【小説】ファインダーの向こう側 ~潮風とハレーション~第四章:歪んだレンズ
翌日の昼休み、退部届を握りしめて部室へ向かうと、扉の前で数人の上級生に呼び止められた。
部長をはじめとする、シネクラの中心メンバーだった。
彼らは一様に気まずそうな顔で、私に昨日のことを口々に謝罪してきた。
どうやら、暗室での絵里香の怒鳴り声は、扉の外で着替えを待っていた彼らに筒抜けだったらしい。
「本当にすまなかった。あんな思いをさせて」
「…何のことか、よく分かりませんけれども」
私がいつもの調子でそう返すと、部長は真剣な顔で私の肩に手を置いた。
「いいか、茅乃。何かあったら、これからは絶対に俺たちに言え。俺たちが、お前を守ってやるからな」
その言葉は、先輩なりの精一杯の優しさから出たものだとは一応分かった。
だが、その瞬間、私の心の中にあった退部の決意は、全く別の感情に塗り替えられていた。
守ってやる?
その言葉の裏にある意味が、私にははっきりと見えた。
それは、私を弱い「被害者」として扱って、彼らの庇護下に置くということだ。
これから先、機材の割り当ても、スタッフの配置も、きっと私に有利なように計らわれるのだろう。
それは一見、救いの手のように見える。
だが、その「贔屓」は、私をさらに孤立させて、新たな嫉妬の火種を生むだけだ。
先輩らの歪んだレンズを通して与えられる優しさは、結局、私を彼らの都合のいい「ヒロイン」の役に縛り付ける、新たな檻でしかない。
私は気づいた。
本当の敵は、絵里香の剥き出しの憎悪だけではない。
この、無自覚な善意で人を支配しようとする、歪んだ価値観そのものだ。
その時、私の中に、三つの確かな声が響いた。
誰かに守ってもらうな。
誰かの評価に怯えるな。
他人の土俵で戦うな。
私自身には、外部の賢者は必要なかった。
私が従うべき声は、私自身の内にあったのだ。
退部届を握りしめていた拳に、ぐっと力が入る。
私は、それを鞄の奥深くに押し込んだ。
「ありがとうございます、先輩」
私は、顔を上げてはっきりと彼らに言った。
「でも、大丈夫です。自分のことは、自分で守りますから」
それは、ただの強がりではなかった。
内なる賢者の声に導かれて、私は自分の足で、この理不-尽な世界と向き合うことを決意したのだ。
逃げるのではなく、戦うことを。ただし、彼らとは全く違うやり方で。
私の心は、もう決まっていた。
