杯の底の文字、朝には消えていた
7月21日は神前結婚式の日。というわけで今夜も神様と一杯…のはずが、思わぬところで”縁”の話になりました。



7月21日は「神前結婚式の日」。1901年、今の東京大神宮で、はじめて一般向けの神前結婚式が行われた日にちなむらしい。
それまで日本の結婚式は自宅で行うのが普通だったそうだ。神主さんや親族を家に呼んで、座敷に祭壇を組んで——という形が主流で、神社で式を挙げるという今では当たり前のスタイルは、実はこの日から始まった、意外と新しい”伝統”なんだそうだ。
そう考えると、私たちが「昔からそうだった」と思い込んでいるものの中にも、案外最近できたばかりのものが混ざっているのかもしれない。
そんな話を調べながら机に向かっていたら、今夜も神様がふらっと現れた。
「今日は縁結びにゆかりの日でございますよ」
やけに機嫌がいい。手元の徳利を傾けると、とくとくと音を立てて、盃にいつもと違う透明な酒が注がれていく。色も匂いも、いつもよりどこか澄んで見えた。
「へえ、じゃあ今夜は良縁祈願で一杯ですかね」
軽く合わせるつもりで言ったのに、神様は「ええ、まあ——」と言葉を濁して、含み笑いだけを返してきた。
一口含むと、ふわっと胸のあたりが温かくなった。喉を通るというより、じんわり染みていくような感覚。良い酒だ、と素直に思った。
その温かさに気を取られていたら、盃の底にうっすら文字のようなものが見えた気がした。
「これ、誰と誰の縁を結ぶ酒なんですか?」
目を凝らして聞いてみたけれど、返ってきたのは「さあ、それは杯を空けた者のみぞ知る、というのが決まりでして」というはぐらかしだけ。
もう一度覗き込もうとした時にはもう遅くて、視界は酒気でふわふわと揺れて、文字はそこにあるのかないのかも怪しくなっていた。
顔を上げると、神様の姿はすでに窓の外、月明かりの中へ溶けるように消えていた。
残ったのは、空になった盃と、まだ胸に残るじんわりとした温かさだけ。
翌朝、洗おうと盃を手に取ったら、底の文字は跡形もなく消えていた。何度傾けても、光にかざしても、もう何も見えない。
結局、誰との縁だったのかは分からずじまい。
でも、教えてもらえないから、少しだけ信じてみたくなる。縁というのは、たぶんそういうものなのだと思う。
*漫画は新宇佐美式六号で描きました。
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