07_冒険への召命_J.D.サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』読解
こちらのマガジンでは、J.D.サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を、聖杯伝説的な側面から読み解いています。前の記事を未読の方は、もしよろしければ、01からお楽しみください。
ここからは、神話学者のジョーゼフ・キャンベルが『千の顔をもつ英雄』で示した英雄の旅の項目に沿って読み解いていきます。項目については下記[06_聖杯伝説の構造]をご覧ください。
英雄の旅【出立】1 冒険への召命
Q.07 ホールデンが放校になるのはなぜか?
キャンベルは、神話の英雄の旅では、初めに英雄が冒険に召命される場面があると説明したうえで、例として『グリム童話』の「カエルの王子」を引用している。
物語の冒頭、王女は老木の下で金色のボール(聖杯を思わせるモチーフ)を投げ上げてはとって遊ぶうちに、金色のボールを泉に落としてしまう。カエルは金色のボールを拾うために、泉に飛び込み、これをきっかけに、王女の冒険がはじまる。カエルが潜っていく泉は、王女の無意識の深淵ともいえよう。
また、キャンベル同様、ユング派の研究者であるエーリッヒ・ノイマンは、神話における精神探求について「意識や光の世界を上なるもの、上昇の道、無意識と闇の世界を下なるもの、下降の道と感じる」「無意識内容を意識化し同化するためには自我は『下降』する、すなわち意識体系の外に出て深淵へと向かい、そこで『宝物』を掘り当てる。」(『意識の起源史』エーリッヒ・ノイマン、林 道義訳、2006年、紀伊国屋書店_Q)と述べている。
『キャッチャー』に、〈落下〉が繰り返し描きこまれていることは、先行研究で指摘されていることだ。竹内氏は、スペンサー先生が学校でチョークを落とす(14)、「アトランティック・マンスリー」を落とす(20)、答案用紙を落とす(24)、ヴィックス・ノーズ・ドロップも落下を暗示することを指摘したうえで、これが、『聖書』の「The Fall」にも通じるモチーフだと述べている(C)。
さらに、ホールデンは、フェンシング部から追放され、スペンサー先生から「落第」点をつけられて(24)学校から追放され、社会から落下する。ストラドレイターに殴られて倒れ(79)、寮を出ていくときに、階段から落ちそうにもなる(92)。
こうして、精神的、社会的、肉体的に、何重にも落下して、ホールデンは現実世界から落ちこぼれ、英雄の旅へ否応なく引きずり込まれていく。
「The Fall」はアダムとエヴァの「楽園追放」。落下と追放はイコール。楽園追放のイメージは、「バナナフィッシュ」「テディ」「序章」「ハプワース」で繰り返し描かれていく、サリンジャーにとって重要なテーマのひとつ。
ホールデンは、スペンサー先生に向かって落第することは仕方がないといいながら、「アヒルはどこへ行くんだろう」、学校を追い出された自分はどこへ行けばいいんだろうと、追放者の行く末を不安がり、後半では、フィービーが「学校を追い出されたんだわ kicked out」(278)と四度も繰り返すことで〈追放〉のテーマを強調している。
『ロミオとジュリエット』でも、ティボルトを殺してしまったロミオが国外追放となる場面で、〈追放banishment/banish〉が、ジュリエットと乳母の会話で七回(128-130)、さらに、ロミオとロレンスの会話ではなんと十八回も(132-134)、執拗に繰り返され、ここから物語が急展開していく。ロミオはここで、ジュリエットのいるヴェローナを天国、それ以外の場所を地獄に例えて、追放される身の上を嘆く。ここには明らかに「楽園追放」のイメージが重ねられている。『お気に召すまま』でも、フレデリックが兄を、オリヴァーが、楽園に見立てられた宮廷の庭から弟を追放するところから、物語がはじまる。
〈追放〉は、英雄が旅へ出立する際のひとつの形。落下と追放が、英雄ホールデンにとっての「1 冒険への召命」である。
つづきはこちらから。ぜひご覧ください。
J.D.サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』読解01~10のまとめはこちらから。ぜひご覧ください。
