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適当な梅田さんは諦めない【ショートショート】

 首元に真珠を纏うと、顔のくすみが取れて若返った気がする。

 私の名前は、峯岸裕子(60)。18歳から働きつづけた会社を定年退職し、今は鉛のように重くなった母の体を介抱する日々だ。父は2年前に他界した。

「裕子はいつ結婚するんだ」

 父との別れは悲しいが、小言を言われなくったことに対し、心のどこかでホッとしている自分もいた。 

 色白で艶やかだった母の腕は、今や絞った濡れ雑巾のように皺くちゃだ。

 年々、私の腕から筋力がするりと落ちていくのを感じる。いつまで母の面倒を見られるのか。介護施設に預けるにしても、母の年金と私の稼ぎだけではとうに足りない。1人で母の介抱をするのも疲れた。

(誰かの助けが欲しい)

 男に頼らず、キャリアを築く強い女に憧れていた。亭主関白な父の言いなりの母を見るなり、私は絶対に

「ああはなりたくないわ」

と、心に誓った……はずなのに……。

 結婚したくなかった私は今、猛烈に誰かと結婚したいと思っている。男の助けと、お金の援助を求めて結婚だなんて、卑しいだろうか。

 でももう、限界だった。私は意識朦朧とした足取りで街を彷徨う。軽快にスキップしながら、嬉しそうに街を闊歩する20代のOL。幸せそうに微笑み合う、30代中頃の夫婦。隣の芝生はいつも群青色だ。

 父の小言でストレスを抱え、母の介護で終わる人生。そんなの、嫌だ。私だって、幸せになりたい——気づけば私は、結婚相談所「kekkooon!」のドアをノックしていた。

 結婚相談所「kekkooon!」に入会し、半年が過ぎた。

「今日の峯岸さん、顔色いいじゃない」

 梅田さんは、私の顔を見るなりニコリと笑みを浮かべる。梅田さんの声を聞くなり、私は嬉しくて頬を紅潮させた。

「今日の私、いけますかね……」
「私に聞いてどうするのよ」
「えっ」
「今日お見合いで会う、木下さんに伝えなさいよ。私、どう?綺麗ってさ」

 梅田さんは、私にそう伝えるなりフッと微笑する。

 梅田さんは人気カリスマ婚活カウンセラーとして、テレビや雑誌などのメディアでも引っ張りだこの有名人だ。

 彼女のアドバイスさえ聞けば、どんな女性も魅力的になれる。そして、いくつになっても結婚できるのだと。梅田さんが運営する結婚相談所「kekkooon!」の口コミには、絶賛の声で溢れていた。

 梅田さんの元にいけば、普段の梅田さんは、私に辛口だ。

「そんなゾンビみたいな顔色で、殿方の目に止まるとでも?」

「あなたね、お化粧の仕方が昭和!令和のトレンドは、ナチュラルメイクよ!!」

 梅田さんのアドバイスは、いつも無神経で胸が抉られる。けれども快活な声を聞くと、不思議と体にパワーが漲るのを感じる。

 女に生まれたからには、女を諦めちゃダメ。いくつになっても、女は女。私なんかじゃと言い訳したら、一気に老けるから。

 私は最高。素敵な女。毎日鏡を見て、自分に言い聞かせなさい。そうすればきっと、殿方が振り向いてくれるから。

 梅田さんの口癖だった。

 今日のお見合いは、梅田さんイチオシの木下三四郎さん(70)。離婚歴は4回。昔は女癖が悪く、何度も奥さんから見放されているらしい。

 梅田さん曰く、木下さんも今は改心したから大丈夫よとのこと。一体、何を根拠に改心したと言えるのか。梅田さんは、いつもいい加減で適当だ。

「いい、峯岸さん。今日のお見合いは、絶対外しちゃダメよ。あの男は、先祖代々から由緒ある地主の息子。結婚したら一攫千金!」

梅田さんの鼻息が荒くなる。

「えっでも……」

「お母さんの介護が大変だから、自分の退職金を結婚相談所に突っ込んだんでしょう?お金を投資した分、人生を変えなきゃ」

 退職金、本当はマンションを買うつもりだった。ところが実家の改修にお金が必要となり、私のお金を切り崩すことになった。

 私はただ、自分のために——幸せになるために、お金を使いたかったのだ。梅田さんに悩みを聞いてもらい、アドバイスを受けていくうちに、鏡を見るのが楽しくなった。

「長年働いたんだから、自分のために宝石の一つや二つ迎えたらいいじゃない。光の照りで皺を誤魔化すの。そして自分は美しいと、心から信じるのよ。そうすれば、女は幾つになっても美しく輝けるの」

 梅田さんの言葉には、いつも根拠がない。会うたびに二転三転するから、きっといい加減だ。けれど、自信という鎧を纏った彼女の言葉は、強くて美しい。

——梅田さんに会えた私は今、とても幸せ。

 私はにこりと笑みを浮かべ、首元のパールにそっと手を当てる。

(1850文字)

【完】




#今2000字で書けって言われたらどこからの発想で書き始めますか
の企画に参加しました。

 参加者の小説が、それにしてもめっちゃ豪華で震えてます。

 早時期さんや秋谷さん、せやまさん達の小説を読み、みなさんあまりにレベルが高かったので「続くの怖いよ〜!」と思ったのですが、いやここで「私無理」と思ったらそこで終わりなので(何の笑)、ここの小説に登場する梅田さんのテンションで一気に書き上げました。

 昔、婚活してたのですが「もし、あのままパートナーが見つからなかったら、定年退職して実家にいたのかもなぁ」と思いながら書いてみました。

コッシーさん?豆島さん?
楽しい企画をありがとうございました!


↑マガジンの応募作品が、天下一舞踏会並みのハイレベルというか、錚々たるメンバー。

どの作品を読んでも、絶対に勉強になります。小説書いてる方は、ぜひチェックしてみてね。豆島さんの人望だなぁ……!

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