仕事が悪いわけではない。
誰かがやらなければ回らない、大切な仕事だったと思う。
それでも私は、どこかで苦しかった。
もっと考える仕事がしたい。
もっと自分の得意なことで役に立ちたい。
もっと作る側にいたい。
そんな気持ちが、心の奥にずっと残っていた。
4年ほど働いたあと、私はパートを辞めた。
そこからしばらくは、療養に専念することにした。
療養をしている間も、
「もう一度働きたい」という気持ちは消えなかった。
でも、外に出て働くことは難しい。
フルタイムも難しい。
決まった時間に、決まった場所へ行き、
決まっただけ働く。
多くの人にとっては当たり前かもしれない働き方が、
私にはとても大きな壁だった。
そんな中で、主治医から在宅での仕事の許可が出た。
ようやく、自分の体調に合わせて働ける形を探せるかもしれない。
そう思って仕事を探し始めたけれど、
現実は簡単ではなかった。
できそうな仕事はあっても、条件が合わない。
応募してもなかなかつながらない。
自分に何ができるのか、分からなくなる日もあった。
そのころ、旦那さんが言った。
「AIを使った仕事をしてみればいいんじゃない?」
それが、私と生成AIの出会いだった。
正直に言うと、そのときの私は、生成AIをほとんど使ったことがなかった。
名前は聞いたことがある。
でも、仕事につながるほど使えるものなのかは分からない。
それでも、在宅で働く道を探したかった。
もう一度、自分の得意なことで何かをしたかった。
だから私は、仕事につなげるためにAIを教えてくれる講座を受講した。
最初は分からないことだらけだった。
文章生成。
画像生成。
動画生成。
そして、バイブコーディング。
新しい言葉が次々に出てきて、
覚えることも多くて、
頭がいっぱいになることもあった。
でも、学んでいくうちに、私は少しずつ気づいていった。
AIは、私の代わりに全部やってくれる魔法ではない。
でも、私がもう一度ものづくりをするための、
とても心強い相棒になってくれるかもしれない。
特にバイブコーディングに出会ったとき、
私は久しぶりに「作る楽しさ」を思い出した。
昔、独学でホームページを作っていたときの感覚に近かった。
こうしたい。
ここをもう少し見やすくしたい。
このボタンが押せたら便利かもしれない。
頭の中にある小さな「こうだったらいいな」を、
AIと相談しながら少しずつ形にしていく。
コードを一から全部書けなくても、
考えることはできる。
使う人の困りごとを想像することはできる。
何が分かりにくいか。
どこで迷いそうか。
どうしたら少しラクになるか。
それを言葉にして、AIと一緒に形にしていく。
その作業は、私にとってとても自然だった。
手芸で布を合わせていたころ。
趣味のホームページを作っていたころ。
電子カルテの会社で働いていたころ。
全部が、今の自分につながっているような気がした。
最近、私は小学生の息子の忘れ物チェックアプリを作った。
朝の支度で、何を持っていけばいいのか分からなくなる。
私が何度も口で確認する。
息子も混乱する。
家の中が少しバタバタする。
そんな、暮らしの中の小さな困りごとがきっかけだった。
大きなサービスを作りたいわけではない。
すごい技術を見せたいわけでもない。
ただ、毎日の中で
「これ、もう少しラクにならないかな」
と思うことを、AIと一緒に小さなブラウザアプリにしてみる。
それが、今の私のものづくりだ。
完成したものを息子と旦那さんに見てもらったとき、
「すごいね」
と言ってもらえた。
その言葉が、思っていた以上に嬉しかった。
誰かの役に立てた。
自分の暮らしの困りごとを、自分の手で少し変えられた。
その手応えが、私の中に静かに残った。
私は今も、双極性障害と一緒に暮らしている。
体調の波はある。
朝から動けない日もある。
集中しすぎると、止まれなくなりそうで怖い日もある。
元気に見える日でも、内側では慎重にバランスを取っている。
だから、無理はできない。
昔のように、長時間働き続けることは難しい。
でも、病気があるから何もできないわけではなかった。
働き方を変えれば。
道具を変えれば。
ひとりで抱え込まなければ。
もう一度、ものづくりを始めることはできるのだと思った。
AIは、私を健康なころの自分に戻してくれるものではない。
でも、今の私のままでも作れる形を、一緒に探してくれる。
それが、私にとってはとても大きい。
これから私は、AIと一緒に、暮らしの中の「ちょっと困った」を形にしていきたい。
家事。
子育て。
体調管理。
学校の持ち物。
服薬の記録。
献立や買い物リスト。
毎日の中には、小さな面倒や、忘れやすいことや、
誰かが頭の中で抱え続けていることがたくさんある。
それを、少しでも見える形にする。
少しでも確認しやすくする。
少しでも、家族の負担を軽くする。
そんな小さなブラウザアプリを、
AIと一緒に作っていきたい。
そしていつか、同じように困っている誰かの暮らしにも、
そっと役立てられたら嬉しい。
ここまで振り返ってみると、
私のものづくりの原点は、祖母の影響ではじめた手芸にあるのだと思う。
体調が思うようにならないこと。
働き方に何度も悩んできたこと。
フルタイムで働けない自分を受け入れるまでに時間がかかったこと。
その全部があったから、
私は「無理なく続けられる形」にこだわりたいと思うようになった。
すごいものを一気に作るのではなく、
暮らしに近いところから、少しずつ。
完璧なサービスではなく、
使う人の毎日が少しラクになるものを。
AIと一緒に、暮らしをもっとラクに。
これは、今の私がもう一度ものづくりを始めるための言葉だ。
そして、これからの私の活動の軸でもある。
私はもう、健康だったころと同じようには働けない。
でも、ものづくりを諦めなくてもいい。
働くことを、フルタイムで会社に行くことだけにしなくてもいい。
病気があっても、
今の自分に合った道具とペースを選びながら、
もう一度「作ること」を始めてもいい。
そう思えるようになったことが、
私にとっての大きな一歩だった。
これからここに、
AIと一緒に作ったもの、
暮らしが少しラクになったこと、
うまくいかなかったこと、
それでも続けていく工夫を残していこうと思う。
この記録が、
働き方に悩んでいる人や、
体調の波と付き合いながら何かを始めたい人や、
AIでものづくりをしてみたい人に、
少しでもやさしく届いたら嬉しいです。
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働き方について、これまでの私の歩みを書いた記事です。
「働きたいのに、思うように働けない」気持ちと向き合いながら、今の働き方にたどり着くまでを綴っています。
双極性障害と働くこと ─ わたしがたどってきた働き方の変遷
今の私が、双極性障害とどんなふうに付き合いながら暮らしているのかを書いた記事です。
今回の記事の背景にある、私の日常や体調との向き合い方に触れています。
双極性障害、寛解しない私の今
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