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所詮、私はしがないライター。オイルが消えるまでに、あなたの心に火をつけられたなら【ショートショート】

【ショートショート】所詮、私はしがないライター。オイルが消えるまでに、あなたの心に火をつけられたなら

 手慣れた手つきで私の頭を撫でる彼の手は、今日も相変わらず優しい。

 その優しさに溺れていたいと願う一方で、胸の奥はひりりと疼いた。 触れ終えた途端、彼は私への興味を綺麗に剥ぎ取っていく。私を映していた彼の視線は、既にぐにゃりと歪んだマルボロの箱へと向かっている。

(もっと私を見てほしいなんて言ったら、我儘かな)

 彼が咥える煙草に火を捧げ、自分は煙のように消えていく――所詮私なんて、彼からすればそれだけの存在。

 私は彼の煙草に火を灯すために、この世に生を受けたという事実が、肩に重くのしかかる。

 指先の火を、あなたの心に移せたらいいのに。もっと深く、もっと痛いほどに彼と繋がりたい。 しかし、そんな切望は所詮、私の身勝手なエゴに過ぎない。

 結局私は、彼の人生という物語において、名前すら持たない端役に過ぎないのだ。

 彼は慣れた手つきで煙草を咥え、ルーティーンのように薄鉛色の吐息を吐き出す。

 天井へと頼りなく昇っていく灰色の揺らぎを見つめながら、私は密かにその一本の「煙草」に嫉妬していた。

 火を灯され、白く清らかだった身を焼き尽くされ、灰へと変わり、最後には跡形もなく崩れ去っていく。

 彼の唇に触れ、肺の奥まで届き、そして世界から綺麗に消滅する運命。そんな潔い終わり方が、今の私にはひどく輝いて見えたのだ。

 私より遥かに短命なはずのその一本が、たまらなく妬ましい。

 数分で燃え尽きるというのに、そのわずかな時間に彼は唇を許し、呼吸を分け合い、そして「ひとつ」になれる。

 それに比べて、私はどうか。彼の唇に触れることも、心の深淵に火を灯すことすら叶わない。

 ただ、彼の煙草に小さな火を宿し、彼という日常のルーティーンを滞りなく完遂させるための「ライター」として、明日も淡々とその業務をこなしていくしかないのだ。

 身を焼き尽くされることが「愛の証明」だとしたら、煙草ほど救いのない存在はないはず。

 けれども、燃え尽きれば捨てられ、次にはまた新しい一本が彼の唇を奪うという現実も、煙草からすれば残酷なのだろうか。

 箱の中に隙間なく並ぶ、身代わりの利く煙草たち。けれど、その輪廻の環(わ)にすら、私は加えてもらえない。

 一瞬、ほんの一瞬でいいから、あの煙草のように彼の唇を独占できたら。そんな傲慢な願いをぐっと飲み込む私の傍らで、彼の隣に佇む女が

「ねぇタツヤ、ちょっと原稿見てよ」

と囁く。

 女はお団子頭を揺らしながら、手慣れた手つきで彼の肩を無造作に叩く。

動画はレジェンドさんが作ってくれました。Instagramでも反響がかなり高いです。ありがとうございます!

 私がこの家を訪れるようになるずっと前から、彼女はここで彼と寝食を共にし、同じ空気を吸っている。

 私の知らない過去の彼を、彼女はいくつも知っている。それが何よりも、今の私には残酷なほど羨ましい。


「ゴメン。今煙草吸ってるから。後にして」

「納期が明日なの。どうしても今日見てほしいの」
「……ったく。しょうがないなぁ」

 やれやれといった様子で、彼は吸いかけの煙草を灰皿の底へ押し潰した。命を断たれた薄鉛色の煙が、濁った暗色へと澱んでいく。

 彼は慣れた手つきで彼女の頭をぽんぽんと撫で、女から差し出された紙束を受け取ると、慈しむように目を細めた。

 ライターも、煙草も。彼という世界において、ただの機能的な「物」に過ぎない。血の通った人間の女に、私なんかが勝てるはずもなかった。

(やっぱり私、彼が好き)

 幾度打ちのめされても、この虚しさに慣れることはない。突きつけられる現実に、緑色をした私の体内の「液体」は、激しく揺らめく。

 報われない恋をするために、私は生まれてきたのかな。ううん。生きる意味なんて見いだそうとしたらダメ。

 考えちゃいけない。私はただ、目の前のことだけ考えたらいい。

 先のことに想いを馳せたら、変えられない現実と未来『体内の液体がなくなったら、いつか使い捨てられる』という現実に打ちのめされてしまうのだから。

 絶望に浸りながらもなお、私は明日への期待をまだ捨てきれずにいる。彼の指が無造作に私の頭をシュッと掠めていく、あの瞬間。ただそれだけの、数秒にも満たない『点火』の時間。

 私はその時を、ただ渇望するように待ちわびているのだ。

【完】

余談 この作品の背景

 今回、東海note支部「チャレがや」のお題が私の本の出版記念の「ライター」ということで、現在参加をお待ちしております。(※東海地方じゃなくてもオッケーです)

 本来なら私が「書く仕事」のテーマで書いた方がいいのかなと思ったのですが……

 創作方面のメンバーも多いので「自分がもし、(火をつける方の)ライターだったら?」を想定してショートショートを書いてみました。

【副会長との会話】

 内容は、「もし自分がライターで、煙草に火をつけられる人間の男に恋をしたら」をイメージしました。

 ちゃんと小説として書けてしまう、そんな自分が怖いです。

 テーマはライターですが、いろんな切り口でのご参加も可能です。たとえば、とこさんは「righter=正す人」の切り口で作品を書かれていて、斬新だなぁと思いました。


 みなさんも、もしよければぜひ参加してみてくださいね。

#チャレがや

【告知】

現在、 #書く人生のはじめかた  という書籍を発売中です。

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