【小説】ファインダーの向こう側 ~潮風とハレーション~第二章:ピントの合わないヒロイン
新入生歓迎コンパから数週間が経った、ある平日の夕方。
シネクラの全部員が第一講義室に集められた。
ホワイトボードには、大きく「新人短編映画ヒロイン投票・結果発表」と書かれている。
これが、部の伝統行事だった。
新入生だけで作る短編映画のヒロインを、上級生の男子部員による投票で決めるという、今思えば全くもって前時代的なイベントだ。
私は壁際の席で、興味なさそうに窓の外を眺めていた。
私にとってヒロインとは、スクリーンの中で輝く存在であって、自分がなるものではない。
それに、結果は分かりきっていた。
誰もが、絵里香が選ばれると確信していたからだ。
絵里香は、新入生の中でも特別な存在だった。
ワンレンの黒髪を風になびかせて、すらりとした長身で闊歩する姿は、それ自体が一つの映画のようだった。
彼女がティファニーのネックレスを揺らしながら微笑むと、周りの空気までが華やぐ。
身長が155cmしかない私なんて、全く比べ物にならない。
彼女こそが、この物語のヒロインにふさわしい。
私も、そう思っていた。
部長が、集計された票を手に前に進み出る。
皆の視線が、固唾をのんで絵里香に集まった。
彼女は、少しだけ頬を上気させ、穏やかに微笑んでいる。
自分が選ばれることを、微塵も疑っていない顔だった。
「えー、それでは発表する」
部長の少し芝居がかった声が、静まり返った講義室に響く。
「1990年度、新人短編映画ヒロインは……」
一瞬の間。
その沈黙を破って告げられたのは、なんと、私の名前だった。
「……茅乃!」
講義室が、ざわめきに包まれた。
何かの間違いだろうと、誰もが顔を見合わせている。
私自身、自分の耳を疑った。
絵里香が、信じられないという表情で私を睨みつけている。
その視線が、まるで鋭いナイフのように突き刺さってきた。
混乱する私に、審査員長だった四年生の先輩が近づいてきて、悪戯っぽく笑いながら言った。
「おめでとう。君の勝ちだ」
「……何が、ですか?」
「君の、あのカメラテストでの顔だよ。レンズを向けられても、全然こっちを意識しない。何を考えてるか分からない、あの掴みどころのない感じ。あれが、俺たちの創作意欲を一番掻き立てたんだ。完成された美人より、俺たちが撮って『化けさせたい』と思わせる何かを、君は持ってる」
その言葉は、褒められているのか、貶されているのか、よく分からなかった。
だが、確かなことは一つだけあった。
私は、望んでもいない物語の主役に、無理やり引きずり出されてしまったのだ。
それは、穏やかだった私の日常の終わりを告げる、けたたましい号砲のようだった。
私の意思とは関係なく、スポットライトが無理やり私に当てられて、冒険の幕が、今、強制的に上がろうとしていた。
