連載3:はじめに〈煌堂〉ありき1-3
マークス神父と「また煌堂で」
1-3 はじめに〈煌堂〉ありき
「ミカ、あなたは私が愚かなことをしたと思っているのか?」と、挑戦的にジョーは言った。
「いいえ決して!」
「マークス神父の心からのご奉仕を、間違いなく主は祝福し、感謝していらっしゃいますでしょう」
「ただ、ウィルスの勢いを考えるならば、教会が封鎖されるのを、今はあなたも黙って受け入れねばならないということです」
教会の封鎖について話がおよぶと、ジョー・マークスは再び顔を歪めた。
「カトリック教会が、あろうことか聖堂に鍵をかけ、祈りに来る人々を締め出すなんて、私は本当に信じられない!」
「しかも、もうすぐ聖週間よ!」
「お言葉を返すようですが、ジョー、今はやむを得ないのですよ。聖週間だからこそ、信徒たちは無理をしてでも教会に来ようとしますもの」
「私だって行きたいですもん。でも、バスや電車で移動する間に感染する危険もあるでしょ。知らぬ間にあなたが感染して、仮にあなたに症状が出ないとしても、他の誰かに感染させてしまうかもしれない」
「ねえジョー、教会の措置は、誰もが不本意でしょうけれど、ある意味で当然かもしれない、です」
ジョーは口をへの字に曲げた。
その瞳は苛立ちと憤りでメラメラと燃えている。
はあ、困ったね。ここまで偏屈になっちゃって。
でもジョー、私だって譲れないのよ。
「ねえジョー、嘆いてばかりいないで、ご自分のできることに目を向けてみません?」
「どういうこと?」
「今、こうしてお話ししている時間を、祈りにすれば良いと思うのですが」
「・・・・・」
「あなたは苦労してタブレットを覚えてくださった。だから離れていても、こうして互いに顔を見ながら会話ができます」
「ジョー、そのタブレットを、二人で祈りの道具にしません?」
最後の言葉は勝手に口からこぼれ出た。
この「タブレットを祈りの道具にする」というアイディアは、我ながら気に入った。
「私に文句タラタラ言っておられることを、そのまま祈りとして、二人でご一緒に神に捧げたいと思うのです」
「『全てを神様への祈りとして捧げたら、生活そのものが祈りになるよ』って、以前マークス神父は説教で仰いませんでしたっけ?」
「もちろんミカ、こんな無機質な機械の前でなければ、喜んであなたと一緒に祈りたい。でも私、機械の前で機械に対して祈ること、慣れていません」
「慣れましょうよ。社会の混乱は長引くかもしれません。嘆いてばかりいるのでなく、手元にある恵みを大事にしませんか?」
いや全く、機械音痴のジョーが、このタブレットを覚えられたのは一種の奇跡と言っていい。ラクダが針の穴を通る方が簡単(マタイ19:24)なレベルだ。
賜った奇跡は、今こそ神のために活用すべきだろう。
立ち上がれ、宣教師マークスよ!
「私、以前のように祈りの時間を持ちたいです。あなたと祈りたい。ほかの仲間と一緒ならもっと良かったですが、今は二人だけでも充分です」
ジョーは黙って耳を傾けている。
「少なくとも今、私たちはタブレットで繋がっている。この繋がりで、バーチャルの聖堂を創ってみません?」
「光に満ちた聖堂、煌めく光のバーチャル聖堂、私はそこを煌堂(こうどう)と呼びたいです。世界中の祈りをここに集めましょうよ」
「ねえジョー、いかがです?」
主イエス・キリストは、「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいる」(マタイ18:20)と約束なさった。
タブレットを介してでも主の御名によって集うならば、キリストは私たちの中にいて、存在を現し働いてくださるだろう。
主がおられるところ、そこは常に聖堂になるはずだ。
建物としての教会が全て封鎖されたとしても、目に見えない聖堂を封鎖することは誰にもできまい。
私はジョーと祈りたかった。
そして、「煌めく光のバーチャル聖堂」と言った時、ジョーの目にサッと光が差したのを私は見逃さなかった。
よし! あと少し、もうひと押し!
「ねえジョー、今は世界中が負の感情に満ちている。これ以上の嘆きは要りません。そうではないものを、むしろそれに対抗できるものを、私たちの煌堂から発していきませんか?」
主キリストの慈愛の光、その煌めきを、この社会に降り注いでいきたい。
「祈りの人ジョー・マークス神父には、それがおできになるはずです」
本心だった。
その時からジョー・マークスが亡くなるまで、私たちはバーチャル聖堂「煌堂」で、祈りの時間を共有するようになった。
コロナ禍中にマークス神父と捧げた煌堂での祈りの日々、その実話録をここに書き残しておく。
あのコロナ禍において、
無力さに嘆き、悲しみ苦しみ吠えながら、
それでも日々の祈りの中で、
最後まで神を求め続けた「一人のキリスト者」として、
最後まで神に従い、神と人とに仕えようとした「一人の修道司祭」として、
ただひたすらに歩き通した一個の老いた人間の、その「心」の軌跡を、私は描き出したいと考えている。
それを通じて、読者が「愛なる神の眼差し」に触れることをこそ、おそらく故人は切に願っているはず…と信じている。
mikageです:
コロナ禍中に
恩師マークス神父(仮名)と過ごした
バーチャル聖堂「煌堂」での祈りの日々を
連載で綴ってまいります。
更新は不定期です。
1話ごと、祈りの中で言葉を紡いでおります。
気長にお付き合いくださいませ。
なお、本作は実話録ではありますが、
主人公はじめ登場人物・組織名等は、
(少なくとも当面は)仮称を用います。
読者の皆様には、ジョー・マークスを、
世間的な「肩書き」や、修道会・教会という組織の名称とは切り離された、ただ「神の御前に何ものでもない、一人の無名の老人」として、受け取っていただきたいと望んでおります。
また、記事は事実をベースとしつつ、
一部の出来事や時系列などに、再構成や脚色を含みます。
続き(連載4)はこちら↓
連載の第1回はこちら↓
(↓たまに単発で短編を挟むことがあります)
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今後ともよろしくお願いいたします。
愛と祈りをこめて
mikage
